第184話 ポケットマネー
マレバの街に入り、コルティナの先導で俺達は街でも結構大きめな宿に案内してくれた。
そこは俺の知る限り、マレバでも有数の高級宿だったはず。
「あの、コルティナ……」
「こら。学院では先生と呼びなさい」
「あ、うん。コルティナ先生、ここって結構高い宿なんじゃ……?」
「ん? それもマリア達から聞いたのかな?」
「あ、いや……」
うっかりしてた。伝聞でしか知らないはずの俺が、宿の価格まで知悉しているはずがない。
こういうところからでもコルティナは矛盾を掴んでくるので、気を付けねばならない。
「んー、まあ気にする事はないわよ? どうせお金出したのは、マクスウェルの爺さんだし」
「寄付金って聞いたのに?」
「それはすでにどう使うかの分配が決まってるから、勝手に使えないはずよ。どうせそんな理由を付けて、遊びに行きたかったのよ」
予算の配分が年度ごとに決まるのは、政治の世界と同じか。
となると今回の突発的な旅行は、マクスウェルのポケットマネーから出ているという事か?
「ニコルは気にする事はないぞ? どうせ、来年の理事報酬で補える範囲じゃ」
「そこまでして遊びに力を入れる事もないでしょうに」
「何を言う! 老い先短い身の上じゃぞ? 今楽しまんでいつ楽しむ」
「あんたの老い先、まだ百年以上あるでしょうが!」
二人のいつもの口喧嘩を聞きながら、ぞろぞろと宿に入っていく。
俺も付き合いきれないので、無視して列に並んでいた。
宿の大ホールに案内され、そこで今後の説明をコルティナから受ける。
彼女は一教員でありながら、その発言力は他のどの教員よりも強い。全員をホールに整列させた後、彼女が代表してスケジュールの説明をしていった。
「はい、傾聴~。この後、騎士団の講義を聞いた後、そこの食堂で昼食を頂く予定だから。騎士団の配給食って言うのを経験してもらうのが目的ね」
パンパンと手を叩いて注目を集め、よく通る声で端的に述べる。
彼女の声は軍を率いていただけあって、声量も豊かで声質も実によく通る。大声なのに不快にならないというのは、実に珍しい。まるでオペラ歌手のような声質なのだ。
「その後、実際に騎士団の訓練を経験してもらう予定だから、部屋に入ったら運動服に着替えてくること。寝巻用にも使うから、ちゃんと二着持って来てるわよね?」
「はぁい!」
コルティナの問いに元気よく返事する生徒達。こういうところを見ると、育ちは良くともやはり子供である。
生徒達は魔法学院の生徒という事もあって、将来的に文官方面を目指す生徒が多い。
それでもやはり騎士というのは男子の憧れの職業だ。その訓練風景を見学できるとあって、期待した視線を送る男子生徒も多い。
かくいう俺も、うずうずとした感覚を覚えている。
かつては騎士団に挑み、玉砕した身でもある。あれから正面から戦う事を避け、暗殺術を学び、そしてその道を究めたと言えよう。
今の俺が騎士たちと正面から戦ってどこまで通用するのか、それを一度試してみたいと思っていた。
「マクスウェルも、たまにはいい計画を立ててくれるじゃないか」
「え、何か言いました?」
カクンと首を傾げるレティーナに、俺は首を振って答えておいた。一応コルティナの説明中なので、私語は厳禁なのだ。
マレバ市はアレクマール剣王国の首都という事になっている。
だが王城のようなものは存在せず、街の四方に騎士団の施設を配置し、そこに四つの騎士団が駐留することで都市部を守る形になっていた。
北東には騎士団宿舎、南東には歩兵訓練場、北西には騎兵練兵場、南西には弓兵訓練場。
さらに都市内に管理指揮所と、資材保管所等々。
軍の機能を分散させることで、一気に無力化される危険を避けている……らしい。
俺達が訪れたのは南東の歩兵訓練場。
とは言ってもだだっ広い広場ばかりで、特殊な施設は存在しない。
強いて言えば、食事や小休止を取るための宿舎が設置されているくらいだろうか。
俺達は最初は騎士団の成り立ちを講義してもらう事になっていたので、食堂を兼ねた宿舎に案内されていた。
一学年四クラス程度でも百人程度の人数しかいないので、食堂でも充分に収容する事ができる。
「それでは皆さん。良くいらっしゃいました。まずはこの国の騎士団の成り立ちを学んでいただき、それから食事、そして訓練を経験してもらう予定です」
俺達の案内を引き受けたであろう年配の騎士が、意外と優し気な対応で俺達に説明してくれる。
黒板を食堂に持ち込み、わかりやすいように図解しつつ地勢を説明し、歴史の流れを解説してくれた。
「かつてこの街に、後に剣聖と呼ばれる少年、アレクがいました。彼は野犬に片腕を食われ、それでも挫ける事無く剣の道を志し、その道を究めたのです」
後に戦神として崇められる事になる隻腕の剣聖アレク。だがその逸話は、眉唾な面も多い。
なにせ彼が冒険者を引退してこの街の騎士団に仕官した時、剣を両手で受け取ったりしていたからだ。
しかし神話とか昔話というのは、曖昧なものが多い。そういう存在がいたとだけ、覚えておけばいいだろう。
この地は他にも、風神や破戒神の逸話も豊富だったりするので、意外と歴史好きには好評な街でもある。
風神自ら作り上げたという逸話を持つ橋が、街の西に存在したりするくらいだ。
そう言った名所の解説なども交え、意外と飽きさせる事無く説明していく騎士。
どうやら学のある騎士を案内に付けてくれたようだ。
「それではお話もひと段落しましたので、騎士団の野営食を体験してもらいましょう。これはその名の通り、野営時に提供される食事で……正直いって美味しくありません。覚悟してください?」
騎士の説明に、生徒達から苦笑が漏れる。
その後提供された昼食は、騎士の言った通り、あまり美味くはなかった。
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