第186話 練習用模擬剣

俺たちは本来魔術師候補生なので、剣を使った戦いというのは本職じゃない。

 しかしそれでも、剣というのは男子の心の琴線に触れる物があるのか、男子生徒は楽し気に訓練――という名のチャンバラごっこに興じていた。

 女子は男子ほどではないが、叩かれても痛くない剣というのが珍しいらしく、恐る恐るという態で訓練に参加していた。

 それも最初だけの話で、やがて訓練に熱が入っていき、男子のように歓声を上げながらはたき合いを始めて行く。


 レティーナも例外ではないらしく、興味深げに訓練用の模擬剣を手にし、それで俺の頭をぺしぺし叩いて調子を見ていた。

 頭が定位置のカッちゃんは、慌てたように背中に張り付く事で攻撃を回避する。


「ふむー?」

「にゃっ! みゃっ!? 痛いレティーナ」

「オモチャみたいな声上げますのね」


 どうやら俺の反応が楽しいらしく、次第に連打の速度が上がっていく。

 だが俺も、叩かれてばかりというのは面白くない。

 体捌きを使って身体ごと攻撃を躱し、レティーナの膝をしたたかに打ち据えてやった。

 模擬剣は予想以上にしなって、パスンと迫力の無い音を鳴らす。しかしレティーナは何事も無かったように立っていた。


「本当に痛くないんですのね。これは確かにコルティナ先生が目を付けるだけはありますわ」

「そだね」


 よく見ると、内部の芯に使われているのは、竹ではなくて動物の髪のような代物だった。

 それは非常に弾力に富み、そしてある程度の硬さも持ち合わせている。


「この中の……何かの髪かな?」


 俺のぽつりと漏らした言葉を、近くにいた騎士は聞き漏らすことなく拾い上げた。

 俺のそばまでやってきて、肩に手を置きながら説明してくれる。


「よく気付いたね、お嬢ちゃん。それは街の近くで繁殖しているケラトスのヒゲだよ」

「ケラトス? あの二足歩行のトカゲみたいなやつ?」


 ケラトスはこの大陸全土に生息しているモンスターの一種だ。

 姿は直立したトカゲのような恰好をしており、性格は凶暴。数匹で群れて行動する性質を持ち、一般人にとっては非常に危険な生物である。

 しかし冒険者にとっては、おいしい獲物だ。

 その皮は皮鎧などの材料になるし、骨も矢のやじりに使われるくらい頑丈。

 肉も淡白で鶏に似た風味を持っている。身体全体、余すところなく使える、おいしい獲物だ。


 駆け出しを卒業する冒険者くらいならば数人で一匹は対処できるので、群れの存在が発見されると数パーティがこぞって狩りに出ることもある。

 ラウム近郊にも出没しており、冒険者の貴重な生活の糧となっていた。

 幸いというか不幸にもというべきか、俺たちのパーティはまだその群れに出会ったことはない。

 レティーナやクラウドでは少々厳しい相手かもしれないが、俺とミシェルちゃんならば十分に相手できる程度の強さ。

 そろそろ腕試しに戦わせてもらいたい気もしないでもない。


「でも、確かケラトスの髭はこんなに太くないはず?」

「お嬢ちゃんは本当にものを知っているな。一本では確かに細すぎて役に立たないけど、こうやって縒ることで太さと強度を確保しているんだ」

「へぇ……?」


 ケラトスの髭のこういった使い方は、俺も初めて見た。

 この模擬剣ならば、ラウムでも作れるんじゃないだろうか? マクスウェルは余計な出費を強いられたというわけか。


「そこの騎士。うちの娘に何か用かな?」


 関心の声を上げて騎士を見上げる俺たちに、どこか怒りを含んだ声がかけられた。

 見るとライエルが模擬剣を肩に担いで騎士の背後に忍び寄ってきていた。


「あ、パパ」

「パパ? じゃあ、君があの六英雄の――」

「君ぃ……うちの娘とずいぶん親密そうに話しをしていたじゃないか、んん~? 俺だってそんなに話してくれないんだぞぉ」

「い、いえこれは……誤解です、模擬剣の構造を説明していただけで!?」

「それなら俺から説明しておくよ。ほら、あっちへ行った! それとも俺の娘に何か下心でも――」


 胡乱うろんげな視線を騎士に向けるライエル。これはどう見ても言いがかりである。

 騎士もその誤解を解くべく、手を上げて釈明を続けた。


「そんなつもりは毛頭ありませんよ、畏れ多い!」

「なんだと、うちの娘は眼中にないというのか? こんなに可愛いというのに!」

「それは認めますが――」

「やはり下心があったのだな!」

「どう答えろっていうんですかぁ!?」


 まるで酔っぱらいの言いがかりのようなライエルの態度に、俺は溜め息を吐く。

 俺が愛されているの理解できるが、これでは過保護極まっている。そもそもこの場まで駆けつける段階で、クレームを叩きつけたい気分だったのだ。


 おろおろと狼狽する騎士の脇からライエルの横に滑り込み、その太股に模擬剣で一撃入れる。

 パシンという派手な音と共に、ライエルの説教は一時中断した。

 それに先ほどの一発はなかなかいい音がしたな?


「おお、さすがライエル様の娘様。もう模擬剣を使いこなしていますな」

「えっ? そうなのか?」


 話題を逸らすべく、騎士が驚嘆の声を上げる。


「模擬剣は怪我を避けるためによくしなる様に作られていますが、その分きちんと当てることが難しくなってしまったんですよ。まるで鞭のように扱う要素もありますので」

「ああ、なるほど」


 騎士の説明で俺は納得した。剣よりも手に馴染む感触は、糸に近い鞭の扱いに似た性質があったからだ。

 糸を鞭のように扱う俺にとっては、剣よりも相性がいい。

 だとすれば……実は今がチャンスなのではないだろうか。ここは思い立ったら吉日ともいうし、さっそく挑戦してみるか。


「そうだ、パパ。久し振りに剣の稽古をつけて?」


 そう、この剣ならば、前世からのライバルであるこいつに勝てるかもしれない。

 剣ではついぞ勝てなかった相手に、模擬剣とは言え剣で勝利を収めることのできる、千載一遇のチャンスだ。


 俺の申し出に、ライエルは最初戸惑いの表情を浮かべていたが、娘と遊べるチャンスと知るや否や、パァッと顔を輝かせ、それを受け入れたのだった。

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