第185話 騎士団の訓練

野営食という名の、ただの串焼きを口に押し込んだ後は一時間ほどの食休みの時間があった。

 日頃美食に慣れている育ちのいい生徒達は、胃もたれでぐったりした様子を見せていた。この食事でもびくともしない胃腸を持つことも、騎士の資質の一つというわけか。

 その後、訓練場に出て、実際に騎士の訓練を経験する事になっている。

 なっていたのだが……


「なぜいる?」

「それはひどくないかな、マイハニー?」

「パパ、キモい」

「ぐはぁ!?」



 俺達の前に立ちはだかったのは、ライエルとマリア、それにガドルスの六英雄の三人。

 こいつら、揃いも揃って、何しにきやがった?


「ラウム魔術学院の生徒諸君。本日は特別ゲストとして、邪竜殺しドラゴンスレイヤーの御三方にも見学して頂ける事となった。いつもより熱の入った訓練になると思うので、存分に経験していってもらいたい!」


 左目付近にざっくりと斬り傷の跡を残した、いかにも歴戦という雰囲気の騎士がそう宣言した。

 その後十人程度の班に分かれて、各小隊と同じメニューを体験していく。

 とは言え、俺達はまだ子供だ。騎士団の訓練について行けるはずもない。

 最初の準備運動のランニングの段階で、脱落するものが出るくらいの体たらくだった。

 続々と脱落していく生徒達を、俺は冷めた目で見ていた。


「ふふん、たあいもない」

「そういうニコルは、真っ先に倒れちゃったけどね?」

「ママ、それは言わないお約束」


 俺はマリアに膝枕されながら、訓練場の日陰でぐったりと倒れ伏していた。

 身体的にスタミナのない俺は、ランニングを半周終える前に脱落したのだ。いや、この訓練場の周りを回るって、結構な距離があるぞ。

 訓練場は一辺が三百メートルはあるだろうか? 一周でおよそ千二百メートル。それを五周もすると言う事は六キロメートル近い距離を準備運動で走る事になる。

 生徒達の中で二周走れた生徒はいない。十歳児という事を考えれば、一周半を走ったレティーナは大したモノだろう。


 軽々と五周を走り切った騎士達に、男子は羨望の視線を送っていた。

 彼等は軽甲冑を着たまま、その準備運動を終えたのだ。まさしくスタミナバカと言えよう。

 そんな彼等を尻目に六週目に突入しているバカが二人。


「ほほう、ガドルスもなかなか粘るようになったじゃないか!」

「タフさで人族に負けるわけには行かんのでなぁ!」

「引退したんだから、とっととリタイアしてもいいんだぞ? ドワーフの短い脚では俺の速度はキツかろう?」

「ほざけ!」


 俺たち生徒が全滅し、騎士達が揚々とランニングを続けるのを見て、何かに火が付いたのだろう。

 ガドルスとライエルは三周遅れでランニングに参加し、騎士達よりも早く五周を終えていた。

 その速度はもはや全力疾走と言っても過言ではない。


 しかし【タフネス】の祝福ギフトを持つライエルについて行けるのだから、ドワーフ族のスタミナも相当なものだ。

 もっともタフでなければ、パーティの壁役タンクなんてできやしないだろうが、それでも驚愕である。


 騎士達が既定の距離を終え、ダウンストレッチを終えるころには十周を走り切り、ようやく満足して戻ってきていた。

 さすがにガドルスは息を乱しているが、ライエルは息一つ乱れていない。

 そんな二人に、まさにバケモノでも見るのかのような生暖かい視線を送る騎士達。

 この頃には生徒達も大半が復帰していた。


「い、いや……その……さすが六英雄ですね?」

「ん? ああ、すまない。訓練に飛び入りしてしまって」


 戦慄の表情で二人にタオルを渡しに行った騎士に、ライエルは平然と返す。

 その爽やかな表情に、騎士は秘かにドン引きしていた。

 一周で千二百メートル。それを十周。軽く走り切れる距離ではない。

 それなのにライエルは、ちょっと庭先を走り回った程度の疲労しか感じていなかった。


「さもありなん」

「あの人はタフだものねぇ」

「むしろガドルスが異常」

「耐久力では昔っからライバル視してたからね。巨人にわざと殴られて、どっちが耐えきれるかなんて勝負もしてたのよ?」


 俺とマリアの脇にコルティナもやってきて呆れた声を上げている。

 その場面は俺も見ていた、というか参加した。そして一発で気絶し、マリアに怒られながら癒された記憶がある。

 普通巨人族の一撃を受けたら、俺のように気絶する。というか死なない方がおかしい。死ななかった俺を褒めていただきたい。

 そんな打撃を、あいつらは平然と耐え続けたのだから、呆れるばかりだ。最後は殴ってた巨人の方が涙目になっていた。


「えー、その……続いて素振りだ。各自武器を取って振り下ろし百回に切り上げ百回」


 傷面の騎士が次の指示を騎士に与えていた。

 俺たち生徒にも、模擬剣を渡され、希望者はそれを振る事ができる。

 無論俺も参加したのだが――


「も……無理……」


 ぐったりと倒れ込んで、またマリアの世話になった。

 与えられた模擬剣は小振りなものだったが、それでも俺が使うカタナよりはるかに重かった。

 そもそも俺は短期決戦型で、百も剣を振る機会なんてほとんどない。

 そんな俺が、がんばって五十回は振ったのだから誉めてほしい。


「糸が使えれば、もう少し振れたのに」

「ん? 何か言った?」

「な、なんでもない!」


 俺の腕をマッサージしながら、マリアが聞き返してくる。

 俺はブンブンと首を振って、ごまかしておいた。


「そういえば、コルティナ。ママとパパがいるって事は、フィニアも?」

「そう言えば、そこんところどうなの、マリア?」

「え、連れて来てないわよ? だってあなたの家を管理する必要もあるでしょう?」


 今回も彼女はお留守番のようだ。

 いや、そもそもにして勝手について来る事自体が異常なのだが。

 やがて騎士たちは、各種素振りを終えて完全に準備を終えた。


「ようし! それではまずは一対一の乱取りから始める。それぞれ相手を見つけて模擬戦を始めろ!」


 その号令に従い、騎士達は各々相手を見つけ、斬り結び始めた。

 もちろん模擬剣なので、当たっても怪我する事は、あまりない。

 それでも頑丈な木の剣。当たり所が悪ければ即死もありうる武器だ。故に騎士たちの表情も真剣そのもの。

 さすがにこの訓練に、生徒達は参加できない……と俺も思っていた。


「生徒の方々も参加してみますか?」


 騎士の一人が用意したのは、よくしなる竹のような物質に綿を巻いた模擬剣だった。


「これなら当たっても痛くありませんし、怪我の心配も無いですよ」

「へぇ、こんなのもあるんだ?」


 コルティナは興味津々でその模擬剣を見ていた。確かにこれなら怪我をする事もない。

 それを学院の授業に取り入れられないか考えているのだろう。


「マクスウェル。これ面白いから、学院でもやろう」

「お主、簡単に言ってくれるな……いや、ワシも面白いと思うが」

「だったら採用しなさいよ。あんたならポケットマネーでも行けるでしょ?」

「それはお主でも同じじゃろうが!?」


 かなり無茶を言っているが、後に結局マクスウェルはコルティナに押し負け、この模擬剣を購入する事になった。

 経費で落としてやるとか言っている辺り、微妙にケチなのかどうかわからない。

 旅費をポンと出したりするくせに、こんなところでケチるのだから、爺さんの経済観念は理解不能だった。

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