第224話 オーガの住処
満月が照らし出す明るい月夜。
その夜空に俺とマクスウェル、そしてオーガのデンが舞い上がった。
夜空を舞う銀髪の少女と魔術師風の老人といえば見栄えは良いが、どうしてもデンの姿が浮き過ぎてしまう。
「なんか、こう……お伽噺みたいになってねぇか?」
「
「それくらいは知ってるけど、なんかなぁ……まあいいか。デン、先を案内してくれ」
「わがっだ。おで、あんない、する」
空を飛ぶ事に慣れていないデンが、まるで歩くように足を踏み出すとゆっくりと宙を動き出した。
次第に飛ぶことに慣れてきたのか、その速度を上げていく。
俺とマクスウェルは、何度も飛ぶ経験をしているので、そのような動作をせずとも空を駆けることができる。
まだ夜も更け始めたばかりだし、時間自体はまだまだある。
むしろ、デンが地面方向に飛翔して墜落しないかとか、地上から空飛ぶオーガを発見されないかの方に気を向ける必要があった。
首都から北上すること、十数分。そこで俺は、ふと気づいてはならない事に気付いてしまった。
そしてそれをマクスウェルに確認せずにはいられない。
「なぁ、マクスウェル……」
「なんじゃ? デンを見失うなよ?」
「そこは抜かりないから心配するな。それよりこの魔法、マレバの時に使えばよかったんじゃないか?」
あの時俺は、街を出るまでにへたり込み、街を出てからもマクスウェルの肩に乗せられて運ばれるという醜態を晒してしまった。
もしあの時、この魔法を使ってもらえていれば、そんな姿をさらさずに済んだはずである。
「マレバは周囲が草原で見晴らしが良いじゃろ。ウッカリ空を飛んでいる所を見られたらどうするんじゃ」
「それもそうか……いやでも、それは今だって同じなんじゃないのか?」
「ラウムは周辺の森が濃い。首都の直上ならばともかく、角度のついた斜め方向の上空は見通しが悪いのじゃ」
「そういうもんか?」
「だからこの近辺ならば、飛んでも問題ないと判断した」
「そっか。大丈夫ならいいんだ」
なんとなく釈然としない思いも持ちつつ、その後もデンの後を追う。
時間にして一時間ほど飛翔した頃だろうか。唐突にデンが動きを止めた。
「ついだ、ここ」
言葉足らずにそう告げて、森の一角を指さしている。
そこは巨大な岩が森の中から突き出している、奇妙な場所だった。
「ほう?」
「あの岩。下、あいてる。おで、そこ、すんでる」
「あいて? ああ、岩の下が空洞になってるんだな」
デンの言葉は単語のバリエーションが少ないため、把握するのに少し時間を要する場合がある。
だが慣れてくるとそれほどおかしくも感じなくなるから不思議なものだ。
「なるほど、なるほど。そういうことか……」
デンの言葉を受けて、マクスウェルが奇妙に納得したような言葉を漏らしている。
確かに目立つ岩ではあるが、何か妙なところでもあるのだろうか?
「行くぞ、レイド。これは少し興味がわいてきた」
「少しどころでなく興味を持って欲しいところなんだがな。この先はクレインの手掛かりがあるかもしれないんだから」
「それもあるな。いや、むしろだからこそか……」
「よくわかんねーんだが?」
「まだ確信があるわけではないのでな。詳しくは現地に行ってからじゃ」
俺にそう言い置くと、マクスウェルが一直線に岩場に向かって降下していく。
デンも、おっかなびっくりという風情で後を追う。それを見て俺は慌てた声を上げる。
「おい、斥候よりも先に行くな! 伏兵がいたらどうするんだ、まったく……」
マクスウェルの後を追い、俺も岩場に舞い降りていった。
岩場の北側、日当たりが悪く、苔の生い茂った場所に、デンの住処への入り口はあった。
茶と緑が入り混じったそこは、遠目には内部への入り口があるようには見えない。
わずかに踏み固められた痕跡がなければ、俺だって見落としていたかもしれなかった。
「こりゃ、よくできてる。天然の偽装だな」
「ごっち。中、あんないする」
「ああ、人の気配もないようだし、問題ないだろう。マクスウェル、明かりを頼む」
「ふむ、朱の一、山吹の五、翡翠の一――
俺は短剣を引き抜きながら、マクスウェルに要請を出した。そしてマクスウェルの呪文に応じて小さな明かりが生み出される。
朱の一ということは最小限の光量、山吹の五ということは五時間持つ明かりだ。翡翠は距離を指定する呪文なので、これは近くにいる俺の短剣までの距離を示している。
俺の短剣に魔法の光が宿り、
デンの住処への洞窟は結構長く、ちょうど巨大な岩の中央辺りまで伸びていた。
そこはやや広く開いた空間になっており、そこかしこに動物の骨や皮が捨てられている。他にも果物の芯などもあった。デンの食べ残しだろう。
腐った皮や骨から不快な臭気が湧き出し、その空間を満たしている。
「うぇ……デン、風通しが悪いんだから、ゴミくらい処分しとけよ。病気になるぞ」
「大丈夫だた。おで、からだ、丈夫」
「そりゃ羨ましいこって」
こんな場所に住んでいたら、俺だったら三日も持たず病気になる自信がある。
そんなゴミのあふれた広場の真ん中に、巨大な魔法陣が残されていたのだった。
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