第187話 対ライエル戦
魔術学院の生徒と生ける伝説の六英雄。本来ならば敵うはずもない取り合わせ。
しかし、それが父と娘となれば話は変わる。それが対峙するとあって、訓練場はさわさわと困惑の波が広がっていた。
六英雄のリーダー的存在、ライエル。その彼に対峙するのは十になったばかりの可憐な美少女――つまり俺。
本来ならば勝負にすらならない取り組み。だが魔術学院の生徒も、ライエルも、俺の力は承知している。
無論、彼らの知る力とは俺の操糸の能力を抜いたもので、本来の俺の強さはマクスウェルしか知らない。
俺もこんな人前で本来の力を発揮するわけにはいかないので、十全とはいかない。
それでもライエルよりは、遥かに有利だ。
手に持つ武器はお互い怪我を避けるためにケラトスのヒゲ製の模擬剣。
この性質は俺に向いており、ライエルはその性質を体感できていない。
軽く
それを把握していない奴と、使い慣れた糸の感触を実感できる俺ならば、圧倒的に俺の方が有利なのだ。
「おいおい、本当に模擬戦をする気かい、ニコル?」
「むろん。今日こそかくごするがいい」
「確かにこれならあっちの模擬剣よりましかもしれないけど……怪我しても知らないよ?」
「怪我したらママに治してもらうし。むしろパパがお世話になるといいのだ」
「ほう、我が娘も言うようになったじゃないか……どうよ、俺の娘はかっこいいだろう!」
会話の最中にくるりと首を巡らせ、騎士達に謎のアピールをするライエル。
正面から対峙しているのだからこっち見ろ、この野郎!
「むぅ、舐めてかかると本当に怪我させちゃうんだから!」
俺が精いっぱいの威厳を込めて威嚇しても、ライエルはなぜかほっこりとした表情を浮かべるだけだった。
それどころか、騎士達も『何かかわいいモノを見た』的な表情をしてなごんでいる。
コルティナに至っては鼻血を吹きそうな顔をしていた。
ちなみにマリアはいつも緩んだ顔をしているので、感情が把握できない。
「ああ、ニコルってばマジ天使。お前らニコルに手を出したら承知しないからな!」
再び騎士に向かって、今度は威嚇の声を上げるライエル。
騎士達も汗を流して手を振って否定していた。
「もういい! しんぱん、早く開始の合図」
俺は不機嫌を隠そうともせず審判を促した。
どうもこの身体、感情が露骨に表れやすいうえに、精神が乱れると舌っ足らずになってしまう。
不機嫌になると自然と膨れっ面になるのは勘弁してもらいたい。
「あ、はい。では模擬戦一本勝負、はじめ」
ライエルに絡まれていた騎士が、緊張感無く開始の合図を告げる。
それもむべなるかな。本来ならば俺が勝てるはずのない試合だ。
しかし今この瞬間にこそ、俺は勝機を見出している。
使い慣れない武器の違和感を、ライエルが悟る前……そしてそれに適応する前ならば、今の俺の身体能力でも――勝てる!
「とりゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おっと」
俺の大上段からの打ち込み。これに対し、ライエルは軽く模擬剣を掲げて受け止めようと動く。
しかしその考えは甘い。
模擬剣は予想以上の撓りを見せ、ワンテンポずれた攻撃をライエルに見舞っていた。
そしてそれを受け止めるべく動くライエルの剣も、大きく撓り、ワンテンポのずれを発生させていた。
ライエルほどの達人になると、防御の動きですらそこらの剣士より早い。その速さに模擬剣がついていけていない。
撓りを計算に入れた俺の攻撃はライエルの防御をかいくぐり、その頭部を襲う――はずだった。
「あぶなっ、予想以上に撓るな、これ」
「ふぉ!?」
俺の剣は……いや、俺の腕はあっさりとライエルによって捕らえられていた。
剣の撓りで防御が間に合わないと判断したライエルは、そのまま反射的に逆の腕を差し出し、俺の手首を掴んで攻撃を止めたのである。
本来ならば、撓りを感知した頃にはもう遅い。
防御をすり抜けた俺の攻撃が
しかしライエルは防御のズレを感知した瞬間に逆の手を差し出し、別の防御策を取った。
これは奴の長年の経験と、戦闘における勘の良さを表している。
剣に馴染むまで時間がかかる。そう一瞬で判断した奴は素手での戦闘を視野に入れてスタイルを変更してのけたのだ。
「ぐぬうぅぅぅ、はぁなせぇぇぇぇ」
手首を掴まれ、俺はブランと吊り下げられた状態になっていた。
なまじ頭部を狙ったが故に、跳躍する必要があり、その瞬間にライエルに捕縛されてしまったからだ。
如何に俺が大人顔負けの敏捷性を持っているといっても、それは地に足がついた状態での話。
全盛の俺の体格ならば、このような醜態を晒す事もなかったのだが、今は圧倒的に身長が足らない。
「ハッハッハ、マリア、見てくれ。大物が獲れたぞぉ」
まるで釣れた魚を見せびらかすようなライエルの行動に、マリアは頬に手を当てていつもの笑みを浮かべている。
「あなた。そんな扱いをすると、またニコルから嫌われていしまいますよ?」
「なにっ!?」
実際ライエルの行動は、俺が言うのもなんだが実にがさつだ。
生前の俺ならば普通に感じたのかもしれないが、女の子というのは実に壊れやすく繊細である。
そして俺は他を圧倒する繊細さを持っていた。
それを知るライエルは、慌てて手を放す。
ほんの一メートル少々という高さから落下した俺だが、着地と同時に地面を転がるようにして後方に退避。
後転の要領で、後ろ転がりながら同時に地面を蹴り上げ、砂を蹴立てて目潰しを仕掛ける。
もちろんこんな小手先に惑わされるライエルではない。
目潰しは効かず、だが視界を塞がれた状態で距離を詰めるような愚も起こさない。
その隙に俺は体勢を立て直そうと画策したのだが――
ガツン、と……後頭部に衝撃が走った。
どうやら後転した際、地面に転がっていた石ころに頭を強打したらしい。
俺は後転を途中で中断し、地面にひっくり返ったカエルのような恰好のまま、気を失ったのだった。
「せめてもう少し、はしたなくない格好で……」
「に、ニコル!?」
気を失う寸前、かろうじて俺はそれだけを言い残した。
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