第274話 不審者

 アーガスとバウマン、それにマテウスまで連れてきたマクスウェルは、すぐさまその場を移動させ、夜営の準備を整えさせた。

 場所を移動したのは血の匂いを嗅ぎつけ、さらにモンスターが襲来するのを警戒したからである。

 その説明を子供たちにしつつ山を登り、かつて利用したこともある半壊した山小屋を見つけ、そこで夜を明かすことになった。


「先の場を移動したのは、獣の襲撃を警戒したためじゃ。血の匂いは予想外の敵をおびき寄せるからの」

「都合よくこんな場所があったなんてな。ひょっとして爺さんは知ってたのかい?」

「ここは邪竜コルキスが巣を作った時に壊された小屋の一つじゃ。ワシらも当時は利用したもんじゃわい」


 説明するマクスウェルにマテウスが余裕を持った態度で話しかける。

 この男の場合、ファングウルフが奇襲を仕掛けてきても、余裕を持って対処できるからこその態度だ。

 クラウドやフィニアも警戒するだけで神経をすり減らしつつある。特に奇襲を受けかけたミシェルちゃんなどは、いつもと違う様子を見せていた。


「ミシェルちゃん、この近くには敵はいないよ?」

「う、うん。それはわかってるんだけど……」

「やっぱりさっきの奇襲?」

「少し、ね」


 先ほどの戦闘では、俺かマクスウェルが気付かなければ、完全に背後から奇襲されていた。

 いつもは俺が先手を取り、一方的に射掛ける立場にいる彼女としては、初めて命の危機に立たされたという感覚を受けたのだろう。

 クラウドがマテウスと戦った時ですら、彼女は守られる側にいた。目前まで敵に迫られたのはコボルド以来と言える。

 犬と狼、そういった類似点も彼女の精神に負担をかけていたのかもしれない。


 しかしこれからも冒険者を続ける上では、その恐怖は重要なモノでもある。

 恐れを知り、常にそれに備えることこそ、生き延びる最善手と成り得る。 


「怯えすぎると逆に失敗するよ? でもその感覚は忘れちゃダメだからね」

「ダメなの?」

「怖さを忘れると、慎重さを失っちゃうから。わたしとか、よくそれで怒られてるもの」

「あは、ニコルちゃんは特に怖いもの知らずだから」

「知らないわけじゃないんだけどね。つい先走っちゃう」


 廃屋の中に入り、ミシェルちゃんの緊張を解すべく、その肩を軽く揉んでやる。

 こういうスキンシップが過度の緊張を解す助けになると、昔マリアに聞いたことがある。

 彼女は特に、凝りそうな体形をしているから。


 その間、クラウドは屋根に上って天井の穴を塞いでいた。マテウスたちも、廃屋内に残されていたボロ布……おそらくはかつて毛布だった物を使って壁の穴を塞いでいた。

 これは内部からの光を外に出さないために必要な処置だ。

 しかし完全に塞いでしまうと、空気が悪くなって窒息してしまう可能性があるので、光が漏れず、なおかつ空気が通るようにとの工夫がされている。


 そうして夜営の準備を整え、フィニアお手製のサバイバル料理を食べた後、俺はマクスウェルを廃屋の外に引っ張り出した。


「なんじゃ、デートのお誘いかの?」

「気色悪いこと言うな。それで……何を発見したんだ?」


 ミシェルちゃんたちには知らせていなかったが、夜営するのは当初の計画通り。しかしマテウスたちまで呼びつけるのは予定に無い行動である。

 それを行ったということは、人手が必要な何かがあったということだ。

 そして、その決断はマクスウェルが空を飛んだ後に行われている。

 空中に飛びあがった時、何かを発見したという証拠でもある。


「お主は……本当に頭が良いのか悪いのか、よくわからん奴じゃな」

「ほっとけ」

「昼に空を飛んだ時にの。妙な一団を見かけたのじゃ」

「妙な一団?」


 妙と言えば、こんな場所に入り込んでいる俺たちだって、充分に奇妙だ。

 しかしそれを除いても不審なモノを彼は見かけたのだろう。


「ああ、大人が三人に子供が五人。全員フード付きのマントを着て、顔や体格を隠しておったから、推測ではあるがな。遠目じゃったので、小さい方は小人族の可能性もある」

「この山中に八人。人気のないこの山で顔を隠す……か。確かに妙だな」


 ここが普通の山ならば、俺たちだって妙だとは思わない。

 しかしここはサイオン連峰の中でも、最も不穏な山だ。邪竜コルキスが討伐された山。それは今なお不吉の象徴として扱われており、立ち入るものは数少ない。

 ある意味、マレバのアストの住む山と同じくらい、忌避されている場所である。

 そんな場所に八人もの集団が入り込み、麓とはいいがたい高さまで登ってきている。マクスウェルでなくとも警戒するに値する出来事だ。


「ひょっとして俺たちみたいに、素材を獲りに来た冒険者という可能性は?」

「ないじゃろ。推定とは言え、子供五人を連れてじゃぞ?」


 俺たちだってこんな山に入っているが、それでもマクスウェルという腕利きに引率されての話だ。

 人数もマテウスたちが参加した今は九人だが、子供の数は彼らより少なく、四人しかいない。


「子供たちが寝静まってから調査に出向くつもりじゃ。その間あの子たちを守る者が必要じゃ」

「だからマテウスたちを呼びつけたのか」

「半ば強制的に拉致したんじゃがの」


 最も警戒しないといけない人物であるマテウスはマクスウェルの屋敷に住み込みだが、アーガスとバウマンの二人は日頃は衛兵に交じって警備の仕事についている。

 彼らの同僚たちも、この二人がマクスウェルの肝いりであることは知っているため、何かとマクスウェルに連れ出されても、文句は言わない。

 それでも本人たちは、多少は気にしているらしい。


「まあ、それはそれで、フォローしてやれよ。それより、その連中はどこに向かっていたんだ?」

「この位置よりさらに上……つまり――」

「コルキスの巣、か」


 今俺たちがいる場所は、かなり植生もまばらになっており、これより上となると、目立つものはほとんどなくなってしまう。

 植物がなくなれば、それを食う動物もいなくなり、その動物を狙うモンスターもいなくなる。

 高所に居座るモンスターとなれば、さらに数は限られてくる。

 そしてこの位置より上はファングウルフすらもいなくなる。存在するのはコルキスの巣だけ。


「調べておく必要があるな」

「じゃろう?」


 俺とマクスウェルは目を見合わせ、同時に溜息を吐くことになったのだ。

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