第182話 剣王国へ出発
今回の旅程は三泊四日と、この歳の学生としてはそれなりの長旅になる。
とはいえ徒歩で向かうならば、一か月かかる距離をこの期間で往復できるのだから、転移魔法というのは非常に便利極まりない。
各国がこの魔法の使用に、神経を尖らせる理由もわかるというモノだ。
俺以外の生徒にとっては、しょせん観光旅行のような物なので、魔術学院自体はかなり浮かれた雰囲気が漂っていた。
レティーナもまた、旅行のための服を選ぶために俺を引っ張り出していた。
「なぜ服を?」
「初めて行く土地ですのよ? 舐められないようにきちんとした服装で向かわないと」
「行事中は制服だし、寝る時は運動服だよ?」
「自由時間は私服も可能でしょう?」
「わたしはその時間も制服のつもりだったのだけど……」
「そんなの、わたしもコルティナ先生も許しませんわ!」
こんな調子でショッピングに引っ張り出され、街中を駆けずり回る羽目になっていた。
相変わらずレティーナの母親のエリザさんは付いてきていない。
それだけ俺が信用されているという事なのだろう。
「エリザさんは今日もお留守番?」
「お母様は今日はアイニ公爵のお茶会に招待されてますの」
「公爵様かぁ」
このラウムでは公爵は王家の親族に与えられる称号でもある。
つまりマクスウェルの血縁に連なる者であり、国の重鎮でもある証だ。
そんな人物に招待されたら、よっぽどの事情が無い限りは断れない。
「あ、この靴可愛い!」
レティーナは俺の感嘆を無視して、靴に夢中だった。
しかし靴まで持っていくのか……?
「向こうで靴まで履き替えるの? 荷物多くなるよ?」
「た、多少なら大丈夫ですわ!」
「冷や汗かいてるよ」
想定された荷物の量を思い出して、ダラダラと汗を流すレティーナ。
彼女の衣装を考えれば、三泊の旅行に衣装ケース三つ分以上の量を持ち込むことになる。
「さすがにそれはマクスウェルも怒ると思う?」
「……服はまたの機会に着るとしましょう」
六英雄の大ファンであるレティーナは、その一言であっさりと諦めた。
俺もその一員なのだが、どうにも納得がいかない気分だ。
そんな感じで時間は過ぎて行き、出発の日になった。
なおその間、マクスウェルは必死にコルティナの追及を避けていた。しかし、顔を見かけるたび転移魔法で姿を消すのはどうかと思う。
さすがのコルティナも、神出鬼没に姿を消すマクスウェルは追いきれなかったようで、追求しきれずにいたようだ。
そして出発当日。早朝から学院の校庭に三百人近い人数が集まり、出発に備え待機している。
今回は学年ごとに目的地が違うので、冒険者ギルドの転移魔法陣を使用できないのだ。
なので、魔法はマクスウェルが使用する事になる。
【
正直言うと、高位の魔法をさらに範囲拡大するなど、普通ではあまり考えられない魔力の浪費振りだ。
しかもそれを三度も行うのだから、マクスウェルの魔力の強大さがうかがい知れる。
「ワクワクしますわね! わたし、アレクマール剣王国には行った事ありませんの」
「南の方だから、気候からしてかなり違うよ」
「あら、ニコルさんは訪れた事がありますの?」
「うっ、その……話に聞いただけ」
「ああ、ライエル様とマリア様なら訪れた事がありそうですわね」
「そういうことにしておこう」
実際、俺たちは北の邪竜退治に駆り出されたので、南方のアレクマール剣王国には訪れた事はない。単に俺がその地方で育っただけの話だ。
この方面で活動していたコルティナと俺は確実だが、大陸中央のフォルネウス聖樹国出身のマリアが訪問した経験があるかどうか、俺にはわからない。ライエルも南方出身だが、奴は南西部に位置する国の出自なので、剣王国からは離れている。おそらくは訪問したことは無いと思われる。
だが、転移魔法が使えるという事は、マクスウェルは訪れた事があるのだろう。
転移魔法の発動条件に、『転移先に訪れた事がある』という条件が存在するためだ。
いつもよりテンションの高いレティーナだが、よく見るとベレー帽に花を
どうやらできうる限りのオシャレはしてきているようだ。
対する俺はいつもの制服姿に、いつものがっちりしたブーツ。規定の制服のベレー帽の上にはカッちゃんが乗っかっている。
荷物も最小限に抑えているので、周囲の生徒達の中でも飛び抜けて少なかった。
「ほれ、最後は四年じゃ。アレクマールにはワシも一緒に行くからの」
「ええぇぇぇぇ!?」
出発の直前になって、マクスウェルが爆弾発言を落とした。だが俺は事前に聞いていたので驚かない。これも理由あっての事だ。
俺達が宿泊する予定なのはアレクマール剣王国の首都、マレバ。
手甲を直すための目的地は、そこから数時間離れた山中に隠れ住む鍛冶師の元だ。
だが、俺の体力では単独で山登りをするのは、いささか不安がある。
そこで転移魔法が使えるマクスウェルが付き添う事で、その不安を解消しようという考えだ。
「ちょっと、マクスウェル。私は聞いてないわよ?」
「内緒にしておいたからの。当然じゃ」
「内緒もクソも逃げ回ってたじゃない、アンタ! それに宿の都合とかもあるのよ?」
「そんなもん、ラウムに戻れば問題なかろう」
「……ああ、そうだったわね」
転移魔法を使えるマクスウェルは、いざとなったらラウムに帰還して休む事ができる。
無理にマレバで泊まる必要はない。
「これだから転移魔法持ちは……気の向くままにあちこち飛び回るんだから」
「ワシだってたまには息抜きしたいんじゃよ。老骨をこき使いおって」
「そりゃ、理事の仕事にニコルちゃんの魔法訓練。最近じゃ治安の方でも忙しいし、疲れてるのはわかるけどさぁ。生徒が緊張するじゃない」
「お主がそれを言うか? 同じ六英雄じゃろ」
「私はいいのよ。生徒も慣れてるから」
確かにコルティナは教師として日頃から目にしているので、六英雄への敬愛は少なめだ。
生徒も尊敬はしているが、教師に接するような気安さも存在している。
「そんなわけじゃからワシの事は気にせず楽しんでくるといい」
「無茶言うな!」
理事長で、六英雄のマクスウェルが同行して緊張するなというのは不可能だ。
周囲を見ると、やはり生徒達も、教員までも緊張の面持ちをしている。
そこで俺はある事に気付いた。
「あれ、エリオット先生は?」
教員達の中にエリオットの姿が無い。もちろん、プリシラの姿も無かった。
「ああ、彼は今日は同行できんのじゃ。ほら、この間の事があったじゃろう? 護衛の目の届かぬ場所に足を伸ばすのは、ちょっとな」
「なるほど……」
この街にはプリシラ以外にもエリオットの護衛がいる。
だがアレクマール剣王国に旅行となると、護衛達がついて来れない。
なので、今回の同行は見合わせる事になったらしい。これは俺にとっても、僥倖である。
付きまとわれて、こっそり修繕に向かえなくなる可能性もあったからだ。
「それはそれで、可哀想な気もしないでもないけど……しかたないか」
エリオットは、かなり無理を押してこのラウムにやってきている。
その上急遽決まった旅行にまで同行するのは、さすがに無理があった。
こうして俺たちは、マクスウェルの魔術でアレクマール剣王国へと旅立ったのだった。
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