第271話 釣り出し作戦

 絶命したダスクリザードを片手にぶら下げ、ミシェルちゃんたちの元へ戻った。

 俺がトカゲを持って帰ったのを見て、ミシェルちゃんは目を輝かせて喜んでいた。


「おかえり、ニコルちゃん! それおいしい?」

「第一声がそれ? まあ、毒を避ければ食べれないことはないと思うけど」

「じゃあ、院の土産に持って帰ってもいいんだな!」

「クラウドは自重したほうがいい」


 毒持ちのダスクリザードを捌くのは、それなりの知識が必要になる。

 孤児院のシスターや、子供たちでは捌くのは難しいだろう。フィニアにだって無理かもしれない。


「わたしも毒腺の位置はしらないし」

「ワシが知っておるよ。フィニア嬢、いい経験だから捌いてみるかね?」

「え、いいんですか?」

「構わん。むしろ好都合じゃろ」

「ああ、ファングウルフを呼び出す餌にするのか」

「その通り」


 ファングウルフは狼の名を冠するだけあって、鼻がいい。

 解体時に漂う血の匂いを嗅ぎつけて、向こうから近寄ってくる可能性がある。

 それに今寄ってこなくとも、肉を配置して釣り出すことだってできる。

 マクスウェルの考えに俺は少し感心しながら、二人がトカゲを捌き始めるのを見ていた。


「毒腺は喉の内側、この位置に縦に二か所存在する……ニコルや、きわどいところを刺しておるな?」

「知らなかったんだから仕方ない」

「今度から胴体の方を刺してくれると助かる。まずはその毒腺を取り除こうかの。まずちょうどニコルの開けた穴から皮を左右に剥ぎ取ってしまうとよい。普通ならこの口元から胴に向かって剥ぐんじゃがな」

「こうですか?」

「そうそう。そして喉の筋肉を避けて毒腺を……」


 フィニアはマクスウェルの指導を受け、真剣な表情で解体を行っていた。

 その間マクスウェルの生命探知ライフサーチが疎かになってしまうので、代わりに俺が周辺への警戒をしていた。

 案の定、血の匂いに誘われたのか、岩陰に動く姿を発見する。しかしこちらに襲い掛かってくる気配は、まだない。

 俺は警戒を解かず、マクスウェルにその情報を伝えた。


「マクスウェル、あそこで何か動いた」

「なに? フィニア嬢、ちょっと中断じゃ」

「はい、承知してます」


 俺の声にマクスウェルは解体の手を止める。フィニアも解体用ナイフから戦闘用のロングソードに持ち替え、準備を整えていた。

 マクスウェルは使い魔を獲物の背後に移動させ、その姿を確認する。

 そして肩の力を抜いてこちらに振り返った。


「大丈夫じゃ。あれはロックハウンドの一種じゃよ」

「ロックハウンド?」


 その名を初めて聞くミシェルちゃんとクラウドは、揃った動きで首を傾げていた。お前ら、最近本当に仲がいいな。


「うむ、山に住む野犬の一種でな。他の動物の食い残しなどを漁る……まあ、ハイエナみたいな動物じゃ。生きている動物には襲い掛からないので、ワシらには危険はないぞ」

「そっかぁ。で、その犬、おいしいの?」

「ミシェルちゃんや、さすがにそれは……」


 成長著しいミシェルちゃんは、きっと栄養補給の頻度が多く必要なんだよ。うん。

 実際、ハイエナは動物を襲うし、生きている獲物も食うので、ハイエナのようなとは言えない。マクスウェルの例えは適当とは言えないが、そこを細かく指摘するのも無粋という物だろう。

 そもそも知識量ではマクスウェルには太刀打ちできないし。


「しかし、困ったのぅ」

「なにが?」

「このままでは釣りはできんということじゃ」


 爺さんは、珍しくヒゲをしごいて、悩ましく眉間にしわを寄せている。

 それを聞いてミシェルちゃんとクラウドはもう一度首を傾げた。今度は反対側に。


「どうして? あの犬がいると、ファングウルフが寄ってこなくなるの?」

「そうじゃなくてじゃなぁ……そう、例えばここに美味そうな肉があるとするじゃろ?」

「うん」

「食べていいとすれば?」

「食べる!」

「奪う!」


 クラウドが真っ先に手を挙げて返事をした。その直後にミシェルちゃんが、続く。

 つまり、クラウドが食う肉を横からかっさらうと宣言したのだ。

 直後、泣きそうな顔をしてこちらを見るクラウド。こっち見んな。


「つまりはそう言うことじゃよ。今餌を撒いても、ロックハウンドが先に餌を奪ってしまうじゃろ」

「でも、ファングウルフの方が強いんでしょ?」

「この場におれば、ロックハウンドなぞ蹴散らして餌に食いついたじゃろうな。じゃがおらんのが現実じゃ」

「そっかぁ」


 楽に標的を引っ張り出せないと知り、肩を落とすミシェルちゃん。だが少し待って欲しい。

 逆に言えば、ロックハウンドは釣り出せるわけだ。


「いっそのことロックハウンドも殲滅しちゃう? そうすれば餌も増えるよ」

「なるほどの、そうやって餌を増やしていき、最終的にファングウルフを釣り出すと?」

「そうそう」


 釣れた獲物でさらに餌を増やし、近寄ったモンスターをことごとく殲滅していけばいい。

 そうすれば、この獲物の少ない山の中だ。いずれはファングウルフも引っかかるはず。

 俺がそう提案した時、ロックハウンドの方で甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「ギャウン!?」

「グルァウ!」


 同時に低い唸り声。視線を向けると、こちらを遠巻きに観察していたロックハウンドが、一回り大きな犬に襲われていた。

 いや、あれは犬じゃない……狼だ。


「マクスウェル!?」

「すまん、警戒を切ったままじゃった!」

「耄碌するのはちょっと早いぞ!」


 ひどい言い草だと思うが、俺もロックハウンドに注意を向けていて、こちらに近付く存在には気付かなかったのだ。

 半ば自分への叱責を八つ当たり的にマクスウェルにぶつけていたとも言える。


「ファングウルフだ、戦闘準備を!」


 俺の声にクラウドが盾を構えて前に出る。その横に並ぶように、フィニアが剣を構えて進み出た。

 ミシェルちゃんも矢をつがえ、レティーナも杖を構えていた。

 この戦闘準備の速さは、一端の冒険者にも引けを取らない。俺が鍛えた仲間たちだ。この程度では狼狽うろたえない。


 俺はクラウド、フィニアとミシェルちゃん、レティーナの間に位置して短剣を構える。

 そうして俺たちが態勢を整えた頃、ロックハウンドを易々と屠ったファングウルフは、次の獲物……つまり俺たちに向かって殺意を込めた視線を送ってきたのだった。

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