第579話 脱出劇
◇◆◇◆◇
カリカリと、夜の街道で土を引っ掻くような音が響いていた。
それはやがて、周辺に響くほどの大きさになり、そして街道の中央にボコリと大穴を開けた。
そこから顔を出したのは、一人の少年。
「やれやれ。上手くいって助かったな。今回ばかりは死ぬかと思った」
穴から顔を出した少年――クファルは溜息を吐きながら、穴から這い出す。もちろん彼は呼吸の必要がないため、これは人を模したポーズに過ぎない。
彼は世界樹の迷宮でいくつかの仕掛けを施した後、モンスターの死骸などを取り込みつつ再び世界樹の導管に戻り、そのままベリトを超え北部三か国連合の領土内まで辿ってきたのだ。
この大陸全土に張り巡らされている、世界樹の根だからこそできる脱出劇である。
「……ベリト脱出用に用意していた枯れた根の隠し通路、そこの下見をしている時には、バハムートは現れなかった。つまりアイツの監視は、世界樹の幹周辺でしか行われていないことになる。ならベリトの外まで『世界樹の中』を辿っていけば、奴の監視から逃れられるというわけだ」
かつて教皇暗殺のために用意していた脱出路。それを調べていた時には、竜神の監視に引っかかってはいなかった。
それを思い出し、『世界樹の中を移動する限りでは監視に引っかからない』ことと『幹の範囲外に出れば探知されない』ことに気が付いたクファルである。
しかし、脱出路の時は出入りしていたのが『枯れた根』だったため、世界樹の範囲内と考えられていない可能性もあった。故にこの脱出計画は、クファルにとってかなりの博打でもあった。
「だが俺は脱出したぞ、バハムート! 型通りの監視しかしなかった貴様の油断だ、俺の勝ちだ!」
一時は瀕死に追い込まれた敵を出し抜けた、その達成感に堪えきれず、クファルは哄笑を上げる。
それだけではない。迷宮内に存在した数多の死骸。それを取り込んだことで、クファルは大きく力を増していた。
その力は明らかに、迷宮内に逃げ込む以前よりも、大きい。
「しかし、これだけではまだ不足だ。それに仕掛けが起動するまで、『向こう』に視線を向けられても困る……」
街道から這い出したクファルはひとしきり嗤い声を上げた後、ゆっくりと北部へと足を向ける。その先は、かつて彼が根城にしていた町があった。
歩きながらも、ブツブツと呟き、思考を巡らせていく。現在、彼に残された戦力は一人も存在しなくなっている。
町を出た後に受けた報告では、ライエルの住む開拓村近隣の襲撃に失敗し、組織の人員は大半が捕縛もしくは処刑されている。
その後もおそらく、エリオット王の追及を逃げられた者は少ないだろう。
ベリトの町に連れて行った側近も、レイドを始めとした六英雄に根こそぎ倒されてしまった。いや、生贄に使ってしまった。
迷宮内でクファル個人の能力が上昇していても、軍勢としての力は削ぎ落とされてしまった状況である。
「また戦力を集めないといけないか? それとも今回の作戦を成功させるために、いっそ生贄に捧げてしまった方がいいか?」
ブツブツと呟きながら、足元を見たまま歩く。そんなクファルを、モンスターが放っておくわけがない。
この北部三か国連合の領土内は、いまだ治安が整ってはいない。街道沿いとて、モンスターや猛獣に襲われる危険は、他の国々よりも多い。
道沿いの薮の中に潜んでいた巨大な蛇が、無防備なクファルを一飲みにしようと飛び掛かる。
その口の大きさは、クファルの身長よりも大きいくらいだった。しかし直後に蛇の視界は、闇に閉ざされた。
クファルの半身が崩れ、蛇よりも巨大な口となって蛇の頭を飲み込んだからだ。
蛇はのたうち、クファルに巻き付いて絞め殺し、この窮地を脱出しようとあがく。しかしその抵抗すらも無駄に終わった。
巻き付いた身体はそのままクファルの体内に取り込まれ、消化されていった。体内に取り込まれたヘビはしばらく暴れていたようで、数倍に膨らんだクファルの身体が内側から波打つ。
「ん~、よっと」
しかしそれもつかの間、クファルの気の抜けた掛け声とともに、ゴキリと体内から音が響く。
身体の内側にかけて圧力をかけ、蛇の身体を微塵に砕いたのである。
そして膨らんだクファルの身体は、再び元のサイズに戻った。
「味は悪くないけど、やっぱり力としては格段に落ちるね。迷宮内のモンスターはさすがというところか。いや、あの死骸の主が桁外れすぎたのかもねぇ」
七百階層で発見した死骸。クファルはそれを、宝珠を解析したのと同じ手法で解析し、生前の姿として取り込むことに成功していた。
その力は今までとは比べ物にならないほど凄まじく、双剣の魔神すら足下に及ばぬほどの力を、彼に与えていた。
「個の力はもう充分ですね。となるとやはり今欲しいのは数の暴力。しかし新たに半魔人たちを集めるとなると、やはり時間がかかりますか……」
そんな彼の目の前に、根城にしていた北部の町が目に入る。
猛獣除けの柵の隙間から見える、生活の光。
「ああ、そうか。いるじゃありませんか。生贄が、大量に……」
歓喜に震える声で、クファルは哄笑をあげる。しかしその表情はピクリとも動いていなかった。もはや彼には、顔を操る手間さえ面倒に思えていたのである。
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