第225話 引っ越し先
広場の真ん中に直径三メートルほどのうっすらと魔法陣が描かれている。
その周辺だけゴミが除けられ、小綺麗に掃除されていた。床の土が剥き出しになっており、そこに特殊な塗料で魔法陣が描かれていた。
マクスウェルはツカツカとその魔法陣に歩み寄り、手を当てる。
「危ないところだったの。だいぶ風化しておるから、もう少ししたら判別が付かなくなるところじゃったわい」
「どうだ、行き先はわかりそうか?」
「うむ。これが方角で……こっちは範囲か? ならば……ここから南東で……距離が……」
マクスウェルは魔法陣を解読し始める。その間、俺は入り口付近に立ち、周囲を警戒しておいた。
こういう証拠を残しているのなら、見張りを残しておいてもおかしくはないからだ。
そしてしばらくしてマクスウェルは顔を上げ、こちらに解析結果を告げてきた。
「どうやらクレインはコームかリリスに向かったようじゃの」
「マテウスの本拠地か。どっちかはわからないのか?」
「すでに詳細な座標指定は消えておるからの。方角と距離から、大雑把にしか測定できんかった」
「魔力は? お前ならともかく、クレインが雇った魔術師なら一人か二人。魔法陣のサイズからも転移距離が測れるんじゃないのか?」
「それがのぅ……ここは上手いこと地脈の真上に存在しておるんじゃよ。だから魔力から転移距離を測定する事はできん。というか、だからこそここを強引に奪ったんじゃろうな。地脈から魔力を引き出し放題じゃ」
地脈というのは、魔力の湧出点みたいな場所のことだ。世界には、そのような特異なパワースポットがまれに存在するという。
一部では、大陸全体に広がった世界樹の根が、その場所で創世の力を漏らしているとも言われているが、真相は定かではない。
「そうなのか?」
「おそらくデンがオーガにしては珍しく機知に富んでおるのも、地脈からの魔力を受けて異常進化した結果じゃろう」
「へぇ……」
マクスウェルの指摘通り、俺ですら今まで会話できるオーガというのは初めて見た。
温和で臆病、だがオーガにしては高い知力を持つデンは、異常な進化をしているという主張は正しいのだろう。
「この地脈を利用するために先住者であるデンを強引に追い払い、転移の魔法に利用したんじゃろうな。残された陣の情報から、転移方向にある街はコームかリリスしかない。これは間違いない」
「この大陸のどこに逃げられたかわからないよりは、的を絞れたってわけだ。後はどっちが怪しいかだが――」
「そればかりは現地に行って調べるしか無かろうよ。しかしここは……悪用されんように封鎖した方が良いかも知れぬのぅ」
地脈から魔力を際限なく汲み出せるというのは、いろんな方法で悪用する事ができる。
特にラウムにとっては、大規模な軍を容赦なく転移できるようになるので、他の国からの視線も厳しくなるかもしれない。
山蛇事件の時も、この場所のことが知れていれば、即座に軍を派遣する事ができたはずだ。それは同時に、他国にも軍を送り込めるということにもつながる。
ここを封鎖し、『なかったこと』にしたがっているマクスウェルの気持ちもわかる。
ケビン領に送るだけならともかく、他国へも兵力を飛ばせてしまう特異点というのは、むしろ厄介者と言っていい。
「その……おで、ここ、すめない、こまる」
「デン、どのみちこの場所を悪人に知られているのだから、またここに住むのは危険だぞ」
「なら、どご、いげば、いい?」
「そうだな――」
ここはクレインやマテウスが知っている場所だ。ここにデンを置いておけば、次こそ討伐されてしまうかもしれない。
だからといって、無責任に放り出すというのも、可哀想だ。
しかしオーガを受け入れてくれるような、そんな安全地帯というのも……
「あ、あった」
一か所だけ、心当たりがあった。
俺の言葉に、マクスウェルは首を傾げる。奴はまだ思いついていないのだろう。
「ほら、アストの住んでいる山だよ。あいつならオーガなんて、そこらの羽虫程度にしか思わないだろうし、あの山は人も寄り付かないから安全だ」
「そりゃ、確かにそうじゃろうが……すでにヒュージクロウラーが住み着いておるのじゃぞ、あの山」
「ならオーガの一匹くらい増えても全然問題ないよな?」
「そういうもんかのぅ?」
何だったら俺の隠れ家に住み着かせ、お宝の門番に据えてしまってもいい。
見張り役がいれば、アストと言えど迂闊に近付けないはずだ。
もちろん、デンではアストに勝てないだろうが、見られているとわかれば、問題行動は慎むようになるはず。
「まあ、あそこなら確かに問題はないじゃろうが、アスト殿に許可は取っておく必要があるのぅ」
「それくらい、お前ならすぐだろう。ここから転移して一瞬じゃないか」
マクスウェルならば、アストの洞窟の前まで
ここが地脈の上ならば、マクスウェルの負担も軽減されるだろう。
「ああ、もう。老骨を扱き使ってくれるのぅ。まあいい、行ってくるから少し待っておれ」
気怠そうにそう答えると、ヒョイヒョイと慣れた仕草で宙に魔法陣を描き出す。
そして呪文を唱え瞬く間に姿を消した。この間、およそ十秒。
今では多少慣れたとはいえ、マリアならば一分以上の時間がかかる魔法なのに、その速さときたら――感嘆の極みである。
マクスウェルが戻ってくるまでの間、俺はデンと引っ越し先について話をする。
「よかったな。この上なく安全な場所が見つかったぞ」
「そう、なのが? おで、もう怯えなくて、いい?」
「別の存在に怯えることになるかもしれないけどなぁ……」
世界樹迷宮の中層に住まうヒュージクロウラーが近くにいるのだ。
しかもそのモンスターを一撃でぶちのめすツワモノも一緒である。あの山において、デンというオーガは、明らかに下っ端だ。
自分を一瞬で蹂躙できる連中と暮らすのだから、気苦労は増えるかもしれない。
「まあ、話の通じないような奴じゃないし、心配はいらんだろう。そもそも追い払うつもりだったら、マクスウェルに許可なんか出さないだろうし」
「そか! おで、新しいすみか、うれしい」
凶悪なオーガの顔をクシャリと歪ませ、喜びを表現している。
悪いがデン……その顔はちょっと怖い。まるで獲物を目の前にしたモンスターのようだ。紛う事なきモンスターだけど。
それからほどなくして、マクスウェルは戻ってきた。
「待たせたの。アスト殿は快く許可を出してくれたぞぃ」
「なら、俺の隠れ家に連れてってくれ。そこにデンを住まわせよう」
「お主の隠れ家に? 確かにあそこならば屋根もあるから風雨はしのげるだろうが……よいのか?」
「かまわんさ。いっそ俺の財産の管理人になってもらおう」
「そういう意図か。わかったわぃ」
こうしてマレバの近くにある山に、奇妙なオーガが住み着くことになった。
まあ、人を襲うような奴でもないから、問題は起きないだろう。
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