第266話 二日目

 次の日、俺は憂鬱な気分で目を覚ました。

 フィニアが言うには暖かくすると多少楽になるという話だったので、毛布に保温ウォームの魔法をかけて眠っていた。

 確かに眠っている時はマシだったかもしれないが、目を覚ました時に感じた鈍痛は昨日以上のモノがあったからだ。


「うう、次の日の方がつらいって噂は本当だったのか……」


 マクスウェルの所有する別荘コテージは広さがかなりあるため、それぞれに個室を与えても、まだ部屋数に余裕がある。

 俺の事情も事情であるため、フィニアが隣の部屋に陣取ってはいたが、寝ている最中まで踏み込まれる心配はない。

 出血を伴う症状でもあるため、マクスウェルも治癒の必要上、反対の部屋に陣取っていたので、彼女もそれほど心配はしていないだろう。


「おぅ、起きたかの、レイド」

「痛くてあまり寝付けなくてな」

「ふむ、ちょっと診せてみぃ」


 俺が動き出した気配を察したのか、マクスウェルが隣の部屋からやってきた。

 俺をレイドと呼んだところを見ると、まだ他の仲間は目を覚ましていないのだろう。


 手早く俺の手を取り、脈拍を計測する。そして体温を測り、瞳孔や喉の様子も診察してくれた。


「容体はそれほど重くはないようだな。慣れていないから余計につらく感じるのじゃろう」

「どっちにしろ、だるさが半端ねぇから、今日も働きたくはないな」

「セリフだけ聞いておると、恐ろしいほどに怠け者のセリフに聞こえるのぅ」

「笑い事じゃねぇっての。こっちは結構深刻なんだぞ」


 下腹を襲う鈍い痛みが、俺の集中力を削ぎ落とす。これでは斥候としての鋭敏な感覚というのは期待できないだろう。

 泣きそうな気分で、というか実際ぽろぽろ涙を流しながら俺は弱音を吐いた。

 どうにも情緒が不安定になっているらしい。


 浮きワカメを捕獲し、洗髪剤を作りはしたが、継続的に使用するにはもっと量が欲しい。

 それに、他にも贈り物はしておきたいので、できるなら別の場所にも足を延ばしたかった。しかし俺がこの調子では、それは叶わないだろう。


「まあ、今日のところは大人しくしておれ。ワシらも他にやるべきことを見つけたので、そっちにかかりきりになるじゃろう」

「やるべきこと?」

「浮きワカメの対策じゃよ。継続的に使用するなら、もう少し捕獲しておきたいじゃろう?」

「そりゃ、まあ」

「じゃが一度の戦闘で水着は既にあの有様じゃ。替えの物を作らねばならん」

「買いに戻るというのはダメか?」


 さすがに水着を食われるというのは想定外だ。足りなくなった物資を補給しに戻るくらいは、許されるのではなかろうか?

 俺がそう思ったのを察したかのように、マクスウェルはにやりと笑みを浮かべた。


「ワシに頼る段階で、合宿は失敗じゃなかったのかの?」

「うぬぅ……でも、対策って何をするつもりだ?」

「水着が食われたのは、素材が植物由来の繊維だったからじゃ。つまりそうでなければ良い」

「植物以外の布ってことか」

「うむ、簡単に言えば皮とか昆虫の糸じゃな」


 確かに浮きワカメは木材を食う特性上、よく使われる木綿などでは食われてしまう。

 だが生物もしくは死体などは食わないため、皮ならば食われる心配はないだろう。

 それと俺のミスリル糸のような、昆虫が輩出した糸。これは虫が食べた栄養素を一度体内に吸収し、その特性を残したまま糸として吐き出しているので、植物と断じるには少しずれがある。

 これらを素材にして、浮きワカメ捕獲専用の水着を作ろうという気なのだ。


「だが、皮は水に濡れると縮むし、腐りやすい。水着には向いてないぞ。昆虫の糸も、糸から布を作って裁断製縫とか、俺たちじゃ手に余る」

「それはもちろん知っておる。じゃからとりあえず糸だけでも先に確保しておこうと思っての」

「俺抜きで大丈夫か?」


 マクスウェルはそれほど探知能力が高いわけではない。俺たちのパーティ全体で見ても、ミシェルちゃんがやや抜けているかという程度で、他はそれほど鋭敏というわけでもない。

 正直言って、半ば無人島のこの島で糸を吐くモンスターを相手に素材を確保してくると聞いて、安心して見送るということはできない。

 だがマクスウェルは意外と気楽そうに胸を張って答えた。


「任せておけぃ。それにワシには使い魔もおるし、カーバンクルもおる。森の中でも感知能力は高い方じゃぞ。お主の知覚能力が頭抜けすぎておるだけじゃ」

「そんなものか?」


 首を傾げながらも俺は答え、そこで一人いないことに気が付いた。


「あれ、フィニアは? 森の中の冒険なら、彼女が適任だろう?」

「フィニア嬢ちゃんは、お主の看病のために留守番じゃ。昨夜でさえ、気もそぞろという風情じゃったからな」

「さいで……」


 確かにフィニアまでいなくなると、俺の看病する人材がいなくなる。

 俺も初めての事態なので、経験豊富なフィニアがいてくれるのは、実のところありがたい。


「それにフィニア嬢ちゃんにも、課題を出しておいたからの。お主も一緒に解いておくとよいぞ」

「課題ってなんだよ?」

「魔法の基礎知識じゃ。エルフというだけあって、フィニア嬢ちゃんの魔力もなかなかの物じゃ。日頃から鍛えておるので剣の腕も悪くない。このまま魔法剣士に育ててみるのも面白いかもしれん」

「フィニアをねぇ……そりゃ、予想外のところからライバルが登場したもんだな」


 ライエルのような正統派剣士は難しくとも、魔法を兼ね備えた魔法剣士ならいけるかもしれない。それが今の俺の目標となっている。

 フィニアもその舞台に上がってくるというのであれば、彼女は俺のライバルになりかねない。


「お主の場合、戦闘面は既に完成されておると思うのじゃがの。とりあえずそろそろ起きだしてみんか? 皆も起きてくるころ合いじゃろうから、飯でも食おう」

「もうそんな時間か」


 マクスウェルの言葉を受けて、ドアの外で気配を感じ取った。

 どうやらフィニアが起きだして朝食の準備を始めたらしい。真っ先に俺の様子を見に来なかったのは、マクスウェルがいたからだろう。

 それにしても、マクスウェルに言われるまでそれに気付かないとは、俺もかなり消耗しているようである。

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