第191話 素材集め

 壮年――といっても年齢のほどは定かではない。

 一見すると、二十代後半にも見えるし、五十に届いているようにも見える。

 若作りの壮年とも、老けた青年とも見える謎の男。それがこの鍛冶師だ。


「驚いたな――」


 その男は俺を見て、一言そう呟いた。その気持ちは俺も痛いほどよくわかる。

 自分で言うのもなんだが、かつてのナイスガイがこんな可憐な美少女になり果てていたら、誰だって驚く。


「そう言うな。俺だってなりたくてなったわけじゃない」

「いや……それで今日は何しに来た? 極力関係を口外しないと言ったのはお前だぞ」


 じろりとマクスウェルを睨みながら、牽制するかのように問い詰める。口外しないといった約束だったのに、第三者を連れてきたことを責めているのだろう。

 俺はまず、マクスウェルの脇を肘でつつきながら、挨拶を促しておいた。

 その意図に気付いて、優雅に一礼して見せる。


「これは失礼を。私はマクスウェルと申す者です。ラウム王国の魔術学院の理事長を務めております」

「魔術学院……? それにその名は、もしや六英雄の?」

「ご存知でしたか。あの知の殿堂ともいうべき学び舎でございますとも」

「ああ、知っている。俺は……いや、名前は言わない約束だったな」

「それは俺との約束だな」


 向こうは俺の名前を知っているが、俺の武器の稀少性を考えれば、彼の名前は知らない方がいい。

 俺は当時、いつどこで捕まり、拷問を受けるかもしれない身の上だった。

 そこへ稀少極まりない手甲ガントレットを持っていれば、誰だって出所を探りに来るだろう。

 だから俺は、敢えてこの男の名を聞かない事にしていた。知らない物は口の割り様が無いのだから。


「すまないがそこの男……女? との契約で、名乗らない事にしている」

「ご事情、承知しておりますとも」

「では、今回は何の用だ?」


 細工中だったのか、銀の指輪を削る作業に戻る男。

 その机の向かいに、俺は勝手に椅子を持ち込み、腰を下ろさせてもらった。


「マクスウェルも座っとけ」

「よいのか?」

「受け入れた以上はお前たちは客人だ。腰を下ろす程度で怒ったりはせん」

「だそうだ」


 許可を得てようやくマクスウェルが腰を下ろした。この爺さんがここまで緊張するのは珍しい。

 その仕草に不審に思いつつも、俺は要件の手甲を取り出した。

 これはマクスウェルが【物品転送アポート】の魔法でこっそり取り寄せて、俺が受け取っていた物だ。


「俺は見ての通りの身体になっちまってな。おかげでこいつを上手く扱う事ができなかった」

「ふん……」


 男は壊れた手甲を検分し、溜め息を吐く。


「右手の内部の機構は整備不良だな。左の外装の破損は経年劣化が主原因か。糸もかなり減っているな?」

「しばらく死んでたから、整備に持って来ることができなかったんだよ」

「死んだ? 【転生リーインカーネーション】の魔法を受けていたのか。それで女に……」

「納得した?」


 俺はわざとあざとく、小首をかしげて見せる。

 男はそれを見て、鼻先を押さえる仕草をした。コイツ、ひょっとしてロリコンか?


「まあいい。直すには少々素材が足りないから、すぐにという訳には行かんぞ?」

「それは困る――が、贅沢を言える立場じゃないな。でも俺も、ここへは簡単に来れない立場でな」

「そっちの男なら【転移テレポート】の魔法が使えるのだろう?」


 確かにマクスウェルの【テレポート】や【ポータルゲート】の魔法ならば、ここまでやってくるのは容易い。

 しかしそのマクスウェルと会える時間が、あまり取れないのも事実だ。

 内弟子という事で彼の元に出入りしているが、屋敷にいつ誰がやって来るかはわからない。

 俺を連れて長時間行方不明ともなれば、コルティナやライエルが心配してしまう。


「ちょっと、事情があってな……」

「ならば今夜中に素材を集めに行くか」

「え、すぐ行けるのか!?」

「俺も【転移門ポータルゲート】の魔法は心得がある」


 その提案を聞き、俺はマクスウェルと顔を見合わせ、思案する。

 今、俺は宿を抜け出している状態だ。しかし、他の生徒達はぐっすりと寝入っていて気づかれる心配はない。

 コルティナやマリア達も今夜は羽目を外していて、こちらにやってくる様子はない。

 そもそも俺はいま気絶中という扱いなため、様子を見るのはマクスウェルの使い魔に一任されていた。

 おそらくは朝までは大丈夫なはず?


「む、少々お待ちいただけますかな?」

「ああ、構わん。だが出掛けるならば早い方がいいぞ」

「承知いたしました」


 マクスウェルと俺は鼻面を突き合わせ、相談を開始する。

 男の目の前だろうと気にしない。


「で、どうする?」

「いや、これはチャンスじゃろ。未知の機構や技術を目にする機会じゃ。捨てるのは惜しい」

「だが、さすがに朝までかかるとなると少し心配だぞ」

「そこは幻術でごまかすとしよう」

「できるのか?」

「幸い、使い魔を置いてきたままじゃ。奴をお主に見せかければ問題はあるまい。身体は毛布で隠しておるし、幻術を上書きしておけば見破られる可能性は低かろう」

「まあ……お前がそう言うなら任せるが」


 【幻覚イリュージョン】の魔法は、自身の視界によって射程が決まる。

 使い魔によって遠隔での視界を得ているマクスウェルは、離れた場所にいる使い魔を起点として魔法を放つ事もできた。

 しかし、この山の中からマレバの街までとなると、結構な距離による魔力消費が発生するはずだが――


「なに、この程度の距離ならば問題はあるまいて」

「つくづくバケモノだな、爺さん……」


 仮にも六英雄。この程度の距離はどうにでもなるらしい。


「では失礼して……」

「待て。この洞窟内は地点指定魔法の発生を禁止している。ここからでは幻術は使えんぞ」

「ほ?」


 男にそう言われ、マクスウェルは試しに魔法を起動してみたが、発動する事はなかった。

 地点指定魔法を禁止する術は、実のところ珍しい物ではない。これが野放しになってしまうと、転移魔法で泥棒や暗殺が頻発してしまうからだ。

 なのでこれはセキュリティの一つとして、一般家庭にすら普及している。


「放置しておくと、ここに直接飛んで来る輩も出るからな。出入りは実質、あの入り口からしかできなくしている」

「では一度外に出て準備をして参ります。御方に置かれましては、その間に出立の準備を」

「承知した」


 席を立つマクスウェルに付き従い、俺は洞窟の外に出る。

 男も素材集めの準備のため席を立ち、さらに奥の部屋へと戻っていった。

 銀の指輪や廊下の武具などは放置したままだ。なんとも不用心と言える。


 洞窟の外ではマクスウェルの術は問題なく発生し、宿の寝床では俺が今も横たわっているように見せかける事ができた。

 こうして俺達は、鍛冶師の男と素材集めに出る事になったのである。

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