第578話 新たな依頼

 俺はストラールの街に戻り、替え玉を任せていたマーク、ジョン、トニーの三人組と口裏合わせをすることにした。

 誘拐事件自体が半日で事件が解決したため、連絡を受けて出発しようとしていた彼らを、その前に捕まえることができた。

 このストラールからコルボ村まではおよそ一日と少しの距離がある。準備無しで行ける距離でないことが、この場合幸運に働いていた。

 もし出発していたら、連絡を付けるために三日は待たないといけなかっただろう。


 この会合にミシェルちゃんたちを同行させるわけにはいかないので、ガドルスの手引きのもと、こっそりと密談することになった。

 俺は冒険者ギルドへ向かい、そこで待っていてくれた三人に挨拶をする。


「お待たせ、今回はありがとうね」

「いやいや、ニコルさんの頼みとあれば、この程度軽いもんですよ!」

「だといいけど。あと大きな声はダメ」

「あ、はい」


 挨拶するなり盛大に大声を上げるマークたち。彼らはこの街に来た当時、俺と一緒に昇格試験を受けた仲だが、その一件で彼らの昇格にも盛大に関与することになってしまった。

 その結果彼らは昇格し、わりのいい依頼をいくつも受けれるようになり、生活もかなり楽になったらしい。

 それ以来俺のことは、『ニコルさん』と敬語で話しかけてくるようになっていた。

 この町で二番目に腕のいい冒険者になった彼らから、『さん』付けで呼ばれる俺たち。全員十代の若手……まあ、フィニアは例外として……なので、他所から来た者は凄まじい違和感を覚えるらしい。


「すみません、個室、借りますね」

「ええ、どうぞ」


 俺の顔もこの三年で有名になっている。ギルドの受付の人も、俺が声をかけると、顔パスで個室を貸してくれた。

 三人を引き連れて個室に向かう俺の背後から、何やら不穏な声が聞こえてくるが、それも無視だ。


「ニコルちゃんと個室同伴だと?」

「俺も、俺もいつか一緒に……」

「三人相手か。薄い本が厚くなるな」

「ああ、超厚くなるな。一部予約させてくれ」

「お前が作れよ!?」


 前言撤回、うち一人はあとで磨り潰してやる。



 ともあれ、個室に入れば、そういった雑音は遮られる。

 俺はそこで三人に、改めて感謝の言葉を口にした。


「本当に今回は助かりました。誘拐という事件の性質上、極秘裏に動く必要があったので」

「ニコルさんの妹ですからね。慎重に動くのはわかります。無事助かったんですよね?」

「もちろん。妹に何かあったら、わたしがただじゃ済まさないからね」

「ところでその妹さん、美人です?」

「安心しろ、お前らには絶対やらん」


 こっそりフィーナを狙う発言をするジョンだが、フィーナと付き合いたいのなら俺の屍を乗り越えてもらう必要がある。

 そもそも、こいつらはフィーナの年齢を正確には知らなかった。

 だからこそ、こんな不埒な発言をしたのだろう。俺の妹というと、普通なら十三か四くらいを想像するだろうし。


 そんな与太話は置いておいて、俺と三人は顔を寄せ合い、事件後の時系列についての行動を詰めていった。

 無論、俺がレイドであることは秘密にしているので、彼らが俺たちの代わりにコルボ村に向かい、一拍置いてミシェルちゃんたちに連絡を入れる予定だったと話を作っておく。

 彼らがコルボ村に先に向かい、派手に目を引いておく。そのあとミシェルちゃんたちに連絡を寄越して、取引の現場を押さえるようにする。

 その間、俺は転移魔法で開拓村に向かい、事件の解決に奔走しようとした……矢先に誘拐犯が捕まったという展開である。


 途中で何名か、なぜか恍惚とした表情をしたやつが出たので、そのたびに頭をひっぱたき、正気に戻す。

 そんな状況だったので、思ったより時間がかかってしまったようだ。

 ようやく事件後の詰めと口裏合わせを終えようとしたところで、扉がノックされた。


「ん? どうぞ」

「失礼します。実は首都ラウムから、ニコルさんに緊急で指名依頼が来てまして」

「緊急の指名依頼?」


 指名依頼とは、担当する冒険者を依頼人が指名する依頼である。

 特別な評価などは特にないのだが、指名されたというだけでギルド側への印象も良くなる。

 冒険者としては、指名されるようになるのが一種の夢でもある。


「はい。依頼主は……その、申し訳ありませんが……」

「ああ、そっか。ごめんね、マーク。依頼が入ったから、今回はここまでで。話の流れはさっき詰めた通りでお願い」

「任しといてください! ばっちり騙くらかして見せますから」

「人聞きの悪いこと言わない!」


 ベシベシとマーク達の背中を叩きながら部屋を追い出す。

 彼らも、指名依頼の話があると聞いては、同室できないと察する程度の経験は積んできている。

 大人しく部屋から追い出され、その様子をホールの他の冒険者にも見られることになった。


「ニコルちゃんに叩かれながら出てきただと」

「ご褒美じゃねぇか!」

「踏んでください、なんでもしますから」


 ……もうダメだ、このギルド。ラウムの二の舞になってやがる。

 キッと妄言を垂れ流す連中にキツイ視線を向けてやると、何名かがブルリと震えて硬直していた。

 俺に睨まれるとどうなるか、よくわかっている連中だろう。その後でトイレに駆け込んでいったのは、漏らしそうになったからに違いない。

 なお、その連中は妙にスッキリした賢者モードで出てきたと、後でマークから聞いた。


 ともかく、今は指名依頼の話が先だった。

 俺はテーブルの上にあったタイムテーブルを記載した紙を片付け、ギルド職員から話を聞く。


「お仕事中に申し訳ありません。緊急の話でしたので」

「いえ、ギルドならそういうこともありますよ。気にしないで」

「はい、ありがとうございます。それとこの依頼はまだガドルス様を通していないので、その点ご了承ください」


 これはつまり、奴の下調べを受けていない依頼なので、慎重に対応しろと注意されているのだろう。


「承知しました。それで、内容は?」

「はい。それが……ラウムのエリゴール三世殿下をご存じですか?」

「ええ。第一位の王位継承権を持つ方ですね。レティーナみたいに妙な人気があったのを覚えています」

「ヨーウィ侯爵令嬢ですね? 気さくな人柄なのはよく似てます。実はそのエリゴール殿下からニコルさんに直接依頼したいという話が来ておりまして」

「わたしたちに?」


 ライエルとマリアの娘である俺。そしてラウムを救った弓聖とも呼ばれるミシェルちゃん。そういう面々が揃っているのだから、貴族からの依頼もかなり申し込まれたことがある。

 しかしガドルスが、俺たちを取り込もうとする依頼の大半を突き返していたため、俺たちは貴族社会とはほとんど接することなく冒険者家業を続けてこられた。

 今回は、そのガドルスという防壁を飛び越えてきたため、こういう話が持ち込まれたのだ。


「推薦人にマクスウェル様も連名されておりますので、断るわけにもいかず……」

「ああ、それは一介のギルド職員じゃ無理ですね」


 マクスウェルの依頼でもあるということか。なら俺にとっても、断れる筋じゃないな?


「依頼内容はエリゴール殿下を、このストラールまで護衛してくることです」

「え? そういうのは普通、騎士団から人が出るんじゃないの?」

「そうなんですが、なにか『微妙な問題への対処も兼ねて』という話でした。それが何かは聞き出せませんでしたが」

「ふぅん……?」


 明確な提示も無いが、マクスウェルの推薦というのなら、悪いようにはなるまい。それにエリゴール殿下とやらの人柄も、ラウムにいた時から評価は高かった。

 そんな両名からの指名となると、断った時の方が不利益が多そうに感じられる。

 それにこの二人なら、依頼人の身元もしっかりしているので、騙されるということもないだろう。


「問題はその『微妙な問題』だよね。ひょっとしたら暗殺騒動に巻き込まれたりとか」

「ない、と言い切れないのが怖いところですね」


 王位継承権第一位、それはつまり、エリゴール三世が次の王――女王になると決まっているということだ。

 それを不服に思う連中も、当然いるだろう。

 そんな王女が、騎士団の護衛もつけずに行幸となれば、悪心を刺激される者も出てくる。


「それともう一つ、条件がありまして」

「え、条件?」

「はい。なんでも『クラウドさんを、必ず参加させること』だそうです」

「ああ、そういう……」


 これで俺は『微妙な問題』の見当がついた。

 フィーナの誘拐騒動は、親であるライエルたちの知名度から、知られるようになることは避けられない。

 そしてそれが、半魔人への迫害に繋がりかねないこともまた、想像にかたくない。

 そこで評判の良いエリゴール殿下とやらと半魔人の護衛を一緒に歩かせ、それを民衆に見せつけることで、そういった迫害への抑止としようという考えなのだろう。


「悪い条件じゃない、か……」


 報酬はまだ聞いていないが、この効果だけでも受けていい依頼だった。

 俺は職員に依頼を受ける方向で相談してみるとだけ告げて、仲間と話をまとめるべく宿に戻ったのだった。


 なお、帰るついでに冒険者が三名ほど『焼かれた』のは余談である。

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