第277話 魔神召喚
呪文を唱えていた男は、俺の漏らした声に反応し、こちらに視線を向けてきた。
子供たちの方は何の反応も示さない。もう一人の男も同じだ。
「何者だ!」
「そっちこそ、こんな場所で何してる」
甲高い、神経質そうな
状況はよくわからないが、何かの儀式だとすれば、子供たちの命が危ない可能性がある。
幸いマクスウェルは姿を消したままなので、時間を稼げば事態が好転するかもしれない。
すると小声でマクスウェルが俺に助言を与えてくれた。
「レイド、どうやら子供たちは薬を盛られておるようじゃ」
「なに盛られているか、わかるか?」
「リビングドールか、その辺りじゃな」
リビングドールという薬は俺も聞いた覚えがある。
この薬を服用すると、自我が限りなく薄くなり、自発的な行動がとれなくなる一種の麻薬だ。
無論、悪用される危険性もあるため……というかそういう目的にしか使えないため、大陸全土でご禁制となっている。
それを子供に使って、こんな人目につかない場所で儀式を行っているだけで、有罪確定だ。
「解毒できるか?」
「
「たのむ。連中は俺が引き付ける」
「無茶はするなよ」
俺も小声で返し、マクスウェルがそう答えた後、気配は遠ざかっていった。
その間も男はヒステリックに怒鳴り散らしている。俺とマクスウェルの会話に気付いた風はない。
「ええい、外の見張りは何をやっていた! せっかく苦労して生贄を用意できたというのに、これでは召喚が台無しではないか」
「へぇ、何を召喚するつもり?」
「そんなもの、お前に答える義理はない!」
「じゃあ、なぜこんな場所を選んだのかだけでも」
「うるさい! いや、お前も子供か。なら生贄が増えたと考えれば……」
あ、そういえば俺も子供だったか。マクスウェルと行動していたものだから、前世のような気分になっていた。
ということは、俺も生贄の候補になりうるわけだ。大人しくなるつもりなんて、さらさらないが。
子供が迷い込んだとでも思って、甘く見ているのだろう。
「わたし……俺を甘く見てると、痛い目を見るぜ?」
マクスウェルが子供たちを助け出すまで、できるだけ時間を稼ぎたい。そんな思いもあり、俺は敢えて表面を取り繕うのをやめて、男口調で話しかけた。
突然男口調で話し出した俺に、男は目を丸くした。
「その口汚さ……貴様、まさかすでに男を咥えこんでいるのか!」
「誰がだ!?」
いや、生贄には純潔な方が有効だというのは、昔からの定石でもある。
だから男がそこに固執したのも、わからないではない。
しかし、俺が男とそういう行為に及んでいる光景を想像するだけで、鳥肌が立つ。
できるならば、いや、例え不毛だと言われても女がいい。
「いや、そういうわけじゃなく。無論経験とかないけど」
「ならば生贄に最適だな」
「そうだな……じゃなくて! ほら、冥途の土産とかそういうのあるじゃない? なぜここを選んでいるのかとか、教えてよ」
「む……そうだな。ここは邪竜コルキス終焉の地。言うなれば膨大な生命と魂が霧散した場所でもある。この地に宿る怨念の濃さを利用し、異界の門を開く。つまりより容易く、強大な魔神を呼び出すことができるのだ」
俺に聞かれたことでどこか自慢気に男が語り始める。実はこいつはチョロいんじゃないか?
そう思いつつ、俺の意識はもう一人の男へと向かう。こちらはいまだ微動だにしていない。
まるでリビングドールを盛られたかのような有様だ。無論、頭からフードをすっぽりとかぶった状態では表情すら窺い知ることはできない。
いや、体型すら外からは判別がつかない。ひょっとすると男と違い乱入者に怯えている可能性だってある。
だからと言って警戒を解くわけにはいかない。口が軽くヒステリックな男と違い、こういう男の方が警戒が必要だと、俺は経験上知っている。
語り続ける男はさらにエキサイトし、両手を振り上げて大仰なポーズを取る。
その拍子にフードが外れ、顔が現れた。
「半魔人?」
フードの下から現れたのは、神経質そうな青白い顔をした男。
それだけならば、何の変哲もないと言えたのだが、その額には小さな角が存在していた。
驚愕した俺の反応を男は嫌悪と取り、さらに感情を爆発させた。
「貴様もか! 貴様も半魔人を差別するのか! 我らが一体何をしたという!」
「今まさに子供を生贄にしようとしてる」
「いや、それは結果から導き出された手段に過ぎない。我らは不当に差別されてきたからこそ、こうやって世界の破壊と再生を求めるのだ!」
「いや、無駄に壮大になったな」
「あの六英雄ですら半魔人はいたというのに、我らの扱いはいまだ改善する見通しすら立たぬ。こうなったら世論を力によって粛清し、改変するのだ」
「ああ、お前がイッちゃってることはよくわかった」
つまりこいつは、生前のあの孤児院の神父と同類ってわけだ。
いや、だがこいつ一人で子供五人を集めることなんてできるのか? 俺には到底できるようには見えない。
「なあ、その子供、どうやって集めた?」
「喜捨である!」
「だれから?」
「それは……ひみつ」
「うわぁ、イラっと来た」
しかし、ラウムでも奴隷商が暗躍していたくらいだ。
治安がまだ不安定な北部三か国連合で、しかも無法地帯と言っていいサイオン連峰近辺では、簡単に手に入るのかもしれない。
とにかく会話で注意を引いている間に、男の死角にいる子供のそばまでマクスウェルが辿り着いたようだ。
気配の位置だけで、俺はそれを悟った。
「まー、いいや。でも子供を生贄にして魔神を呼び出したとして、でも被害は限定的にしかならないでしょ?」
「雑魚ならばそうであろう。だが呼び出されるのが邪竜コルキスに匹敵するとしたら?」
「なんだと……」
「この場所は古来より召喚に向いた場所だと伝えられている。コルキスですら、召喚によって現れたと言われている」
「なっ――」
俺は男の言葉に思わず息を飲んだ。だが、確かに思い当たる節はある。
邪竜コルキスはそれほど唐突に、いきなり北限から唐突に現れたのだ。
あれほどのドラゴンが成長するまで、どこかに大人しく隠れ住んでいたなどとは考えられない。
ならばコルキスは、どこかからやってきたと考えるのがしっくりくる。
「あいにく召喚魔法で呼び出される存在の規模は、術者には予想できぬ。しかし何度も繰り返せば、いずれは邪竜のような災厄を呼び出すことができるであろう。なればこそ、今ここで邪魔だてされるわけにはいかん!」
男はそう言うと、もう一人の男に向かって腕を振りかざす。
「行け、クシェルカーン。その小娘を捕らえ、新たな生贄とするのだ!」
男の命令に従い、もう一人の男が動き出す。
マントの下からむくむくと腕が持ち上がる――その数、八本。
「え?」
もう一人のマントの男。その下から現れたのは、陸生のタコとも見える異形の魔神だったのだ。
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