第166話 神の警告

 俺達に声をかけてきたのは、毎度おなじみの白い姿。

 今となっては俺と同じ年くらいに見える、童女と見紛わんばかりの、それでいて妖艶さを漂わせる少女。

 俺のご先祖様。破戒神ユーリ、その人(?)である。


 こちらに気配を悟らせることなく、不意に現れた神に、マクスウェルは警戒の姿勢を取った……と思う。

 姿が見えないのでわからないが、緊張する気配が伝わってきたのだ。あと、身じろぎするような衣擦れの音も。

 爺さんが先走らないように、俺は手を広げて動きを制する。


「待て、マクス――爺さん。彼女は敵じゃない」


 俺がマクスウェルの名前を口にしなかったのは、ここが人通りの多い街中だからだ。

 本人の姿が見えなくても、元王族で、現英雄のマクスウェルの威名は注目を集めるに値する。

 彼女が人前に現れた以上、注目を集めるのはよろしくない。邪神という訳ではないが、世間的にはあまり良い印象を持たれている神ではないのだ。


「ずいぶんと久しぶりだな。三年振りかな?」

「そーですねぇ。カーバンクルの一件以来です」

「ニコル、知り合いか?」


 緊張したままのマクスウェルの声が、俺の耳に届く。

 爺さんも、この神様と直接会うのは初めてだ。今まで、ミシェルちゃんの弓の件などで話したことはあるが、俺達以外で彼女の姿を見るのは、マクスウェルが初めてだろう。


「ああ、ミシェルちゃんの弓の主だ」

「弓の主……まさか!?」


 敢えてぼかした俺の紹介に、その正体を悟る。

 俺の後ろに控えるマクスウェルの緊張が、別の緊張へと変化した。


「それで、さっきの待ち人が来ないってのは、どういう事だ?」


 先ほど、彼女は『エリオットは来ない』と明言した。

 言っちゃなんだが、俺に惚れ込んでいると思われるエリオットが約束をすっぽかすとは、到底思えない。

 ならば何らかの理由が存在するはず。


「ああ、まずは後ろの方を押さえてくれて感謝です。街中で下手な大立ち回りはしたくなかったので」


 ニコリと微笑み、俺に一礼する神。しかしその仕草は妙にもどかしさを残している。

 まるで、無駄に時間を稼ごうとしているかのように。


「あー、その……本当は人の世に頻繁に干渉するのは、ルール違反というか……いや、明確に制限されているわけじゃないんですけど……」


 もじもじと指をこねくり回して言い淀む姿は、正直言って可愛らしい。

 これが告白の現場だったりしたら、相手はイチコロで陥落するだろう。

 しかし今はそんな時じゃない。エリオットは重要人物で、しかも周辺が不穏な存在でもある。

 そんな人物が、言伝ことづてもなく待ち合わせをすっぽかすなんて、普通では考えられない。


「エリオットに何かあったのか?」

「それはー、直接口にするのは協定違反というか、なんというか……とにかくそこの路地に行ってみればわかるんじゃないですかね?」


 白い神が指さしたのは、少し離れた場所にある細い小道。俺が聞いたエリオットの下宿先に繋がる、近道にも当たる。

 俺がそこに視線を向け、再び神に目を戻したときには、すでに姿を消していた。


「また、消えた」

「一瞬で……無詠唱で魔法を唱えおったわ」

「無詠唱? マリアと同じ能力か?」

「おそらくは、それよりも上じゃろうな。魔法を使うという気配をまったく見せずに、魔法を使いおった。まさしく『息をするように』というやつじゃ」

「マリアより上とか……信じらんねぇ」


 マリアを始め、俺達の仲間は人という領域すら超えかねない、超絶の達人揃いだ。

 ぶっちゃけて言うと、コルティナと俺が六人の中でも一段以上能力が劣る。

 中でもマクスウェルとマリアの魔法は、まさに人外。そのマリアを超える達人とは……


「神の名は伊達じゃないってことか」

「とにかく、指示された場所に行ってみるぞ。エリオットの身が心配じゃ」

「あ、そうだった!」


 マクスウェルが珍しく、慌てたような声で急かす。それもそのはずで、エリオットの身は今や三ヵ国連合王国の要だ。

 万が一があったら王国が元の三国に分裂し、内戦を巻き起こすかもしれない。

 しかし慌てながらも姿隠しコンシールの魔法を解除しないマクスウェルもさすがだ。

 この魔法、冷静に制御しないとすぐ解除してしまう難点がある。

 それ故にこの魔法を維持したままでは戦闘行動はできず、行った場合は即座に術式が解除されてしまう。

 そうなると先程の火柱は……?


「とにかく、行ってみるぞ」

「うむ、そうじゃの」


 マクスウェルに一声かけて、俺達は路地へと急ぐ。

 その途中で先程の疑問をぶつけてみた。


「マクスウェル、さっきの火柱、どうやって起こしたんだ? コンシールを実行したままじゃ、魔法は使えないだろう?」

「ん、それはほれ。そっちの影から魔法をかけておいたのじゃよ」


 マクスウェルの指さした先は店の裏。そこからこちらを覗いていたらしい。

 だがそれはそれで、矛盾が出る。


「あそこから魔法を使ってコンシールで俺のそばに――は不可能だろう? 距離があり過ぎる」

「魔法はすぐに発動するものではないからの。遅延発動ディレイスペルというモノを併用したのじゃ」


 ディレイスペルの魔法は干渉系の魔法の中でも中位に位置する魔法だ。

 その魔法単体では効果はないが、これを使ったまま別の魔法を使うと、設定した時間を経過してから魔法が発動する。いわば魔法への補助魔法である。

 情勢を見極めた上で使わないと、使いこなすのが難しい魔法ではあるが、マクスウェルならば有用に活用できるというわけか。

 俺も干渉魔法を極めていけば、いずれは使えるようになるのだろうが、彼ほど使いこなせるとは思えない。


「なるほどな……っと」


 路地に飛び込んでしばらくしたところで、俺の目に赤い光景が飛び込んできた。

 その中にまるで糸の切れた人形のように倒れ伏す人影も。


「プリシラ!?」


 そこに倒れていたのは、エリオットの護衛、プリシラの姿だった。

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