第269話 北の山脈
翌朝、俺の体調も戻りつつあったので、再び素材集めに出ることになった。
今度の素材は
「お守りって、木じゃダメなの?」
「んー、なんでも素材によって魔法陣の馴染み具合が変わるとかで、素材も厳選しないといけないんだって」
「へぇー、さすが神様、よく知ってるんだね」
「一応、魔道具の中興の祖? らしいし?」
破戒神と言えば大陸中央に
室温を調整する道具や、食品を冷やして保存する道具なども、あの白いのが開発したと伝えられていた。
あのうっかり具合を見る限り、到底信じられないのだが、知識の深さはさすがというところか。
「その自称神様とやらはわたくしも見たことないのですけれど……」
「いや、実はレティーナも会ってたりするんだよ」
「そうですの? 記憶にありませんわ」
「うん、気絶してたからね」
「それは会ったと言っていいのかしら?」
首を傾げるレティーナだが、それももはや五年位前の話だ。そう考えると、彼女との付き合いも長い。
いや、そもそも温泉旅行の時、洗い場の隣でマッサージを受けていたか。
もっともあの時は彼女はフィニアのマッサージをしていたし、破戒神も俯せになってマッサージを受けていたので、正式に直接顔を合わせたことはない。
コルティナは挨拶していたが、レティーナはコルティナの背を揉むのに没頭していた。記憶になくても致し方ないだろう。
「それで、今回は何を倒しに行けばいいんだ?」
内輪の話をしていたら、待ちきれないとばかりにクラウドが先を進めてきた。
昨夜逆さ吊りにされたというのに、元気な奴である。
これが若さというやつか。
「今回は山岳地帯に生息する
「山岳地帯……この小島にはないよな?」
「だからそこはマクスウェルに送ってもらうつもり。例外的に」
ファングウルフは、大牙狼の名の通り上顎の牙が巨大に進化したモンスターである。
北部の山岳地帯の、さらに高い位置にしか生息していないため、マーブルスパイダーのように現地で調達はできない。
その領域は北部三か国連合の領土まで北上しないといけないため、冬期休暇の間では往復できる距離ではなかった。
そこでこれだけは致し方ないということで、マクスウェルに送迎してもらうことになっている。
「ま、こればっかりは仕方ないかぁ」
「ファングウルフは個体の強さはそれほどじゃないけど、危険度は高いモンスターだから、前衛に立つフィニアとクラウドは特に注意してね」
「わかりました! 今度こそお役に立って見せます」
「フィニアは肩の力を抜いたほうがいい」
この調子じゃ、また服を破られるミスを犯すかもしれない。特にファングウルフの長い牙は、フィニアが着ている布の服など、容易く引き裂いてしまう。
無論、服の上に革鎧を着ているわけだが、それだって役に立つかどうかわからない。その程度には攻撃力の高い敵である。
「後、山に行くから念のために
「それは用意しておきました」
元々冬場だったため、防寒具の類は用意してある。
だがそれが通用しない人物が一人。
「あの……俺、そんなの買う金持ってない……」
孤児のクラウドにとって、魔道具というのは高嶺の花である。
彼が持っていないのは承知していたので、マクスウェルの屋敷にあった予備を持ってきてもらっていた。
「ほれ、これを使うといいぞ」
「あ、はい。お借りします」
「なに、返さんでも良いぞ。少し前に新調したでな」
「え、でもこんな高価な魔道具……」
「ワシにとっては手ごろな品じゃ。それよりもニコルとフィニアという二人の弟子を、お主がしっかり守ってくれる方がありがたい」
「……わかりました。では、ありがたく」
マクスウェルの言葉に、神妙な顔で頷くクラウド。
だが忘れるな。その爺さんはお前や俺に覗きを唆し、わざと発見させて爆笑する趣味の悪さを持っているんだぞ。
まあ、マクスウェルがクラウドに期待しているのは確かだろうけど。
クラウドは前世の俺が持っていなかった『打たれ強さ』を持っている。
そのタフネスぶりは、ギフトでも持っているのかと思われるほどに、高い。クラウドが壁役として機能すれば、俺の能力は十全に発揮できる。
マクスウェルはそれを知っているからこそ、クラウドに期待を寄せていた。
「では出発するかの」
一言、そう言った直後にはすでに魔法陣を完成させている。
魔法を学び始めたばかりのフィニアには、いつの間に描き出したのか理解できないくらいの速度だっただろう。
続いて詠唱。膨大な魔力を完璧に制御下に置き、魔法そのものの効果を過不足なく、完全に顕現させる。
その技量はまさに芸術。魔法を学ぶレティーナとフィニアには、いい勉強になったはず。
開かれた
続いて最大火力を持つミシェルちゃんと、防御役のクラウドが続いてきた。これは先行する俺が戦闘に巻き込まれた際にサポートするため。
最後に打たれ弱いフィニアとレティーナ。そして術者本人が転移してくる。
景色は一転、温暖なラウムの森林から寒冷な山岳地帯へと変化していた。
樹木は少なく、剥き出しになった岩がゴロゴロしている。
斜面の傾斜も厳しく、隠れる場所も少ない。
「これは……どこかで……」
一見どこにでも見かけることのできる、急峻な山。しかし、俺はその光景に見覚えがあった。
高い標高に乾いた空気。だというのに所々で溶け崩れた岩が見て取れる。
あれは溶岩の冷え固まった岩によく似ている。だがそれにしては分布が偏りすぎている。まるで局所的に高温で焙られたかのように。
「あの、マクスウェル様、ここはどこですの?」
「ここかの? ここは……」
北部の山岳地帯としか知らされていなかったレティーナが、所在を訪ねる。
マクスウェルは彼女に、悪戯っぽい表情で答えた。
「旧トライアッド王国北限、サイオン連峰じゃよ」
そこは俺たちが邪竜コルキスを討伐した、因縁の山だった。
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