第278話 魔神との戦い
マントの下から現れた姿。それは人間の上半身がタコにすげ変わったような異形の姿。
明らかに人でなく、この世界のどこを探しても、こんなモンスターは見たことがない。
俺はあまり頭のいい方ではなかったが……それでも、この敵が異質過ぎることくらいは理解できる。
ヒステリックに叫ぶ男の命令を受け、こちらに向け一歩踏み出す異形。
まだ距離は十メートルはあるというのに、そこで足を止め――
「うぉっ!?」
触手を伸ばし、俺を突き刺すように攻撃してきた。
タコのように柔らかい触手かと思いきや、その先端は鈎爪が備わっており、剣呑な輝きを放っているのが見て取れる。
とっさに体をよじって回避したが、俺の纏っていたマントが引っかけられ、そのまま引き寄せられそうになった。慌ててマントの留め具を外し、難を逃れる。
だが異形の攻撃はそれだけに留まらなかった。
矢継ぎ早に触手部分を突き出してくる。その全ての先端に、やはり鈎爪が備わっていた。
先に引き寄せられたマントは邪魔とばかりに引きちぎられ、ボロ布と化して床に散らばっている。
頑丈な旅装用のマントを紙きれのように引きちぎる膂力が、あの触手にはあるということだ。そして鈎爪には鋭さも兼ね備えている。
「最近、変態的な敵が多いな!」
浮きワカメと言い、この異形と言い、触手系の敵が多すぎる。思わず俺が愚痴を漏らしてしまったのも、無理はない話だろう。
八本の触手による刺突攻撃を、左右に身を振って躱しながら、俺は子供たちの方に向けて視線を飛ばす。
マクスウェルは男の背後に回り込み、一人の子供を救い出したところだった。
「むぅ。貴様、どこから現れた! いや、その姿……まさかマクスウェルか!?」
「一緒に入ってきたんじゃがの。お主目が悪いんじゃないかな?
「おのれ、早くも我らの動きを察知するとは……その鼻の良さだけはさすがと誉めてやろう!」
揶揄しつつも杖を構え迎撃の準備を整える男。対するマクスウェルは、子供に向けて解毒の魔法を使用し終えていた。
子供は解毒の魔法に反応するように、ピクリと身体を震わせると、そのままくたりと意識を失って倒れ込んでしまった。
「これは……かなり無茶をさせたようじゃな。なんと非道な」
「生贄になれば、しょせん生き延びられぬ身よ。ならば無理な登山を強行させても、問題はあるまい」
「大有りじゃよ」
子供を担ぎ上げると、次の子供に向かって走るマクスウェル。しかし魔法陣の中の男も、そうはさせじと魔法を放って牽制していた。
「行かせはせんよ! 朱の八、群青の一、翡翠の九――
「なんの、朱の三、群青の一、山吹の一――
男が放ったのは上級に属する火炎系攻撃魔法。射程は二十メートルほどあり、威力は人一人くらいならば消し炭にできるほどの火力がある。
しかしそれをマクスウェルは、魔法で壁を作って防ぐ。
軽い口調と狂気に満ちた話し振りから、大した男ではないと思っていたが、どうやら魔術の腕は一流らしい。
子供を抱えたままのマクスウェルは、実に戦いにくそうにしている。
しかし俺もそれをのんびりと見物しているわけにはいかない。
こちらもタコもどきとの戦闘中で、そう簡単に目を離せる状況ではないのだ。
ひっきりなしに飛んでくる触手の槍を躱し、俺は懐に潜り込もうと機を探る。
だがその俺に向けてマクスウェルは警告を放った。
「ニコル、奴は周囲の魔力を食らう。近付くでないぞ!」
「ハァ!?」
「この男が魔法陣の中に奴を入れなかったのは、そういう能力があるからじゃ」
「こいつの正体知ってるなら詳しく教えてくれよ!」
「魔神クシェルカーン……肉と魔力を貪欲に食らう魔神。異界の尖兵と呼ばれておる」
敵の魔法を器用に避けながら、俺に魔神の詳細を伝えてくれるマクスウェル。
その間、解毒の手が止まってしまうのだが、これはしかたない。敵を知らずに戦う危険を、俺は学院でも学んでいる。
魔力を吸うというのは、俺個人にとって最悪に近い相性を意味する。
なぜなら、俺は身体能力の大半を
無論糸による補助も可能だが、それを行った場合、攻撃の手が減ることを意味する。
確かに、生前に戦った双剣の魔神に比べると、その攻撃は格段に落ちる。
だがそれを補うべく、桁外れの手数を放ってくる。
確かに尖兵と呼ぶのは、妥当なのかもしれない。こいつは少数で多数を攻撃することに長けている。
近付けば魔力を食われ、
離れていては、圧倒的手数で押し込まれる。
かと言って撤退という選択肢は、この状況で選びにくい。
ここで逃げ出してしまえば、間違いなくこの子供たちが生贄にされ、新たな魔神が呼び出されてしまうからだ。
そもそもここで子供たちを見捨てる選択肢は、英雄を目指す俺には存在しない。
マクスウェルの方は、子供を救い出すのを後回しにして男を牽制する動きを取り始めていた。
残る四人の子供を助ける手間より、召喚主たる男を無力化した方が手っ取り早いという判断だろう。
どうやら俺への救援が必要と判断し、方針を転換したらしい。
「なら、マクスウェルがこっちに来るまで、お付き合いいただくとしましょうかね!」
俺は雨のように降り注ぐ触手の攻撃を避けながら、不敵に笑って見せたのだった。
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