第190話 隠れ住む名工

 そこは森の中にあって、唯一緑が途切れている場所だった。

 まるで何かを避けるかのように植物の繁茂が途絶しており、一種異様な空間を生み出している。

 広さはせいぜい十メートル四方。広場というほど広い場所ではない。しかし緑に慣れた目では、その広さでも充分に広いと実感する事ができた。


 そして広場の一方……北側は山の斜面が削り取られたようになっていて、崖が形成されている。

 崖の表面は黒ずんだ石で覆われており、何らかの高熱によって焼き固められている様が窺えた。


「レイド、ここが目的地なのか? 見たところただの崖……いや?」


 マクスウェルは周囲を一瞥し、崖と断じた言葉を飲み込んだ。

 それは明らかに、周囲の様子に違和感を覚えている。


「おっ、さすが魔術のスペシャリスト。気付いたか?」

「これは魔術で構成された壁か? しかもかなり術式が古いように感じられるのぅ」

「ああ。なんでも古代遺産級の術だそうだぞ」


 俺はマクスウェルの肩から飛び降り、崖に向かって歩いて行く。

 そのそばに転がっていた、黒ずんだ石の中でも特に黒い――黒曜石のような漆黒の石を拾い上げ、壁にめり込んでいたやや赤みがかった石に叩き付ける。


 一度。そして二度。さらに四度。そして一度。


 夜闇の中に石と石がぶつかり合う、甲高い音が響き渡る。

 音に驚いた野鳥が飛び立ち、羽虫達が地面から湧き出してくる。

 その他にも、ざわざわと森の中の動物たちが目覚める気配。


「おいレイド。いくら夜中とは言え、派手な物音は……」


 マクスウェルの危惧も当然の物だ。

 森の中にはどんな危険生物が潜んでいるか、わからない。闇雲に刺激を与えるのは愚か者のする事だ。

 しかし、俺はその言葉を無視して、様子を見ていた。

 するとしばらくして、岩壁の一部が砂のように溶け崩れ、その奥の通路が姿を現した。


「これは……! 隠し通路か。しかし人目を忍ぶだけならば幻術でも良いじゃろうに、大仰な」

「幻術だと視力の弱い動物や虫が入ってくるんだとよ」

「ふむ、そういう問題もあったか。現地で住む者はさすがに着眼点が違うの」


 目の前に開かれた洞窟の中に俺は躊躇なく足を踏み入れていく。

 その洞窟内は【光明ライト】を付与された魔道具で照らされており、足元の不安はない。

 奥は入り口からは見通せないほど深く、そして壁や通路はしっかりと補強されていた。


「通路や壁にも【頑強タフネス】の付与魔術がかけられておるな」

「そうなのか? そっちは気付かなかったな」

「しかも外からは魔力が感知されないよう【魔力感知阻害カウンターセンス】もかけられておる。隠れ住むにしても、いささか大袈裟な造りじゃ」

「へぇ。あのおっさん、魔道具を作れるのは知っていたが……っと着いたぞ」


 やがて洞窟は突き当りに到達し、そこには古びた木製の扉が据え付けられていた。

 いや、よく見ると小屋が一軒丸ごと地中に埋まっていたのだ。

 その扉を俺は乱暴にノックする。

 入口の解除で気付いているだろうが、この小屋に住む鍛冶師は非常に偏屈で人嫌いでもある。


「ひさしぶりだな、おっさん。俺だ、レイドだ!」


 ガンガンと叩いても、中からの反応は薄い。

 一人、扉を強打する俺に、マクスウェルが白い視線を送り始めていた。


「おい、いるんだろ! 返事してくれよ!?」

「帰れ。俺の知るレイドはそのような甲高い声をしていない」


 だが中から帰ってきたのは、想像していない答え。いや、実に理に適った反論ではあったが。


「事情があるんだよ!? 頼むから開けてくれ。これじゃ俺が、まるで道化じゃないか」


 半分涙声になりながら、懇願しているとカチャリと音がして、扉がに向かって勢いよく開いた。

 外……つまり俺の立っていた方向である。


「ぶべっ!?」


 扉を叩き続けた俺はその攻撃を躱せるはずもなく、まともに顔面を強打してしまった。

 背後でマクスウェルが笑いを堪えている気配がする。覚えてろよ、ジジィ。


 扉の奥はさらに通路になっていて、通路の両サイドには大量の剣や装備品が飾られていた。

 それ等は一見してわかるほど、強力な魔力を放っている。


「これは……すべて魔道具か!? これだけあれば小さな町でも買えるほどの財になるぞ」

「そういう理由もあって身を隠しているんだろうな。ここの鍛冶師はその気になれば、そのレベルの武器を自在に作り出せる」

「……なんと!?」


 絶句するマクスウェルだが、俺も初めて来た時はこの光景に言葉を失ったものだ。

 そのまま一本頂いて逃げようかと思ったくらいである。

 もっとも一本道のこの通路。逃げおおせるより先に、閉じ込められる方が早いだろう。


 そして十メートル程度の通路の先にもう一つの扉。この向こうに件の鍛冶師が待っているはずである。

 俺は今度はノックせず、その扉を開いた。


「まったく。ゴネてないですんなり入れてくれよ」

「聞いた事のない声が聞こえたから警戒するのは当たり前だろう?」


 中にいた一人の壮年の男は、こちらを見るなり、目を見開いて驚いて見せたのだった。

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