第223話 トラップ
オーガは街中に入れない。ならばマクスウェルに話を聞かせるには、彼を街から連れ出す必要がある。
まさかこっそり森まで足を延ばし、新兵器の実験をしていたなどとコルティナたちに伝えるわけには行かない以上、話を持って行く先はマクスウェルだけに限られてくる。
俺はマクスウェルの屋敷の前まで駆け戻り、大きく息を吐いた。
ここから先はマクスウェル謹製の防犯魔法がてんこ盛りになっているからだ。そして今、マクスウェルの屋敷には、ガドルスが宿泊している。
ガドルスに知られる事なくマクスウェルに話を持って行くには、屋敷に忍び込む必要がある。
明日の朝に出直せばその必要はないのだが、それだとオーガが街のそばで夜を明かすという事態になってしまう。
もし俺以外の冒険者に見つかったら、問答無用で討伐されかねない。
話してみたところ、オーガとは思えないくらい気のいい奴だったので、殺されるのを見るのはさすがに忍びない。
「幸い、以前防犯魔法の実験に付き合った記憶があるから、どうにか潜り込む事はできそうだが――」
小さく呟き、一歩踏み出す。
その瞬間、俺の意識は暗転した。
「夜中に何をしに来たんじゃ、お主は?」
「お前を呼びに来たんだよ!」
俺は落とし穴の底からマクスウェルに怒鳴り返す。もちろんガドルスを起こさないように、小声で。いや、これは怒鳴ると言えるのだろうか?
ともかく俺は最初の一歩でマクスウェルの仕掛けた原始的なトラップに引っかかった。しかも穴の底には侵入者が逃げられないように捕縛用の
つまり、今の俺はネチョネチョのネバネバでドロドロである。
「せっかく情報を持ってきたのに、この仕打ちかよ。早く引き上げてくれ」
「うむ、ちょっと待て。まずは転写機で撮影してからだな」
「なぜ撮影する!?」
転写機とは、風景を紙や羊皮紙媒体に転写する魔道具のことだ。
なんでも数百年前に魔道具開発の一人者である破戒神が生み出したものらしい。つまり……あの白いのである。ろくなことをしやしねぇ。
「いや、コルティナに売りつけたら高く買ってくれそうな気がしたのでな。フィニア嬢でも買ってくれそうじゃが」
「ヤメロ。彼女たちを
俺の癒しであるフィニアとミシェルちゃんだけは、こいつの嗜好から守らねばならない。
そんなやり取りをしつつ、俺はマクスウェルに救出され、地上へと舞い戻ったのであった。なお撮影はしっかりされていた模様。
「で、こんな夜中に何の用じゃ?」
「ああ、ひょっとしたらクレインの行方に繋がるかもしれない情報を持ってきた。持ってきたから屋敷に入れてくれ。ついでに風呂も貸してくれ」
「いやじゃ。そんなドロドロを屋敷に上げたら汚れるじゃろう」
「テメェ……」
「後で魔法で洗ってやるから先に情報とやらを話すがよい」
「乾燥したら、カピカピになるだろうがよ……しかもこれ、下手に鼻とか口を塞がれたら、死ぬぞ?」
「罠じゃからなぁ。そういうこともあるじゃろうて」
俺の怒りを飄々と受け流すマクスウェルだが、確かに奴のいう事も一理ある。
気のいいオーガだったが、頭はそれほど良くなさそうだった。大人しく隠れてくれていればいいが、うっかり出歩いてあっさり別の冒険者に見つからないとも限らない。
俺は手短に先ほどの話をマクスウェルに伝え、一刻も早く連れ出したい旨を告げた。
「ほう、穏健なオーガとな?」
「そこじゃねぇよ!」
「わかっておる。まったく、お主は少しコルティナに毒されてきておらんか?」
「お前が暢気過ぎんだよ」
「確かに街中に連れ込むわけには行かんし、隠れておれと言っても、大人しくしてくれるとも限らんな。早めに行動を起こした方がよかろう」
ラウムは首都だけあって人の往来が激しい。
街門は夜間閉じられているが、その時間帯に辿り着いた旅人などが門の外で夜営すると言う光景も、頻繁に見受けられる。
そういった連中に見つかる可能性も、皆無ではない。
「ああ、少しばかり頭は弱そうだったから、心配でな」
「オーガじゃからな。むしろ会話が成立する段階で、ずば抜けた知能を持っておるとも言える。実に興味深い」
「そいつの情報が確かだったら、逃がしてやりたいとも思っているんだが?」
「そうじゃな、モンスターと言えど悪ばかりとは限らん。お主が飼っておるカーバンクルなど好例じゃ」
「それを聞いて安心したよ」
気のいいモンスターの存在。それはごく少数ではあるが報告されている事例である。
これに対してどう対応するかは、その場の冒険者の判断に任せられている。
モンスターだから討伐しておかねばならないと主張する者もいれば、悪意無き者に剣を向けるべきではないと主張する者もいる。
これに関しては、どちらも正しいと言えるため、冒険者ギルドもこれと言った指針は正式に発表していない。
俺たちもオーガ程度ならば問題ないと考えているため、今回は逃がす事に賛同している。これがドラゴンとかだったら少し話は変わった可能性もある。
「とにかく、街を出るまで先導するからついて来てくれ」
「その前に準備くらいさせんか。ワシャまだ寝巻のままじゃ」
「ならとっとと着替えて来いよ! ついでに風呂を貸してくれ!」
「まったく、わがままな奴じゃのぅ」
「どっちが!?」
こうして俺はマクスウェル宅で風呂を借りることに成功した。
しかしこの場面、俺は隠密のギフトを使用していなかったため、目にした者がいたのだろう。
後日、マクスウェルの屋敷に、粘液塗れの幼女が連れ込まれたという噂がまことしやかにラウムの街を流れたとか。
首尾よくマクスウェルを連れ出し、オーガと面会させた。
オーガも逃げ出すことなく、大人しく森の中で身を潜めていた。あまりにも完璧に身を潜めていたので、俺ですら発見に手間取ったほどである。
この技能があるからこそ、ラウムと言う大都市のそばで生き延びる事ができていたのだろう。
「お初にお目にかかる、ワシはマクスウェルと言う老いぼれじゃ。面白い物を目にしたとか?」
「おで、デン、いう。よろしく」
「ホホゥ、挨拶を返してくれるとは驚きじゃな。お主の住処とやらはここから近いのかの?」
「いや、遠い。あるいて、たいよう、ななかい、でた」
「一週間か……」
無論森の中をさ迷い歩いた結果だから、一直線に向かうならもう少し時間は短縮できるだろう。
しかし、それだけの時間を俺が街を留守にするわけには行かない。
こうして暗躍していることは、マクスウェル以外には内緒なのだ。
「仕方ないかの。
「いいのかよ?」
自身を魔法によって操るという点で操魔系に属してはいるが、干渉系にも近い魔法でもある。
特筆すべきはもちろん空を飛べるということ。落とし穴を始めとした地面設置系の罠を無視できるし、壁などを飛び越えることもできる。
何より、障害物を無視することによる移動速度の増加が素晴らしい。
この魔法ならば一時間で五十キロメートルの距離を飛翔することだってできるのだ。
「確かにそれだったら一晩で七日分の距離を稼げるが、魔力の消費が――いや、なんでもない」
この魔法の最大の難点は魔力消費の大きさ。俺とマクスウェル、それにオーガの三人に掛けるとなると、それなりの負担になるはずなのだが、魔力オバケのこの爺さんにとっては余計な心配だったか。
「そういうわけじゃ。それではいくぞ」
マクスウェルの魔法の発動と同時に、俺たちの身体は宙を舞う。
こうしてオーガの住処へと飛翔していったのだった。
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