第275話 不審者の目的地

 皆が寝入った頃合いを見計らい、マクスウェルが大人たちに事情を話す。

 本来ならば夜警を立てて夜通し警戒せねばならないのだが、マクスウェルがフィニアと子供たちを強引に眠らせてしまったのだ……魔法で。


「へぇ、この上に妙な連中ねぇ?」

「もう引退したんで、面倒ごとは勘弁してもらいたいんですが?」

「せっかく堅気の仕事を手に入れたってのに……」


 好奇心を刺激されてノリノリのマテウスと、げんなりした表情のアーガスたちが対照的だ。

 だが今回、マテウスを連れて行くわけにはいかない。

 むしろ、マテウスまで抜けてしまうと、守りにつくメンツに不安が残る。


「マテウスはお留守番だからね? ミシェルちゃんたちに怪我一つでもさせたら、容赦しない」

「じゃあ、怪我しない範囲のイタズラで……?」

「やっぱこいつはこの場で殺そう」

「まあ、待たんか。マテウスも余計な茶々を入れるでない」


 マクスウェルが介入したことで、マテウスは茶々入れをやめる。彼の命はマクスウェルの気分次第なので、ことさら歯向かおうという気にもなるまい。

 戦闘態勢に入ろうとしていた俺も、いったん落ち着きを取り戻し、腰を据える。


「それで、俺たちの仕事は嬢ちゃんたちの子守りってわけね?」

「ワシが掛けた眠りスリープの魔法は効果が長めに設定してある。朝までぐっすりなだけに、代わりに見張りを立てる必要があってな」

「ニコル嬢ちゃんだけは別枠ってのかい?」

「相応の実力があることは身をもって知っておるじゃろ」

「……まあな」


 マテウスは渋い表情で、頷く。俺にしてやられたこと、そしてその後に続くライエルとの戦いを思い出したのかもしれない。


「英雄の娘を英雄に育てるための英才教育中ってわけかい?」

「そんなところじゃ。魔法は理論も大事じゃが実践も重要じゃてな。そういうわけで後学のためにニコルを連れていく」

「護衛は俺じゃダメなのか?」

「お主を? 背後から斬られるかもしれんのに?」

「そんな真似をすりゃ、俺の命がねぇよ」


 強制ギアスにより行動を縛られているマテウスは、首都から無断で出ることも、六英雄を害することも禁じられている。

 今回はマクスウェルが連れ出したことで、強制ギアスの発動は免れているに過ぎない。


「お主一人の命で残り二人は自由を得れるわけじゃ。警戒せん方がおかしいわい」

「人のために死ぬ気なんてねぇよ? ましてやこいつらのために……」

「そりゃヒデェっすよ、マテウスの旦那!」


 アーガスが異論を唱えていたが、マテウスはそれを黙殺していた。

 念のため監視用に使い魔を置いて、俺たちは山頂付近まで移動することになった。こんな時カッちゃんがいれば、多少は足しになるのだが……マリアが臨月のため、魔法が使えるカッちゃんの存在は貴重だ。コルティナ一人では心もとないので、看護のために置いてきていた。


 マクスウェルは出発前に、目印になる転移ポイントを屋内に刻んでいた。これはアストが使っていた転移魔法と同じものだ。さすが魔法の天才、早速自分の物にしている。

 それに万が一があった場合、この廃屋には転移を阻害する仕組みはないため、戻ってくるのは一瞬で済む。逃亡にも役立つだろう。


 俺は廃屋を出てから、マクスウェルとともに飛翔フライトの魔法で空に舞い上がった。

 歩かずに空を飛んだのは、俺が昼の行軍ですでに疲労が溜まっているからでもある。

 空を舞うことは障害物のないこの近辺では、先に発見される危険を伴うが、半日近い時間の後れを取っているだけに、先を急ぐ必要性があった。


 発見の危険を極小まで下げるため、高めに高度を取って地上を観察する。夜の山は灯り一つなく、真っ暗な岩場のみが広がっている。

 廃屋の内部でも焚火をおこしていたはずなのだが、上空から見る限りその灯りは漏れていない。屋根を塞いだクラウドはいい仕事をしていたようだ。


「クラウドは大工の方が向いてるんじゃないか?」


 きっちり隙間を塞いだクラウドに、俺はそう称賛の声を送った。

 地上は灯り一つない暗闇が広がっている。これなら上空から何かに襲われる危険は少ないだろう。

 だがそれは同時に奇妙なことでもある。マクスウェルはそれに気付いていた。


「待て、レイド。ワシらの熾した焚火が見えないのはともかく、先行する連中の物まで見えんのはおかしいじゃろう?」

「む……?」


 言われてみれば、この先には植物が少ない。俺たちが利用したような廃屋なども存在しない。

 それは連中にとって、上空からの監視に対し、火を隠す手段がないことを意味する。

 それなのに、上から見ても灯りが見当たらないというのは、おかしいことだ。


「俺たちの知らない廃屋があるとか?」

「もしくは土壁アースウォールを使用して、光を防いでおるのか……それとも……」

「……コルキスの巣に入り込んでいるか、だな」


 邪竜の巣は俺たちが総浚そうざらいに漁りつくしている。あそこには竜の鱗一枚残っていないはずだ。

 竜族は光モノを集める性質もあるため、そこには数々の財宝も存在したが、それは三か国連合に還元してある。

 つまりあの巣には、現状目ぼしいものは残っていないはず。


「何も残っていないはずだが……なにかあるのかもしれないな」

「跳んでみるかの?」


 あの戦場にはもちろんマクスウェルもいた。転移テレポートで一息に巣に飛び込むこともできる。

 だが俺はマクスウェルの提案に、首を振って返した。


「いや、相手が敵意を持っている可能性もある。っていうか、こんな場所に忍び込む連中ならその可能性の方が高い。もし巣に入り込んでいるのなら、連中の目の前に飛び出す可能性もあるし、そうやって出てきた俺たちに敵意を持つ可能性も大きい。できるなら危険は避けておきたい」

「そうじゃの。では少しばかり視界を飛ばしてみるか」

「視界を飛ばす?」

「感知系魔法の一種でな。使い魔とは別に視界だけを飛ばして覗き見ることができる。問題はその間、ワシの視力が失われることじゃが」

「飛びながらでも使えるなら、ぜひやってみてくれ」


 なんとも便利な爺さんである。これだから、つい頼りにしてしまうのだ。

 俺の要請に応え、マクスウェルは魔法陣を展開してその魔法を使用した。


「朱の五、山吹の六、翡翠の六――魔視マギサイト


 呪文を聞く限り、結構難易度の高い術のようだ。中級と上級の合間くらいだろうか?

 詠唱を終えたマクスウェルの手元に、黒い球体が浮かび上がった。それはやがて手元を離れ俺の周囲を飛び回り――俺の足元に移動して、スカートの中を覗こうとする。

 俺はとっさに裾を押さえてマクスウェルの後頭部を叩く。


「やめんか、この色ボケ爺ぃ!」

「ちょっとしたお茶目じゃというのに……」

「いいからさっさと偵察逝ってこい」

「なんか言葉に殺意が混じっておらんか?」

「さっさと行け」


 マクスウェルは肩をすくめ、邪竜の巣に向かって黒球マギサイトを飛ばした。

 黒球は夜闇に紛れ、あっという間に視認できなくなる。この闇の中なら、俺以上に索敵に向いているだろう。


「うむ?」


 しばらくしてマクスウェルは小さく声を漏らした。

 その声に俺が反応を返す。


「何か見つかったか?」

「コルキスの巣の前に男が一人。どうやら連中、中に入り込んでおるようじゃな」

「今さらあんな場所に何が……と思わんでもないが、それも予想通りか。とにかく調べに行くしかないな」

「その様じゃな」


 マクスウェルは一旦術を解除し、視界を取り戻した。

 そして俺たちは因縁の地に向かって、飛翔したのである。

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