第267話 次の獲物

 のそのそと起きだした俺を、フィニアは心配そうに迎えてくれた。

 テーブルには昨日の昼に捕獲した魚と、軽く火を通したパン。それに海藻サラダと焙ったベーコンが載せてある。朝食の準備は既に完了していたようだ。


「おはよう、フィニア」

「おはようございます、ニコル様。体調は大丈夫ですか?」

「実のところ、だるくてあまり大丈夫じゃない」

「朝食はお食べになれます?」

「それくらいはなんとか」


 適当に挨拶してから、洗面所に向かう。

 このコテージは裏の井戸から水を直接汲み込んでいるので、室内の手押しポンプを操作すれば水が出てくる。

 他にも多種多彩な魔道具が設置されているため、実は首都にいるよりも快適かもしれないと思うほどだ。


 俺は自前の歯ブラシで歯を磨き、顔を洗ってさっぱりしてきた。

 その最中にミシェルちゃんとレティーナがやってきたので、三人並んで顔を洗う。

 俺とレティーナが小柄なため、三人並んでいても大丈夫である。


「ぺっ、ニコルちゃん身体はもう大丈夫なの?」

「うん、動く程度なら問題なく。でも冒険とかはまだ無理かも。痛みで感知能力が落ちてるっぽい」

「大事にしないといけませんわよ?」


 心配げなレティーナの声に、俺は無言で頷いておいた。彼女も最初は強引に俺の親友の席に居座ったとは言え、根は悪い娘じゃない。

 むしろ世話焼きな面があるため、俺としても彼女と一緒にいるのは心地良い。


 再び居間に戻ってくると、テーブルにはクラウドとマクスウェルがすでに着いていた。


「クラウド、顔洗った?」

「俺は食べてから洗う主義なんだ。それに、院じゃ俺と一緒だと嫌な顔するやつもいたから、時間をずらす癖がついてて」

「ふぅん……?」


 俺は口のねばつきなどが気になるので、起きてすぐ洗う派なのだが、食べた後の方がすっきりするという人も実際にはいる。

 クラウドもそういうタイプなのかと、俺は生返事を返しておいた。

 食卓に全員が集まり、各々が食事を始める。だがちらちらとこちらを見る視線が、すごく居心地が悪い。

 皆が俺を心配してくれているのはわかるが、原因が原因なので、気まずさが半端ない。

 そこで俺は、別の話題を持ち出すことにした。


「ところでフィニア、この海藻サラダって……」

「良い海藻が手に入りましたので」

「これって……浮き――」

「良い海藻が手に入りましたので」

「……二度も強調しなくてもいいから」

「あっ、はい」

「ところで、クラウドの戦力外通知について」

「えっ、俺戦力外!?」

「きさま、フィニアのあられもない姿を見て醜態を晒したことを忘れたわけではあるまい?」

「いや、あれは不可抗力! 俺は断固として不可抗力を主張する!」


 無理やり話題を捻じ曲げただけに、唐突に飛び出したクラウドへのダメ出し。

 それを真に受けて、彼は必死で抗弁していた。

 いや、あの場面では気持ちはわからないでもないが、彼は少しばかり、女性に弱すぎる。

 半魔人という生まれで、女性はおろか人から敬遠されてきたゆえの弊害とはいえ、情けないにもほどがあった。

 故に釘を刺しておく必要性を感じていたのである。


「不可抗力でフィニアが危険に晒されたわけだから、責任は取ってもらわないと」

「ま、まぁまぁ……ニコル様、私は気にしてませんし」

「フィニアは少し気にした方がいい」


 孤児院育ちで、その後はマリアの侍女をしていたフィニアは、実は結構な箱入りでもある。

 クラウドの無害さも知っているだけに、見られても近所の男の子と一緒にお風呂に入った程度の羞恥心しか持たなかったかもしれない。

 しかし、安全なモンスターが相手だったからよかったものの、そうでなかったら致命的だった。

 今後の安全のためにも、クラウドには特に気を引き締めてもらう必要がある。

 そのために危機感を持ってもらうための方便だ。俺だってクラウドを、こんな簡単に見限ろうとは思わない。


「ニコルちゃん、わたしもクラウドくんがいなくなるのは……」

「むぅ、今回はミシェルちゃんの弁護とフィニアの赦免によって、クラウドに執行猶予を与える」

「それ有罪じゃん!」

「今度あんな醜態を曝したら、本当に戦力外だからね?」

「うっ、気を付けるよ」


 神妙にそう返してきたクラウドに、俺はひとまずは納得しておいた。

 だが彼の人慣れなさは、少し問題があるかもしれない。俺たちと行動するようになって、多少はマシにはなったのだろうが……


「生活に刺激が足りないのだろうか?」

「これ以上、クラウド坊に刺激を与えたら、枯れ果ててしまいやせんか?」


 日頃俺たち美少女とパーティを組み、夜はライエルたち六英雄と鍛錬の日々。

 狩りの素材をギルドに持ち込んだ後は、他の冒険者と地下の訓練場に籠っていることもある。

 年齢からすれば、クラウドの生活は実に刺激的と言えよう。


「それでなぜ、あそこまで人に慣れないのか」

「いや、あれはフィニアさんだから……」

「あぁん?」

「いえ、なんでもないです」


 俺は三白眼の視線をクラウドに向けた。いかにクラウドと言えど、フィニアはやらんからな?

 とりあえず話はここまでと言わんばかりに、マクスウェルが今日の方針を皆に伝え始める。


「それでじゃな。今日は水着の素材になる糸を集めてこようと思うのじゃ」

「糸?」


 そこから先は俺が聞いた通りだ。フィニアと俺を残して、無人島の森林部を探索。そこで森に生息するマーブルスパイダーというモンスターを探し出すのだと伝えていた。

 マーブルスパイダーは日の当たらない場所に巣を作り、リスほどの小動物を捕食する、全長一メートルほどの巨大なクモだ。

 このコテージは森を切り拓いた場所に設置されているので、薄暗い場所を好むそのクモは、ここには寄ってこない。

 そしてマーブルスパイダーからは、粘着性が高く強靭な糸が採れる。その粘着物質は水に弱く、洗えば落ちるので、衣服などにも流用できる。

 光沢もあり、強靭で、粘着液を纏ってもふやけないことから、糸自体は水にも強い。水着には最適と言える素材かもしれない。

 難点があるとすれば、染色がやや難しいところか。


「こやつは生け捕りにせんでも糸を取れるので、環境維持と思って容赦なく狩ってもらいたい」

「うん、まっかせて!」


 基本的に、巣を張ってそこから動かないので、ミシェルちゃんにしたら美味しい獲物である。

 離れた場所から矢を射かけるだけで倒せる敵だ。こういうモンスターを選ぶ辺り、マクスウェルも、彼女たちの安全には気を払っているらしい。


「ワシもついていくが、余りあてにはせんようにの。フィニア嬢はニコルの世話と魔法の課題」

「わかりました」

「ニコルはやんちゃせんように、大人しくしとれ」

「ぐぬぅ……」


 マクスウェルの皮肉を一つ残して、朝食の場は解散となった。

 言われなくとも、こんな状態では無茶しようがないのである。

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