第565話 フィーナの冒険 5
その日の夕刻、ライエルの屋敷のポストに一通の手紙が投函された。
配達者の気配を感じ取り、配達物を見に行ったマリアは、その内容を見て血相を変える。
慌てた様子で屋敷内に駆け込み、ライエルのもとに押し掛けた。
「あなた、大変! フィーナが!」
「なんだ? フィーナがどうかしたのか?」
マリアの血相に、ライエルは驚いたように振り返る。
彼の手元には愛用の聖剣があり、その手入れをしている最中だったようだ。
ライエルの驚きも、無理はない。
日頃穏やかな笑みを絶やさないマリアが、血相を変えるなんていう場面は本当に珍しい。
それにフィーナには基本、カーバンクルがついており、身の安全を細心の注意で見守っている。
カーバンクル自体はそれほど強いモンスターではないが、多彩な魔法を自在に使いこなすため、そこらの冒険者より遥かに頼りになる。
そんなカーバンクルによって護られているフィーナの身に何か起こるというのは、あまり考えられない出来事だった。
「フィーナが……誘拐されたって――!」
悲痛な叫びと共に、手紙を差し出してくるマリア。その声を聞きつけ、コルティナも居間にやってきた。
そして居間に入るなり、マリアの言葉に絶句する。
「ち、ちょっと、それホントなの?」
「わからないわ。でも、フィーナはまだ戻ってきてないし」
「まずは所在確認……といっても、本当に誘拐されたのなら簡単には見つからないな。いないものを探すのは時間がかかる」
「なら、マクスウェルを呼びつけてくるわ。
身につけた物を探知する魔法なら、フィーナの服や靴を対象に取れば、その場所を探知できる。
対探査魔法を使用されていない限りは、これで居場所を探すことができるはずだった。
「この手紙には、私にコルボ村まで来いって」
「コルボ村ってどこ?」
「確かこの村から南西に三日ほど行ったところにある村だ。ラウム森王国との国境に近い」
「なんでわざわざ? そこに何の用があるのかしら?」
「わからないわ。でも、そうね……そこならガドルスのいるストラールの街の方が近いわ。あいつにも協力してもらいましょ」
「そ、そうね。あそこにはニコルもいることだし。そうだ、アシェラにも連絡しないと!」
「なんで教皇様まで連絡入れるのよ?」
「だって、フィーナの洗礼をしてくれたのよ? それくらいは……」
そうと決まれば英雄と呼ばれた連中である。
無駄にあふれる行動力を発揮し、各所に連絡と協力を仰ぎに走り出す。
結果、教皇アシェラから北部三か国連合のエリオット国王にまで連絡が回り、事態はさらに大きく発展したのだった。
◇◆◇◆◇
ギルドから呼び出しを食らったガドルスがその一報を目にした時、彼はいつもの鷹揚さをかなぐり捨てたように走り出した。
ドワーフはその体型ゆえにあまり俊敏ではない。しかしそれを補って余りある経験が彼にはあった。
最適な動作で足を運び、無駄のない体重移動でさらに加速。
それを無限とも言える体力で維持し、自分の宿『大盾亭』に駆け戻った。
「レイ――ニコル、ニコルはいるか!?」
「けほっ! こほ、こほっ!?」
「はーい、ニコルちゃんなら大声に驚いて、ここでお昼ご飯を
見ると食堂の片隅で、果実水を気管に流し込んだニコルが盛大に咽ていた。それをかいがいしく世話するフィニアの姿もある。
暢気にガドルスに報告してきたのは、いつものように一緒にいたミシェルだ。
その三人の姿は、ドワーフの彼の目から見ても魅力的な娘に育ったと感心させられるが、今はそれどころではない。
「お主、転移魔法があっただろ。開拓村に戻るぞ!」
「は? なんでいきなり――」
「フィーナが……いや、それはここではまずい」
その一言を受けて、ニコルはフィーナの身に何かあったと察する。
食事を切り上げて席を立ち、鋭い視線でガドルスを睨んだ。咽た果実水が襟元を汚しているので、やや格好がついていない。
「わかった、すぐ行く。ガドルスの準備は?」
「俺も盾さえ持てばいつでも行けるわい」
元々北部の村はニコルの故郷。持ち込む準備などはほとんど必要ない。愛用の手甲も転移魔法が付与されているため、いつでも呼び出せるんで装備する必要はなかった。
「了解。ガドルス、来て」
相談用の個室に移動し、ニコルはガドルスから詳しい事情を聴いた。
「なるほど……なら、探索技能があった方がいいよな? だったら今回はレイドの姿で行く。『ニコル』は先にコルボ村に向かったことにしてくれるか?」
「それはいいが、仲間はどうするんじゃ?」
「ミシェルちゃんがいてくれると心強いけど、さすがに人数がな。俺とお前あと一人……できるなら事情を理解してくれているフィニアを連れて行きたい」
「連れて行けるのは二人までだったな。しかたあるまい、今回は事情が事情だし、クラウドとミシェルの二人にはここで待機してもらおう」
「あまり多くの人に知られるのは、犯人を刺激しかねないからな。でもレイドがとフィニアが一緒に行ったら怪しまれかねない。さいわい『レイド』は何度か向こうに顔を出しているし、ふらりと立ち寄った風でごまかしておく」
「俺らはどうすればいい?」
「ガドルスとフィニアは……そうだな、村の外で一時間ほど時間を潰してから来てくれ。もし緊急の用事があった場合は、俺が直接迎えに行く。俺は
「ふむ、その一時間が歯がゆいが、そうした方が無難かの」
誘拐であるなら、大人数で押しかけて犯人を刺激してしまうと、フィーナの身が危険になる可能性もあった。
ことは静かに、かつ迅速に処理しなければならない。そのためには、やはりレイドとしての力が必要になるだろう。
同時にフィニアの汎用性の高さも欲しかった。
「フィニアを呼んできてくれ。俺は転移の準備をしておく」
「わかった。すぐに戻って来るから、待っておれ」
そういうと再びガドルスは、部屋から飛び出していったのだった。
◇◆◇◆◇
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