第272話 パーティアタック

 唸りを上げて、こちらに向かってくるファングウルフ。

 それを迎え撃つべく、クラウドとフィニアも駆け出していた。

 俺は前衛と後衛の中間に位置し、どちらにもサポートを飛ばせるように立ち回っておく。


 盾を構え前進するクラウドがフィニアより一歩前に出ていく。

 これはフィニアが遅いのではなく、彼女が意図的に速度を落とし、クラウドが突出するように誘導したからだ。この辺りのタイミングの重要さは、前回の浮きワカメ戦で充分に学んでいるようだった。

 もちろん、そうやって前に出てきた獲物に、ファングウルフは噛みついていく。

 両者が激突する寸前、俺はフィニアとクラウドへ支援の魔法を飛ばしていた。


「朱の一、群青の二、翡翠の一――保護プロテクション


 魔力強度一、対象二名、射程十メートル。それを意味する詠唱から防御力を引き上げる魔法をフィニアとクラウドに掛ける。

 これは干渉系魔法でも最初期から習得できる魔法だ。

 効果はせいぜい、布鎧キルト一枚程度の防御力上昇。しかしそれでも、装備の整っていない初期では貴重な効果だった。

 だがこれも装備が整うに従って、優先順位が下がっていく。最も冒険者が活発に働ける時期になると使えなくなる魔法。ある意味、干渉系という属性を象徴するような魔法である。


 援護の魔法を受け、二人にその効果を発揮させる魔法が絡みつく。

 しかし二人とも、それに驚くような挙動は見せない。前もって打ち合わせていた通りの行動だから、驚きはしない。

 そんな援護に構わず、ファングウルフは正面からクラウドに飛び掛かっていく。

 クラウドは、これを想定通り盾で受け止めた。


 クラウドの前進の足が止まり、同様にファングウルフもその動きを止める。

 互いの突進力の拮抗。その一瞬を突いて、フィニアがクラウドの脇からロングソードを突き出していった。

 

「ギャウン!?」


 フィニアの一撃は、しかし彼女の非力さもあって深手とは成り得ない。

 それでも痛覚を刺激され、悲鳴を上げてクラウドから離れるファングウルフ。

 それにタイミングを合わすかのように、クラウドは左斜め後方へと位置をずらす。同時にフィニアも右斜め後方へと退いた。

 これはファングウルフを警戒してのことでもあるが、後衛――つまりレティーナとミシェルちゃんに射線を開けるための行動である。


 俺も即座に姿勢を下げ、二人の攻撃の邪魔にならないように動く。

 その動作の直後、矢と火弾ファイアボルトの魔法が俺の頭のすぐ上を駆け抜けていった。


 ミシェルちゃんの放った矢は、狙い過たずファングウルフの後ろ足の腿に突き刺さる。

 レティーナの魔法も、ほぼ同じ位置に着弾していた。

 致命傷には程遠いダメージだが、これでファングウルフの機動力は大幅に制限されたはず。


 ミシェルちゃんの腕ならば直接頭を狙うことも可能だろうが、相手は格上のモンスター。慎重に対応するに越したことはない。

 それに頭蓋骨は硬いため、貫くことができず浅手に終わってしまうことも多い。

 後衛の二人は、確実に相手にダメージを積み重ねる方針で打ち合わせていたのだろう。


 攻撃を受け、後ろ足の力が抜け、カクリと姿勢を下げるファングウルフ。そこにクラウドが剣を振り下ろしていく。

 無論、彼は防御主体の戦闘スタイル。相手を受け止めるため、その下半身はやや後ろに重心を移しているので、この攻撃は重いものではない。

 それでも顔面に飛来する剣を、本能的に避けてしまう。その行動がさらにファングウルフの体勢を崩させた。


 こうして動きを止めさせ、フィニアとミシェルちゃんでダメージを蓄積させれば、いずれはこの強敵も力尽きるだろう。

 パーティとしての集団行動。その手数の暴力は、このように格上の相手すら蹂躙してみせる。それを彼女たちが学べるのなら、いい勉強になるだろう。


 状況は想定通り推移している。

 ファングウルフの体力は刻一刻と減少していくし、こちらは時間を置けば置くほど、俺の支援が充実していく。

 このままいけば、ほどなくして俺たちの勝利が確定する、そう確信を持ってフィニアとクラウドに強化付与エンチャントを施そうとした時……俺は背筋に冷たい汗が伝う感触を覚えた。


 ゾクリとした、戦慄にも似た感覚。俺がその悪寒に振り返ると同時に、マクスウェルも詠唱を開始していた。


「ミシェルちゃん、後ろ!」


 俺は叫び、同時に手にしていた糸を飛ばす。

 その糸はミシェルちゃんの背後十メートルにまで忍び寄っていた、もう一頭のファングウルフの顔面を的確に捉えた。


「ギャアン!」


 直後に響く獣の悲鳴。

 この場にはフィニアもいたので、これは正体がバレかねない行為だったが、緊急事態だったので仕方ない。

 ちらりと背後……この場合、最初から戦っていたファングウルフに目を向けると、ようやくフィニアはこちらを振り返ったところだった。

 どうやら俺が糸を飛ばした場面は見られずに済んだらしい。


「えっ!?」


 ここで初めて、ミシェルちゃんは自分が狙われたことに気が付いた。

 一頭がロックハウンドと俺たちの注意を引き、その隙に背後別の一頭が忍び寄る。

 これは野生動物でも頻繁に行われる戦術だ。

 ファングウルフも同じようにそういう戦術を取っていたのだろう。

 隠密能力の高いファングウルフだからこそ、有効な戦術。俺たちは危うくその罠に掛かるところだった。


 俺が牽制するとほぼ同じくして、マクスウェルが火壁ファイアウォールの魔法を発動させる。

 ミシェルちゃんを守るようにそそり立つ火壁ファイアウォール。これではファングウルフも迂闊に襲い掛かることはできない。


「ミシェル!?」

「クラウドは前に専念して。こういう時のためにわたしがいる!」


 俺の位置は中衛遊撃。前衛が突破された時の予備であり、こういった状況に備える戦力でもある。

 フィニアにばれないよう、こっそりと糸を引き戻して手甲に仕舞う。代わりに短剣を構えてミシェルちゃんの後ろへと移動した。

 マクスウェルが火壁ファイアウォールを立ててくれたおかげで、ファングウルフの顔面につけられた傷跡は、フィニアたちには見えていない。

 防御と同時に攻撃や足止め、視界を塞ぐ効果もある魔法を選択する辺りは、さすがマクスウェルと感心する。


「後ろはわたしが引き受けるから、前を倒すことに専念して」

「わ、わかった。おねがい」


 ミシェルちゃんとすれ違いざま、短く打ち合わせを行う。そして俺が位置につくと同時に火壁ファイアウォールが消え失せ、ファングウルフと相対した。

 彼女たちにとっては格上の相手ではあるが、俺にとっては容易い相手だ。今の身体では即座に仕留めるのは不可能だが、それでも持ちこたえるくらいはできる。

 ギデオンやマテウスという強敵と経験を積み重ねてきた結果、身体能力に勝る相手と戦うことに慣れてしまっていた。


 その推測通り、俺は背後のファングウルフと泥仕合を演じている間にクラウドたちが前方の敵を屠り、こちらに加勢に向かってくれた。

 戦力を集中されては、いかに格上と言えど耐えきれるものではない。

 こうしてファングウルフ討伐は、滞りなく終了したのだった。

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