第268話 二人でお勉強
マクスウェルたちがマーブルスパイダーの素材を取りに行っている間、俺とフィニアはそれぞれ残された課題をやることになっていた。
現在、フィニアは魔法陣の意味を理解するための課題をマクスウェルに出されており、その解読に四苦八苦している。
本来、魔法陣自体は丸覚えでも魔術は発動する。しかしマクスウェルはそのやり方を良しとしていなかった。
描く内容を理解していないと、応用性が落ちるというのがその理由だそうだ。
対して俺はもう一つの贈り物に刻み込む
この魔法陣は破戒神から提供されたものを改良することになっており、後で大丈夫かどうか、マクスウェルに監修してもらうことになっていた。
予定では素材を手に入れてからこれを行う予定だったのだが、今の俺の体調が体調なので、先に陣を組むことから始めていたのだ。
「ニコル様、ここですけど……」
「ん、朱の魔法陣が三角をベースにしてる理由?」
フィニアが差し出してきた問題を俺はのぞき込む。俺もマクスウェルの教育を受けているので、これくらいなら教えてやることができる。
隣に座るフィニアに肩を寄せ、のぞき込むように問題集を指さし解説していく。
「朱の魔法陣は魔力の強度を指定するから、火属性を意味する魔法陣を使うの。火はそのまま力を意味するから」
「そうだったんですね」
「同じように地は黄につながり、安定を意味する。山吹の詠唱が効果時間を指定するのはそういう意味」
「ふむふむ」
真面目な表情でメモを取るフィニア。気が付けば肩が触れ合っていて、なんだか少し気恥ずかしい。
前世ではまだ五歳だったフィニアだが、すでに十代後半に見えるくらいには成長している。柔らかい感触が肩に当たり、妙に興奮を覚えた。
いや、いくらなんでもこれはおかしい。
前世から俺は女性経験が少ないのは確かだが……いや無いといっても過言ではないが、この程度で興奮を覚えるほど初心ではなかったはず。
どうも体調の変化が、俺の情動にも影響を与えているようだ。
当のフィニアはそのことを全く意識していない。俺が今は女性というのもあり、完全に無防備になっている。
結局、マクスウェルたちが無事に獲物を持ち帰るまでの半日、俺は過剰なまでにドギマギしながら過ごす羽目になったのだった。
夕刻になってマクスウェルたちは帰ってきた。
クラウドとマクスウェルは棒を二人で抱えており、そこにはマーブルスパイダーが一匹吊るされていた。
すでに息はないようだったが、見るからにグロい。現にレティーナは少し距離を取っている。
「ただいまー、しとめたよ!」
「おかえり、ミシェルちゃん。大活躍っぽいね」
俺はそういって皆を迎え入れた。ミシェルちゃんが活躍したと見抜いたのは、マーブルスパイダーの背に、彼女の持つ矢が三本、深々と突き刺さっていたからだ。
マーブルスパイダーの糸は、本体が死亡していても採取できる。
糸の原料は体内では液状になっており、吐糸管から吐き出された段階で固まり繊維状になる。
他種では、これを球状に吐き出して攻撃してくるクモもいるらしい。
ともかく、そういう仕組みらしいので死亡しても成分が変化しない限りは採取が可能なのだそうだ。
問題は、マーブルスパイダーの吐く糸は粘着質な物質が付着しているため、そのままでは衣服には使えない。
ただし、その粘着物質は水に弱く、軽くすすぐだけで水に溶けてしまうため、吐糸管から引き抜いた後、一度水に通してから糸巻きに絡めていけば、問題はなくなる。
「というわけで、この尻から糸を引っ張り出し、こっちのタライの水を通してから、こっちの糸巻きに巻き取っていくのじゃ」
マクスウェルが糸巻きを引っ張り出してきて、採取の用意をしながら説明する。
ミシェルちゃんとクラウドは、その話を興味深そうに聞いていた。二人はわりと現金な性格をしているので、こういう収入に関する話は真面目に聞く。
ただしレティーナは初めて見る巨大なクモというモンスターに、尻込みしていた。
まあ、あまりにも人間とは乖離している姿だから、その気持ちもわからないでもない。
マクスウェルの家にある糸巻きはハンドルを回すとクルクルと回って糸を巻き取るタイプで、早く回しすぎると粘液が固形化する前に水に触れてしまい、糸が切れてしまう。
かと言って遅すぎたり、回転速度がまばらだと、糸の太さにむらが出てしまう。
その辺りに苦労しながら、安定して巻き取れるようになるまで、しばらくの時間がかかってしまった。
何度か失敗しながら、それでも五キロほどの重さの糸を巻き取り、水着を作るには充分な量を確保することができた。
その時間にはすでに日はすっかり暮れており、遅めの夕食になってしまう。
しかしフィニアもその辺は心得たもので、冷めても大丈夫な料理を準備して待っていてくれていた。
それぞれが裏の井戸水を汲み上げ、
途中、クラウドが覗きにやってきたが、俺の感知力の前にあっさりと発見された。
鈍っているとはいえ、クラウドごときの隠密を見抜けぬ俺ではないのだ。
ちなみにマクスウェルに唆されたことは、すでに承知済みである。俺もかつては通った道だ、理解はできる。
「理解はできるが、断固としてゆるさん」
「出来心だから! 謝るから!?」
ミノムシのように縛り上げられ、コテージの軒先に逆さ吊りにされているクラウドの前で、俺は宣言した。
「罰として朝まで逆さづり」
「死ぬ、死んじゃう!」
「ニコル様、さすがにそれは……」
「フィニアは優しすぎると思うよ? このおバカは一度きちんとお灸を据えないと。後マクスウェルにも」
「その、さすがにマクスウェル様には恐れ多くて……」
結局フィニアに免じて、クラウドの罰は一時間で解放された。
ちなみにマクスウェルは既に逃亡済みだった。
それにしても、マクスウェルの酔狂にも困ったものである。
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