第577話 フィニアとデート

 そんなこんなで、俺はほとんど強制的にフィニアと共に屋敷を追い出された。

 仲良くデートしてこいという意味なのだろうが、この辺境の開拓村でどこへ行けと言うのだろうか。

 さいわい市が立っているので、時間を潰すことは可能だろうが、それであのコルティナが大人しくしてくれるかわからない。


「あいつのことだから、見て回っただけじゃ納得しないんだろうなぁ」

「レイド様は私と一緒はお嫌ですか?」

「とんでもない!」


 俺の隣、やや後方を歩くフィニアにの言葉に、俺は即座に声を返した。

 実際フィニアは俺にはもったいないくらいの良い娘で、今こうして一緒に歩いているだけでも村の男たちの視線が飛んでくるほどだ。

 こういう視線に気付けるようになったのも、ニコルとしての経験があるからかもしれない。


 フィニアは八年前までは俺と共にこの村で過ごしており、それを覚えている男たちも多い。

 当時は相応の歳だった男たちや俺と同年代だった少年たちも、変わらぬフィニアの美しさに目を囚われている。

 フィニアは外見だけでなく、家事や料理、子守りまで完璧にこなす超人である。

 それを知る村の男たちからすれば、理想の嫁が村に戻ってきた状況。しかしその隣には胡散臭い目つきの悪い男がいる。

 これで険しい視線を飛ばさない方がおかしいだろう。


「その、レイド様。お時間の方は大丈夫ですか?」


 彼女が唐突に、しかし小声で俺にそう話しかけてきた。それは俺がレイドでいられる時間を心配してのことだ。

 さいわいこの姿になったのは昨日の夕方のため、昼過ぎくらいまでは安全に出歩ける。


「大丈夫だ、フィーナのおやつの時間くらいまでは持つはずだから」

「さすがにその時間まではいられませんね」


 そんな小声のやり取りをしていると、近くの露店から見知ったおばさんが声をかけてきた。

 昔からこの村に住んでいる、果物屋のおばさんだ。


「おや、フィニアちゃん。戻って来てたんだねぇ」

「ええ、昨日。挨拶に行けないで申し訳ありません、ニーナおばさん」


 俺がこの村にいた時から知っている人で、威勢のいいおばさんだった。

 市は何も商隊だけが店を出すわけではない。商隊に食料を売るための、こういった露店も数多く出ている。


「いいよ、いいよ。ライエル様んところの使用人に挨拶に来られちゃ、私の方が謙遜しちまう」

「あはは、私は元は孤児ですよ?」

「そんなの関係ないよ、こんな村じゃね。それより隣のいい男はどうしたんだい?」

「えっと、今日は私の買い物に付き合ってもらってまして」

「そうかい。でも顔はいいけど、ちょっと目付きが悪いねぇ」

「お、おばさん……」


 田舎者特有の遠慮会釈ない言葉に、フィニアは冷や汗を流して対応していた。

 だが俺も、この程度で怒るほど、器量が狭いわけではない。事実、俺の目付きが悪いのは、言葉通りなのだ。

 それに俺は知名度の割に顔を知られていない。六英雄の銅像なども、俺の顔だけが曖昧にされている。

 これは俺が暗殺者であることを考慮されているからだ。ただでさえ名を知られた暗殺者というマヌケな存在なのに、顔まで知られては仕事に支障が出るという判断である。


「まぁ、目付きが悪いのは生まれつきなんだ。そこは勘弁してくれ」

「へぇ、怒らないのかい。意外と器はでかいんだねぇ」

「試すようなこともやめてくれないかな?」

「アッハッハ、そりゃ悪かったよ。代わりにこのリンゴ持っていきな!」


 おばさんはそういうと俺に向けて、手に平を超えるほど大きさのリンゴを投げつけてきた。しかも結構な速度で。

 もちろん俺ならそれを受け止めることも余裕でできるが、そこいらの男なら顔面強打して鼻血を噴いてもおかしくなかったぞ?


「あっぶねぇ!?」

「反射神経は悪くないね」

「だから試すなって!」


 そう言いつつも俺はリンゴを一つフィニアに渡す。しかしこのおばさんの容赦なさも、俺が村にいた時と全く変わらないな。

 俺は例がわりにおばさんに軽く手を一振りすると、その場を足早に立ち去った。

 こういうおばさんは近隣の子供の面倒をよく見ている。ミシェルちゃんなどは頻繁に果物を強請ねだりに行っていた。

 それだけに、俺が子供の時にしていた仕草などから、俺への共通点を発見する可能性も少なくない。

 よく知る相手の前からは、早々に退散するに限る。


 フィニアもおばさんに礼を言うと、小走りで俺の横に戻ってきた。

 少し後ろだったのが横に並んだのだから、緊張が解けてきたのかもしれない。


「しかし、いいんでしょうか?」

「ん、リンゴか? くれるっていうんだから貰っとけ」

「そうじゃなくて、コルティナ様のことです!」

「ああ、そっち?」


 両手でリンゴを包み込むようにして持ち、栗鼠がクルミを齧るように、一口リンゴを齧るフィニア。

 その行為はどうやら、俺から顔を隠す意味もあるようだ。


「私、毎日ニコル様に会っているのに……滅多に会えないコルティナ様が、機会を譲っていただくことになるなんて」

「そりゃまぁ、あいつと会えるのは月一回だったけだけど。フィニアもあいつを意識して、悪い噂が立たないように、『今の俺』と出歩くのは避けてただろ?」


 レイドの姿でフィニアと会うのは、コルティナと同じ回数だけだ。

 しかしフィニアは俺がコルティナを騙し、浮気しているのではという噂が立つのを避けるため、二人で出歩くような真似を極力避けていた。

 コルティナの場合は外で食事したり、散歩したりという行為が多かったが、フィニアの場合は会うとどこかの店に入り、人目のない場所や店の隅で食事するということが多い。

 これは彼女にとって、かなりストレスになっていたのではという考えは、俺もコルティナも同じだった。

 今回、こんな機会を作って呉れたコルティナには、感謝するしかない。


「ま、コルティナ公認なんだから、遠慮することないって。ほら、人が込んできたぞ」


 隣を歩くフィニアが、道行く人に押されて俺から離れ始めた。それを防ぐために、彼女の手を俺が握って、引っ張って歩く。

 片手でリンゴを持ち、片手でフィニアをエスコートする。


「これなら、コルティナも文句は無いだろう」

「コルティナ様、ですか?」

「そう。後ろ、見てみ。雑貨屋の向こう、こっそりとな」


 そういうと俺は小物を売っている店から手鏡を取り、フィニアに渡す。

 店の主人がここぞとばかりにセールストークを仕掛けてくるが、これは軽く聞き流しておいた。


「……あ」

「な?」


 手鏡を受け取ったフィニアは俺の意図を悟り、それでそっと背後を窺う。

 そこには雑貨屋の隅からヒョコッと顔を出す、コルティナとアシェラの姿があった。


「監視なら、もう少し上手いことやれよなぁ」

「レイド様を尾行するなんて、それこそ無茶ってものですよ」


 フィニアの言う通り、コルティナやアシェラのような素人の尾行に気付かないとなれば、それこそ引退を考えないといけないだろう。


「それにしても……やたらとフィニアと出掛けて来いと言ってくると思ったら、見世物にするつもりだったのか」

「それは結果的にそうなっただけですよ。コルティナ様は基本的に優しい方ですから。ちょっと好奇心が強すぎますけど」

「まさに好奇心は猫をも殺すってやつだな」


 一緒にいる半分エルフロリババァに関しては、言及する必要もあるまい。

 しかしこれはこれで、少し面白いかもしれない。フィニアの手を握ったり肩を抱き寄せたりする都度、コルティナが手をブンブン振ってエキサイトしている。

 そして、そのたびにフィニアは顔を赤く染めているのだから、反応が面白くないわけがない。

 そうして俺は隣のフィニアと背後のコルティナを存分にからかってから、昼過ぎにストラールへ戻ることにしたのだった。

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