第270話 奇襲の有効性
伝説のサイオン連峰。そこで冒険をするとなって、レティーナは大いに舞い上がっていた。
ここは彼女のあこがれである六英雄が、その功績を全世界に轟かせた地なのだ。興奮するなという方が無理というものである。
「こ、こここ、ここ、ここでマクスウェル様は邪竜と戦ったのですね!」
「落ち着け、レティーナ嬢。ニワトリみたいになっておるぞ。それにここは単なる通過点じゃよ。邪竜の巣はもっと山頂に近い場所じゃった」
「ならばそこに! 早く行きましょう! 早く、早く!」
「だから落ち着けというに。目的のファングウルフは、そこまで高地には住んでおらんて」
通常は、山の高度が上がれば上がるほど、生息する動物の数も減っていく。
無論高地を好んで生息地とする動物も存在するが、ファングウルフは肉食獣であり、なおかつ自然界においてはそれなりに強者の部類に入る。なのでわざわざ限定的な獲物を狙うため、生存するのに厳しい山頂付近に住み着いたりはしない。
だからと言って、獲物を奪い合うライバルの多い低地で生き抜けるほど強くもない。
そしてそれなりの強者であるがゆえに、俺たち程度の実力では油断できない。
「ファングウルフはこのくらいの高さに生息してる。だいたい植物が減ってくるくらいの高さかな? 山の高い位置では植物はあまり繁殖していないから見通しがいいと思いがちだけど、それでも隠れて獲物に忍び寄るだけ能力がある。だから周囲の警戒は怠らないこと」
俺は邪竜討伐でこの山に来た時、一度ファングウルフとの戦闘を経験していた。
マクスウェルもその経験があったからこそ、ここを狩場に選んだのだろう。
赤茶けた剥き出しの岩と同じ色の毛皮は、自然のカムフラージュと化し、こちらの索敵の目を欺く。
そして獲物を狙う殺意は極限まで押し隠すため、俺の感知力を持ってしても、早期発見は難しい。
俺はこっそりミシェルちゃんたちから少しだけ距離を取り、マクスウェルと密談する。
当の爺さんは使い魔を空に放ち、上空からの監視を開始していた。
「なあ、いくら破戒神の勧めとは言え、俺たちにファングウルフは、少し荷が重くないか?」
ファングウルフの強みはその隠密性を活かした奇襲である。姿を現しての戦闘ならば、それほど怖い敵ではない。
しかしこの自然界において、先手を取るということは、あまりにも強いアドバンテージとなる。
特に身体のできていない、打たれ弱い子供たちでは、その奇襲による初撃が命取りになりかねなかった。
「無論、ミシェル嬢たちだけでは危なかったじゃろうな。じゃがレイド、お主がおる。ファングウルフは単純な戦闘力自体はさほど高い敵ではない。お主が先んじて敵を察知すれば、それほど苦戦はすまい?」
「正面から戦えば、そりゃなんとかなるだろうさ。でも相手は隠密に長けたモンスターだ。万が一ということもあるだろ?」
「それに備えてワシがおる。使い魔を使って上空からの監視。それに――
「おっ、さすが爺さん。頼りになる」
あまりにも便利な魔法ではあるが、もちろん弱点もある。感知するのは生命を持つ対象だけ。つまり
この魔法に周辺警戒を頼りっきりにしていると、
それと探知範囲の狭さ。魔法の探知範囲はせいぜい百メートル前後。不意打ちを防ぐ程度の範囲しか展開できない。
さらに情報量というのも問題になる。
この魔法で探知した対象は、その大きさくらいしかわからない。それが人なのか狼なのか、区別がつかないのだ。
しかも街中などでは生命が溢れかえっているため、逆に混乱をきたす可能性もある。森の中だって危ないかもしれない。
こういった生命の気配の少ない荒れ山でこそ、威力を発揮するという魔法である。
「……使いどころが難しい魔法だよな、それ」
「ほっとけぃ」
やや憮然とした表情をして見せたマクスウェルだが、この状況では最も頼りになると言っていい。
現にマクスウェルは、俺すら気付かなかった生命の存在を嗅ぎ取って見せた。全員に聞こえるように、警戒を呼び掛ける。
「そっちに少し大きめの生命反応。猫くらいかの? 念のため避けた方が良かろう」
「イタチでもいるのかな?」
「あいにくと、そこまでわかる魔法ではないでな。正体まではわからん」
「じゃあ、わたしがちょっと様子を見てくる」
俺は隊列を離れ、近場に潜む小動物の元まで気配を消して近付いてみた。
隠密が得意なのは何もファングウルフだけではない。俺も隠密のギフトを持っているため、獲物に忍び寄るのは得意なのだ。
岩場の陰に潜んでいたのは、猫ほどの大きさのトカゲだった。
やや赤みの強い茶色の皮をした、鋭い牙を持つトカゲ……
その皮の色から
強さは猫程度で、戦うにしても大した敵ではない。ただし、その牙には毒があるので注意が必要である。
俺たちが着用している、学院指定のブーツ程度なら貫けるほどの牙を持っているので、ここは安全のために排除しておくとしよう。
気配を完全に絶った俺に気付くことなく、ダスクリザードはマクスウェルたちを注視していた。
隙があれば近付き、その足に噛みついて毒を流し込もうと算段しているのだろう。
しかし俺もそれを見過ごすわけにはいかない。岩陰の死角を伝うようにダスクリザードの背後に回り込み、糸を飛ばす。
ミスリルの糸はダスクザードの最大の武器である牙を封じるため、口に巻き付きその動きを封じ込めた。
ダスクリザードは突如として口に巻き付いた糸に驚愕し、それを前足で取ろうと四苦八苦している。
その仕草は猫が顔を洗っているようにも見えて、実に愛嬌があった。
だが、これは敵で、その仕草を愛でる余裕は俺にはない。そのまま背後まで近付き、胴体と首筋の境目……つまり延髄にカタナを突き立てて攻撃する。
背後から急所への一撃を受け、びくりと動きを止めて絶命するダスクリザード。
この通り、先手を取るということ、奇襲をかけるということは、絶大な有利をもたらしてくれるのだ。
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