第276話 洞窟侵入

 マクスウェルの転移魔法で、邪竜の巣の近くまでやってきた。

 そこからは俺が隠密ギフトを使用し、巣穴の手前まで来て……見張りに立つ一人の男を発見した。

 マントについているフードを深々とかぶり、人気のない場所だというのに、あからさまに顔を隠した仕草が、ことさら不審さを演出している。

 俺たちはそいつから距離を取って、身を潜めていた。


「いた。どうする? どう見ても不審人物なんだが……」

「じゃからと言って無視するわけにもいかんじゃろう? 何せ場所が場所じゃ」


 邪竜の巣、それだけで俺たちにとっても特別な意味を持つ。

 それは邪竜を退治した後でも同じだ。例え今は何もない場所だったとしても、気になって仕方ない。


「だからってどうやって聞き出す? 正面から『なにしてるんですかぁ?』なんて聞いてくるわけにもいくまい」

「ああやって顔を隠してこんな場所におる以上、それだけで不審人物確定なんじゃがな。疑惑だけで処断するわけにもいくまい」

「どうにかして監視をすり抜けて、中で何をしてるか直接見てくる方が早いか」


 俺の隠密能力なら、一人の監視の目をかいくぐって洞窟内に侵入することは容易いだろう。

 だがマクスウェルには無理だ。俺のギフトは他人にまで影響を分け与えることはできない。


「ならば、姿隠しコンシールを使うから、しばし待っておれ」


 いうが早いかマクスウェルは呪文詠唱に入り、その姿が描き消えていく。

 見張りからは充分に距離を取っていたので、その詠唱を聞き咎められることはなかったはずだ。

 現に今も、見張りはまるで、影のように立ち尽くしたままだった。


「よし、それならたぶん大丈夫だ」

「じゃろ?」


 どこか自慢げなマクスウェルの声が聞こえてくる。

 俺は壁面の岩陰を伝うように移動し、入り口に近付いていく。足音を忍ばせ、気配を消し、死角に滑り込むように移動していった。


「マクスウェル、ついてきてるか?」


 俺は気付かれないように、ほとんど草木のさざめきに紛れるほど小さく尋ねかける。

 現在のマクスウェルは姿を消している。俺もその姿は視認できない。ちゃんとついてきているかどうか、こうして聞くしか確認できないのだ。

 それにこれ以上近付いた場合、こうやって尋ねることだってできなくなる。


「大丈夫じゃ。急がなければついていける。お主と違って足音だけ気を付ければよいからの」

「なら、今後は定期的に肩か背中をつついてくれ。それでお前の存在を確認できる」

「了解じゃ」


 背後から声だけが聞こえてきた。マクスウェルの同意を得て俺は限界まで見張りに近付いていく。

 これが問答無用に悪人な連中なら、速攻で息の根を止めて押し入るところなのだが、ここが邪竜の巣であることを除けば、現状奴らは山を登って、洞窟に入り込んでいるだけだ。強襲する理由には少しばかり足りない。


 無表情に立ち尽くす男は微動だにせず見張りを続けている。俺はどうにも、忍び込む切っ掛けが掴めないでいた。

 まるで人形のように周囲を監視しており、怠ける様子が全く見えない。

 どうしたものかと思案していると、不意に俺の反対側でがさりと音が鳴った。

 まるでそこに石か何かが落ちたかのような物音。見張りの男はそれに気を取られ、視線を向ける。


 訝しむ男の視線の先で、一羽のハトが草影から顔をのぞかせた。

 それは一瞬だけで、すぐさま驚いたように草陰の中へと姿を消した。


 それはおそらくマクスウェルが使い魔に仕掛けさせたのだろう。なんにせよ、俺にとっては忍び込むチャンスに間違いない。

 男の視線が元に戻るまでのわずかな隙に、洞窟の入り口に忍び込んだ。

 俺はマクスウェルのように姿を消していないが、それでも視界に入りさえしなければ気付かれない自信はある。


 滑るような歩法で入り口に飛び込んでいく。俺が通り過ぎた直後、男は再び視線を元に戻した。

 マクスウェルはついてきているのかわからない。しかししばらくして肩を叩く感触がした。

 どうやら、しっかりついてきているようだ。


 俺は合図を受け、無言で頷き、さらに奥へと進む。

 洞窟内は暗く、足元すら覚束ない。しかしここで灯を用意すると、見張りや先行している連中に発見される可能性がある。

 慎重に足を進めようとした俺の背後で、再びマクスウェルの声がした。


「待て、このままではお主はきつかろう。暗視ナイトサイトの魔法をかけてやろう」


 小さく、だがはっきりとそう聞こえた。

 直後聞き取れないほど小声の詠唱の後、魔法は発動していた。

 同時にマクスウェルの姿が現れる。魔法を使うという能動的な行動を行ったせいで、姿隠しコンシールが解除されてしまったのだ。

 しかし入り口からはある程度離れた場所のため、見張りに身咎められることはなかった。


「お、見える」

「それは重畳。ではワシはまた姿を消すでな」

「おう、頼む」


 入口に見張りが一人。マクスウェルが見かけたのは、大人三人に子供五人。

 つまりこの奥には大人二人と子供五人がいる計算になる。


 俺たちは足音を潜ませ、奥へと進む。

 この洞窟は邪竜が出入りしていただけあって、縦横三十メートルはある巨大な洞窟だ。

 そして相応に奥行きもある。

  

 やがて俺たちは誰ともすれ違うことなく邪竜の巣へと到達する。

 そこはそれまでの暗闇とは違い、たいまつや光明ライトの魔法で煌々と照らし出されていた。


「なっ!?」


 そこに現れた光景を目にして、俺は思わず声を漏らす。背後ではマクスウェルも息を飲む気配が伝わってきた。

 広場の中央で魔法陣が描かれ、その周囲に沿うように子供たちが配置されている。

 陣の中央には男が一人。彼は一心不乱に呪文を唱えていた。

 もう一人の男は、魔法陣の外で待機している。


 どうやら彼らは、何かの儀式魔術を行っていたようだ。

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