第336話 派手な後始末
宿の朝食は夕食と違い、食堂に出て食べることになっていた。
翌朝、俺たちが食堂に顔を出すと、そこは奇妙なざわめきで満ち溢れていた。
「なんだ?」
ライエルはその空気を敏感に察知し、さっそく話を聞きに離れていく。その足取りがややおぼつかなく感じたのは、きっと気のせいだろう。
マリアの折檻の影響ではないと思いたい。あのライエルにダメージを残すお仕置きなど、考えたくもない。
その間にマリアは席を取り、全員分の料理を手早く注文していた。
その阿吽の呼吸は、さすが長年寄り添った二人と言える。そんな二人をコルティナはどことなく羨ましそうに見ていた。
「うらやまし?」
「えっ? うん、まぁ、少しね。私があんなになれるとは到底思えないけど」
「コルティナなら、なれるよ」
「そうかな?」
「私もニコルと同意見よ。あなたってば意外と一途だし」
「それは放っておいて!」
何が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして俯く。彼女はどうも、仲間に対しては羞恥心が働きやすいらしい。
そんな姿は俺から見ても大変可愛らしい。
「んふー」
「な、なによ、イヤらしい笑い方して!」
「コルティナがかわいい」
「年上に向かって何を言うかな? 可愛いのは貴様だー!」
足元についてきていたカッちゃんを素早く拾い上げ、俺の頭に乗せる。
カッちゃんも最近成長しているので、頭に乗せるには少々つらくなっている。
「ぶぎゅ」
「きゃははは、だぁうー」
マリアの隣の席でカッちゃんに潰された俺を、フィーナがベチベチと叩いてきた。
その手はよだれまみれで、俺の頬はべっとりと汚される。
「うう、フィーナがヒドイ」
「お姉ちゃんなんだからそれくらい我慢しなきゃ」
笑いながらも、俺に向けてハンカチを差し出すマリア。
それを受け取り汚れをふき取るが、そのあとをカッちゃんが舐める。
汚れを取ってくれているつもりなのだろうが、まるで逆効果だ。
そうこうしているとライエルが戻ってきた。
その表情は深刻なモノではなく、不可解なことを聞いたという不思議そうな表情をしていた。
「おかえり、なんだった?」
「ああ、どうやらこの北西の方に大きな岩山があるそうなんだが、それが一夜にして崩落したらしい」
「崩落? 道が塞がったりしたのかしら?」
「いや、そうでもないんだ」
話を聞くと、どうも例のデンが住んでいた岩山が崩れたらしい。
そもそもデンの姿が稀に目撃されていたため、近寄るものはほとんどいなかった。
しかしその大きさは深い森の中ではいい目印になっていたため、少し話題になっていたのだとか。深い森の中では、目印になる大岩は結構重宝していた様だ。
それと、それほどの巨岩が一夜にして音もなく崩れ去ったということが話題の元になっている。
「音もなく、ねぇ? 明らかに何者かの仕業だよな」
「私たちの中でそれができるってなると、まずマクスウェルよね」
「だがあいつは今は街の後始末で忙しいからな。そんなことにまで手を伸ばせないだろう」
ゴブリンの侵攻を最小限にとどめたとは言え、街中は荒らされ、
その処理や指揮にマクスウェルが駆り出されていた。
本来ならば貴族から『コルティナが指示しろ』と口を出されてもおかしくなかったのだが、一部貴族が横暴な命令を下した手前もあり、そこまでの横槍は発生しなかった。
「じゃあ、岩山の大きさにもよるけど、あなたとか?」
「目印になるほどの岩を無音でと言うのは、俺でも無理だなぁ。レイドの奴なら、ひょっとしたら何か奥の手を持ってるかもしれんが」
「もってねーし」
「え?」
「いや、なんでも」
ライエルの過大評価に、俺は思わずツッコミを入れた。
俺はライエルよりも確かに汎用性は広いが、さすがにそこまで人間をやめていない。
カッちゃんに潰されて突っ伏したままの俺に、フィーナが盛んに手を伸ばしてくる。
これは頭の上のカッちゃんに抱き着こうとしているらしい。
マリアはカッちゃんの上にフィーナを乗せ、俺はさらに潰されることになった。
「ぐぎゅ」
「あぁぅ! だぅあー」
力いっぱいカッちゃんに抱き着き、喜びで足をバタバタ動かす。
その動きは俺の首筋や肩を蹴りつける動きになった。
「あ、それ気持ちいいかも。フィーナ、もっと」
「ニコルってば、まるでお年寄りみたいよ?」
「最近ちょっと頑張り過ぎちゃったからー」
フィーナの動きを喜んでいる俺に勘違いしたのか、カッちゃんまでベチベチと頭を叩き始めた。
残念、違う。凝っているのはそこじゃない。
「それはそれとしてだな。しかもその崩れた跡地なんだが、シャベルで穴を掘ろうとしても歯が立たないらしい」
「へ?」
「それどころか、
「なにそれ、こわい」
だがそこまで聞いて、俺は誰の仕業か想像がついた。
これは白いのの仕業に違いない。おそらく彼女はここがゴブリンロードの発生源と見て、再発防止に封印していったのだろう。
ただそのやり口が派手過ぎたのが、詰めが甘いと言わざるを得ない。
「一応仕事してたんだな、白いの」
ぼそりとつぶやくと、いまだにぺちぺち叩いてくるカッちゃんの手を押さえる。
マリアがフィーナを回収すると、一緒にカッちゃんも持っていってくれた。
そこへタイミングよく、朝食が運ばれてくる。
白いのの派手な仕事は知らない振りをするとして、俺たちは久しぶりにのんびりとした朝食を楽しんだのだった。
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