第265話 初めて

 五人のうち三人が捕縛されるという、最悪の事態。どうしてこうなった?

 命の危険がない相手とは言え、俺はあまりの事態に首を捻らざるを得ない。

 とりあえずフィニアを自由にせねば、状況の改善すら見えてこないので、俺は必死に腕を動かしていた。

 すでにフィニアの水着の上半身部分は溶け崩れ、あられもない状況になっている。丸見えというやつだ。そしてそれは俺の下半身部分も同じである。事は一刻を争うと言ってもいい。俺はともかく、フィニアの下半身だけは、クラウドから守らねばならない。

 そして俺よりも布の面積が少ないクラウドは、そろそろ解放されてもいいころだろうが……


「クラウド?」


 俺が視線を向けると、クラウドは完全に脱力して水面に向かって浮かび上がっていくところだった。

 周囲の水が少し濁ってる気がするのが、哀れを誘う。この浮きワカメ、ぬめり具合が意外と気持ちいいからな。水着も保温ウォームが掛かってて暖かいし。


「お前は何をしに来たんだ!?」


 思わずクラウドを罵倒してしまったが、それも仕方ないと言えよう。とにかく今はフィニアの救出が先決である。

 ミシェルちゃんとレティーナも我を取り戻し、俺のところまでやってきてくれた。

 三人がかりでフィニアを開放し、続いて俺も解放される。股間丸出しの水着はあまりにも情けない状況だ。


「よくもニコル様を!」


 そんな俺の状況に、フィニアは怒りに囚われていた。再び力ずくの斬撃を放つ。

 先と同じならば、同じように水の抵抗で後ろに下がってしまうはずなのだが、これはレティーナが後ろから押すことで相殺していた。

 見事に浮きワカメの中心核部分を捕らえ、真っ二つに分かれる。生物としての中心部を切られてはいかな植物系モンスターと言えど、生命活動を維持できようはずがない。

 二つに分かれた浮きワカメはその動きを止めて、クラウドの後を追うように海面へと浮かび上がっていく。

 こうして波乱万丈な初戦が終わったのだった。





 船の上では、マクスウェルが腹を抱えて大爆笑していた。

 確かに先の俺たちの戦闘は、そう取られてもおかしくはないほど滑稽なありさまだった。それにしても手伝いの一つや二つ、あってもよかったんじゃないかと、恨みがましく思ってしまう。

 クラウドはなぜかミシェルちゃんに正座させられており、ミシェルちゃんはその前に仁王立ちになって膨れっ面の状態だ。

 俺とフィニアはバスタオルを借りて、とりあえず露出している部分を隠していた。


「いや、なかなかいい土産話になりそうな戦いじゃったの」

「……手伝ってくれてもよかったのに」

「それをしたら鍛錬にはなるまいて? まあ、今回はその……犬に噛まれたとでも思って切り替えておくがよいぞ?」

「切り替える? 何を?」

「ほれ、その……ワシに言わせるでないわ」


 そう言って指さすのは、俺の内股。そこには一筋の血が流れ落ちていた。

 ちなみに俺には、怪我をした記憶なんて欠片もない。そもそも浮きワカメは生物を攻撃しない。


「あ、あれ?」

「ニコル様、もしや怪我を!?」


 慌てるフィニアを俺は制して、バスタオルの下をまさぐって怪我を探る。

 もしや短剣が掠りでもしたかと思ったのだが、そうではなかった。


「あれえぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 それは足のさらに根本から……つまりはそういうことだったのだ。

 その事情を機敏に察し、フィニアはパンと手を打った。


「そういうことだったのですね。ニコル様、おめでとうございます!」

「うれしくないし!?」

「きっとお腹が冷えて体調が崩れたのが切っ掛けになったのですわね」


 俺と違って真面目に性教育の授業も受けているレティーナが、冷静に診察してくれた。全然うれしくない。

 同じく事情を察したマクスウェルは、気まずそうな顔をして新しいタオルを寄越してくれる。

 ミシェルちゃんはまだ察していないようだ。いつまでもその純粋さを失わないでほしい。無理な注文だが。

 クラウドも同様だが、お前にはもはや発言権はない。今回は自由契約すら視野に入れる失態振りだ。


 こうしてどうにか、最初の獲物を持ち帰ることに成功したのだった。

 俺の初潮という、おまけ付きで。




 翌朝。俺はコテージの毛布の中に包まって唸りを上げていた。

 体の節々が痛み、特に下腹部の傷みがひどい。定期的にトイレに行って処置をしなければならないのも、非常に面倒くさい。

 幸い、その手の道具はフィニアが持参してたので、困ることはなかった。

 こんな体調なので、今日のところは狩りは中止ということになっている。


「えうぅぅ……俺はもう終わりだ。身も心も女になっちまったんだ……」

「自分のことを俺と言っておる段階で、まだまだ踏ん張っとるじゃろ」


 周囲にフィニアたちがいないことを確認した上で、俺は泣き言を漏らしていた。いや、ガチ泣きである。

 さすがに昨夜の出来事は、俺の精神に大きなダメージを与えていた。

 そんな俺の看病ということで、マクスウェルは他の人間を部屋から追い出していたのだ。

 治療魔法を使えるマクスウェルの言うことには、さすがのフィニアも抵抗できなかった。

 それに、俺にとって出血という事態は大きく体力を消耗させる要因となる。万が一を心配すれば、ここはマクスウェルに託すしかなかった。


 そのままでは手持ち無沙汰になってしまうので、彼女たちには、浮きワカメの加工を申し付けておいた。

 あのワカメの表面部分を削り取り、粉末状になるまで刻み、水にさらしてぬめりを戻し、それを既存の洗髪剤に混ぜることで成分を調整するのだとか。

 そのあたりの加工方法も、破戒神から聞き出しているので、万全である。

 なんでも洗髪剤の酸性値を中和して、頭皮に優しく髪の湿度を保ち『とりぃとめんと』効果があるのだとか?

 本来洗髪剤なのだが、皮膚の弱い赤ん坊はこれで体を洗っても、成分的に問題ないのだとか。


 とりあえず昨日の浮きワカメはサイズ的に大物だったので、生まれてくる妹とマリア、そしてミシェルちゃんたちの家族とレティーナの家の分を作ってもまだ余裕がある。

 残った分は乾燥させて粉末にしておけば、保存も効くらしい。


 作業をすべて仲間に放りっぱなしにしておくのは心苦しいが、今の俺は何をする気にもなれなかった。 

 いつか来るとは思っていたが、こうも唐突に訪れると、さすがに覚悟やらなんやらができていない。

 苛む苦痛がそれを否応なく自覚させてくる。


「はやく……男に戻らなきゃ」

「そうじゃなぁ。ワシ的にはそろそろ諦めてもいいかと思うが、それじゃとコルティナが哀れじゃしな」

「一刻も早く……もどるんだ」

「まあ、がんばれ?」


 情緒不安定になり、涙を流しながら拳を握る俺。

 どことなく投げやりなマクスウェルの励ましを受けて、その日一日を寝て過ごしたのだった。

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