第100話 用心深さ

 ビルさんの厚意に甘え、俺たちは彼の馬車に乗せてもらう事になった。

 戦闘力の高い――まあ一般人と比較してだが――コルティナがビルさんと一緒に御者台に乗り、俺たち子供三人とフィニアが荷台に乗る。

 ハウメアさんとコールさんの二人は、馬車を挟むような位置で歩いていた。


 エルフの村に買い付けに行くという話だったので、荷台の上はほとんど何も荷物が置かれていない。

 数時間で往復できる場所なので、保存食や水も携帯できる分しか持っていないようだ。

 荷台にある物と言えば、修理用の工具や油とランタンくらいで、ビルさんは水袋すら腰に吊るしたままにしていた。

 雨を警戒しているのか、荷台には幌がつけっぱなしになっていてかなり蒸し暑い感じがしたが、森の空気で冷やされた身体にはむしろ心地良い。


 各々おのおのが荷台の各所で身体を休め、寛いでいるのを見て、俺は奇妙な事に気が付いた。

 彼はエルフの集落に買い出しに行くと言っていた。

 エルフの集落は有名な温泉街として発展していて、実際は集落という程小さくはないが、当時の名残で今もそう呼ばれている。

 気の長いエルフ達が手慰みに覚えた精緻な民芸品や小物などが有名で、それはラウムでも人気の高い飾り物となっている。

 ビルさんはおそらく、そういう品を買い出しに行っているのだろうが、それにしてはあるはずの物が無い。


 俺はそれを尋ねるべく、御者台の方を振り返った。

 雨が降っても吹き込まないように、御者台と荷台の境目は幌によって遮られている。

 だがすぐにでも出入りできるように、カーテンのようにまくり上げる事が可能になっていた。


 そこに俺は、前世から俺を魅了してやまない存在を発見する。


 カーテンの隙間から荷台の上に垂れてくる、コルティナの尻尾だ。

 二人は御者台の上で世間話に花を咲かせているが、その会話のリズムに乗って尻尾の先がフリフリと蠢いている。

 コルティナ自慢の尻尾だけあって、猫人族としてはやや長めの毛が艶やかに生え揃っており、日々の手入れトリートメントの成果も相まって、その毛艶は宝石のようにキラキラと輝いている。

 これがヒョコヒョコ動くのだから、元男の俺でも可愛いと思わざるを得ない。


 生前の俺は、何の配慮もせず欲求のままにこの尻尾に手を伸ばして、彼女にセクハラエロ野郎認定された事もあった。

 以来、俺はこの尻尾に手を出すのを遠慮していたのだが、この身体ならば責められる事もないだろう。


「えぃ」

「うにゃぅ!?」


 俺は楽し気に動く尻尾を両手で掴み、そのまま首に巻き付けて襟巻にする。


「おお。この感触、まさに至福――!」

「ちょっと、一体何……?」


 突如尻尾に走った違和感に、コルティナは慌てて幌を捲り上げて荷台を覗く。

 そこには尻尾を首に巻いてご満悦の俺の姿があった。


 ふわふわ、さらさら。

 なんとも言い難い感触に、俺の口元は自然と緩む。気を抜くと涎が垂れてきそうだ。

 そんな俺の様子を見て、コルティナは驚愕と怒りの行き場を無くす。


「あ、う……その……驚かさないでよ、ニコルちゃん」

「ン、ゴメン。至福、至福」

「ハァ、それでビルさん――」

「あ、そうだ、ビルさん」

「は、なにか?」


 俺の言葉に、まるで仲のいい姉妹を見るかのように微笑ましげにこちらを見ていたビルさんが、驚いたように声を上げる。

 美しい金髪をショートカットにしたコルティナと、青銀の髪を長く伸ばした俺。

 血の繋がりは無いというのに、全く違う対象のようでいてどこか似ている二人。

 我が事ながら見惚れる理由はわからないでもない。だが、今はそれより……


「買い出しに行くんだよね? その……」


 ストレートに『お金はどこに置いてるんですか?』とは、さすがに聞けないか。

 初対面でいきなり金の在り処を尋ねるなど、ぶしつけすぎるし、怪しまれてもおかしくない。

 だがこちらにも都合がある。視界の塞がれる幌の中。子供がほとんどの面子。

 金も持たずに買い出しに出る商人の馬車に乗り込むからには、さすがにこちらも怪しまざるを得ない。


「えっと、買い出しに行くんだったら……」

「ああ、お金ですか? 商品をこの馬車に載せるなら結構な量になる。ならば相応の額が必要になる、と?」

「う、うん」


 彼の言う通り、買い付けに行くのならば結構な額が必要になる。

 金貨の百枚や二百枚では済まないだろう。その量は結構な物になる。一抱え以上の袋は必要になるはずだ。

 馬車の中には隠せるような場所は少ない。

 もし買い付けというのが嘘だったとしたら……嘘をついてまで誤魔化そうとする何かがあるのなら、この男は危険な人物である可能性が出てくる。


「ほほぅ、中々に目聡い妹さんですな」

「ええ、私よりは余程。それよりニコルの言葉は少しばかり気になります」


 コルティナもわずかながら警戒感を示す。だがその言葉にビルさんは肩を竦めて余裕の態度を示した。

 指を立てて、コルティナに自慢げに説明する。


「商人にとって大事な教訓が二つありましてね。一つは『命あっての物種』、二つ目は『金は命よりも重い』」

「えっと、それ矛盾してますよね?」

「はい。ですから、両方を天秤にかけるような状況に陥らないよう、気を付けるんですよ」

「つまり?」


 どうやら彼に悪意はなさそうなので、コルティナは警戒を解いて行く。


「盗賊などに囲まれて、いざという事態になれば――私だけでも逃げます!」

「それって、自慢になりませんよ……」


 呆れたように溜息を吐くコルティナ。だがビルさんはまったく悪びれていない。

 胸すら張って説明を続けていた。


「無論その時に、馬車まで持って逃げれるとは限りません。そんな時に一抱えもある金を担いで逃げれるとは限らないでしょう?」

「ええ、まぁ」

「だから馬車の中に隠しておくんです。盗賊に見つからないよう、巧妙に」

「それ、馬車ごと持っていかれません?」

「馬はともかく、馬車はかさばりますので。荷物が無い時は放置される事が多いのです」

「へぇ……つまり、盗賊が去った後に馬車に隠した金を回収しに来ると?」

「そういう事ですね」


 なんとも用心深い事だ。そして説明しつつ、その隠し場所は俺達には話していない。

 これが商人の用心深さ、いや旅をする者の知恵という所だろうか。

 俺たちは盗賊に襲われた時などは喜々としてそれを殲滅し、アジトを無理矢理聞き出して、財宝を根こそぎ奪ったモノである。

 当時はどっちが盗賊だと、盗賊本人から罵られたものだった。

 無論、鼻で笑って返してやったが。ちなみに一番ノリノリで作戦立案していたのはコルティナだったりする。次はマリア。

 捕まればどうなるか知っているだけに、余計に容赦ない対応だったのだろう。マリアも、人を傷つける輩には容赦しない。

 女は怖いと、この時俺たちは思い知ったモノだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る