第273話 獣の災難

 二頭のファングウルフから牙をへし折り、素材を剥ぎ取っていく。

 この牙はお守りタリスマンとしての基材ベースにも向いているが、他の魔法用の素材にも適性がある。

 妹用に一つ取るとして、残り三つは余る計算だ。


「どうする、三つも余るけど?」

「欲しい人、いるぅ?」

「わたしはいいですわ。お金が必要な人もいることですし」

「クラウド君が必要ですしね」

「その、なんというか……もうしわけない」


 クラウドは今後の独り立ちに備えて、金を貯めている。

 俺やミシェルちゃん、フィニアなどは後ろ盾が存在するので、学院卒業後も生活に困ることはないが、彼は違う。

 少額でも貯めれる物は貯めておきたいだろう。


「そうだね、じゃあ……二つ売って、一つはわたしが買い取るってことで良い?」

「え、もう一つ?」


 俺の申し出に、ミシェルちゃんが首を傾げていた。妹に贈るだけなら、一つでも充分だという思いだからだ。


「でもほら、妹とお揃いってなんだか良くない?」

「あー、それいいね! じゃあ、みんなでお揃いっていうのはどうかな?」

「それには数が足りないよ。四つしかないんだもん」


 俺たちは五人。ファングウルフ一頭から二本の牙が取れる。妹の分を足すと、あと一頭は倒さないといけなくなる。

 今日は朝からサイオン連峰へ転移して山登りしているので、すでに結構な時間が経っている。

 それでも早々にファングウルフと遭遇したこともあり、陽はまだ高いが、問題は俺の体力である。

 山登りに戦闘、不意打ちへの対処で結構疲労が溜まってきていた。

 いつもならば、俺が敵の注意を引いている隙にミシェルちゃんがあっさり片付けてくれるのでそれほど疲れないのだが、今回は不意打ちということもあり、少し身体に無理が掛かってしまったようだ。


「マクスウェル、周囲に敵は?」

「遠い場所に数頭。完全にいないというわけではないな。じゃがファングウルフが倒されたとあって、こちらを警戒するに留めて居るようじゃ」

「他ににファングウルフは隠れてない?」

「この近辺にはおらんようじゃが……ふむ、少し待っておれ」


 マクスウェルは言うが早いか、飛翔フライトを唱えて空へ舞い上がった。

 空高く舞い上がり、周囲を見渡すとさらに魔法を詠唱。放たれた光弾エネルギーボルトが俺たちから数百メートル離れた場所に着弾していた。

 濛々と巻き起こる土煙の量から、爺さんの放った魔法の威力がうかがい知れる。あれはもはや、光弾エネルギーボルトの範疇じゃないだろ。


「な、なにしてますの、あれ……」

「マクスウェルのことだから、なんかこっちの斜め上なこと、してるんじゃないかなぁ?」


 突如放たれた光弾に、レティーナは戦々恐々としていた。

 着弾地点では赤茶けた土煙が舞い上がり……あれ、土の赤以外にも別の赤が混じってるな?

 その煙が収まった段階でマクスウェルはその着弾地点に向かう。

 しばらくして俺たちの元に戻ってきたマクスウェルは、その手に下半身が吹き飛ばされたファングウルフを抱えていた。


「ほれ、これで牙が六本揃うじゃろ? クラウドの貯金は……まあ、毛皮を売った分でも賄えるはずじゃ」

「わぁ、ありがとう、おじーちゃん!」


 ミシェルちゃんは手を打って喜んでいたが、そのファングウルフ、下半身が吹っ飛んでるぞ。

 光弾エネルギーボルトは光属性魔法の基礎級の魔法なのだが、この魔法でここまでの破壊力は、普通は出ない。

 さすが爺さんと言うべきか、爺さん自重しろと言うべきか、俺は頭を悩ましていた。


「とりあえず今日はこのサイオンで野宿じゃ」

「え、帰ればいいではありませんか?」


 唐突に野営を宣言したマクスウェルに、フィニアが反論する。

 だがそれに対し、悪戯っぽい顔でマクスウェルは説明していた。


「これは合宿じゃぞ、フィニア嬢や。屋根のない場所、危険な場所での夜営も、一度は経験しておかねばな」

「それはそうですが……」

「ニコルを心配してのことじゃろうが、過保護ではこの先冒険者としてやっていけん。多少は苦難を与えねばな」


 そう言ってこちらにウィンクしてくる爺さん。ちなみに前世ではこんな場所での夜営など、数えきれないくらい経験している。

 これは俺を鍛えることを口実にして、フィニアたちに経験を積ませようとしているのだ。


「フィニア、マクスウェルの言うことにも一理あるよ。いきなり夜営を経験するより、こういった時に一度経験しておいた方がいい」

「そう……ですか? でもニコル様、その、体調の方は?」

「……せっかく忘れかけてたのに」

「す、すみません!?」


 フィニアが心配していたのは初潮を迎えた俺の身体だったようだ。

 戦闘の興奮で忘れかけていたのに……


「ま、まあ、出発の時に準備もしてきてるから、何とかなる。それと、マクスウェルやクラウドがいる前でそれを口にするのはどうかと思う」

「それもそうでしたね。無神経でした……申し訳ありません」

「フィニアが謝ることじゃないかもしれないけど。むしろ男性陣がここで聞いてない振りをするくらいの配慮をしてほしい」


 じっとりした視線を男たちに向けると、マクスウェルは素早く視線を逸らせた。

 なおクラウドはあたふたと左右を見回し、やがてマクスウェルに追従する。すでに遅い。


「クラウドにそれを期待するのは無理か」

「しかたないだろ! 人付き合いの経験自体が少ないんだし」

「そろそろ慣れてもらわないと、わたしたちが困る」


 クラウドは俺たちパーティの中で数少ない男性である。いや、唯一と言っていい。

 冒険をしていく上で、男性でないと踏み込めない場所や聞き出せない情報などもある。

 特に俺たちは若い美少女揃いなので、この先いろいろと絡まれることや甘く見られることもあるだろう。

 そういった意味で、クラウドにはもっとしっかりしてもらわないと困る。


「まあいいわい。ところでニコルや、少し援軍を連れてくるから、お主はしばらく監視に集中しておいてくれ」

「援軍?」

「なに、少しアーガスとバウマンをな。後マテウスも連れてくるかの」

「なんで?」

「まあ、ちょっと事情があるんじゃよ。ワシのな」


 答えにくそうにマクスウェルはそうはぐらかした。

 だがこの爺さんが無駄な行動を取るとは思えない。悪戯を仕掛けることは多々あるが、こういった危険な場ではきちんと空気を読む。

 そのマクスウェルが援軍が必要だというのだから、それは確実に必要な何かを発見したということだろう。


 そうして転移テレポートを使って、マクスウェルはラウムへと戻った。

 時間にして三十分ほどしか経過していないが、その間に俺たちは素材の剥ぎ取りを済ませておく。

 俺は監視に集中し、何事もないまま、マクスウェルは三人を連れて戻ってきたのだった。

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