第183話 久し振りの帰省
例によって転移の光が収まると、周囲の光景が一変していた。
今回の転移先はマレバ市の近く。別にギルドの施設を利用したわけではないので、転移場ではない。
広々とした草原が広がり、街の西には険しい山が聳え立っている。
あの山はかつて噴火したことがあるらしく、寄り付く人はいない。しかも破戒神ユーリの聖域でもあったらしい。
つまり、俺のご先祖様の故郷という訳だ。
そんな神の聖域であり、噴火の危険もあるという事で、街の近場でありながら、ほとんど人が寄り付く事はない。
だからこそ……そこに世捨て人の鍛冶師が住み着く事もあるのだ。
「……変わってねぇな」
前世の俺が死んでから二十年。その光景は全く変わっているようには見えない。
郷愁に囚われ、ポツリとつぶやいた俺とは対照的に、レティーナはパタパタと自分の服を叩いていた。
「なにしてるの?」
「ニコルさんは感じません? なんだか……空気が変?」
そう言われて俺も、服を叩いて空気を取り込み、その感触を確かめた。
そしてすぐに得心が行く。
「ああ、これはここが樹海じゃないから」
「何か違いますの?」
「ラウム森王国は国全体が深い森に覆われているからね。じっとりとした湿気がどうしても纏わりついてくるの。でもこのアレクマール剣王国はそれほど森が深くない。だから服が張り付くような感触が無いでしょ」
「そう言えば、緑の臭いじゃなく、土の臭いがしますわね」
「そこまで酷くはないんだけど……ラウムと比較するのは可哀想」
アレクマール剣王国は森が浅いとは言え自然が少ない訳ではない。
だが隻腕の戦神アレクを崇め、剣術を至高とする武の国であるため、鍛冶も発達している。
それに応じて各地で森林の伐採や、鉱石の採掘が進んでおり、森林面積は減少気味だった……当時は。
「今は鉱石はマタラ合従国からの輸入が大半になっておるぞ。薪の問題はどうしようもないけどのぅ」
俺達の会話を聞き、マクスウェルが割り込んできた。
彼もこの地に訪れた事があるという事は、昨今の世情についても詳しいはず。
「マクスウェル様!? あ、そっか、ついて来てたんだ」
「そんなオマケみたいに……」
「これは失礼を! それにしても、マクスウェル様はともかく、ニコルさんも詳しいんですのね」
「パ、パパから聞いたし……?」
「なぜ首を傾げながら答えるのかしら?」
「なんとなく!」
「そう?」
ぐっと拳を握り締め、強弁する俺。
その勢いに押されて、はぐらかされた事に気付かずのけぞるレティーナ。
そんな俺達の頭を、マクスウェルは笑いながら撫でる。ちなみに俺の頭にはカッちゃんガードが付いているので、髪型は無事だ。
ぐしゃぐしゃと頭をかき回され、レティーナは嬉しいような悲しいような、微妙な表情をしてみせた。
貴族令嬢として、女子力の高さを標榜している彼女にとって、髪を乱されるのは悲しい出来事だったのだろう。同時にマクスウェルと触れ合えるという喜びの狭間で揺れているように見えた。
「まあ、鍛冶が盛んと言っても、本場であるマタラには敵わんけどのぅ。じゃが隠れた名工が潜んでいる可能性はあるぞ」
「そんな方がおられるのですか?」
「ワシも知らん! だから『隠れた』名工なのじゃ」
「そんな適当な……」
呆れた顔で見上げるレティーナだが、マクスウェルが言いたいのは俺が訪ねに来た鍛冶師の事だろう。
俺が知り合ったのも偶然の産物だったのだが、本当に絶技ともいうべき技を持つ、精密な魔道具を作る鍛冶師だった。
あれから二十年も経っているので、まだ生きているか不明なのだが。
「ちょっと、マクスウェル! そこで道草食ってないで、さっさと街に行くわよ!」
「おう、そうするかの。コルティナを怒らせると怖いからのぅ」
「ぁんですってぇ!?」
いつものやり取りを始めた二人だが、生徒達も学院でよく見かける光景なので、最近は慣れてきている。
俺が来る前までは、コルティナもマクスウェルも、少し疎遠な関係になっていたらしいので、当初は驚かれていたらしい。
「とにかく、この後は騎士団の見学とかいろいろあるんだから、さっさと行くわよ!」
「へぃへぃ」
せっかくアレクマール剣王国という剣術の本場に来たのだから、それを見学させたいというマクスウェルの入れ知恵だった。
ここの騎士団は俺も前世の子供の頃は憧れていたのだが、筋肉がつかない体質だったため、入団試験に落第した過去がある。
体力試験の持久走など、本当に
それを今になって見学できるというのだから、奇妙な巡り合わせと言わざるを得ない。
ちなみにこの後のスケジュールは宿にチェックインした後、騎士団の歴史を講義してもらい、昼食。
それから訓練を見学させてもらう予定である。
その後夕食と入浴を済ませ、就寝。俺はその後に、件の鍛冶師の元を訪れる予定だ。
これにはマクスウェルもついてくるので、帰りは楽になりそうだった。
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