第335話 露見した力

 コルティナとカッちゃんもノミを落とし、虫の嫌う香草を身体に擦り込んでから湯から上がってきていた。

 その後、皆で食事を楽しんだ後、俺たちはちょっとした会議を開くことになった。

 無論、それはライエルの折檻の話ではない。それは既に済んだことだ。


「ニコルには、少し話しておかねばならないことがあるの」

「わたしに?」

「ああ、正確には『ニコルに』じゃないが、ニコルも無関係じゃないからな」


 そう言ってライエルとマリアが切り出してきたのは、ミシェルちゃんのことだった。


「さすがにあの殲滅力は隠しきれなかったようだよ。話題は既に近隣の町にまで広がっている」

「この調子だと、おそらくひと月もせずに大陸中に知れ渡るわね」

「それって……ヤバくない?」

「かなりヤバい。と言うかすでにラウムの有力貴族などが動き出しているという話だ」

「有力……ヨーウィ侯爵とか?」

「あの人は自重という言葉を知っているから、その心配はないな。むしろもう一人の侯爵が問題だ」

「リッテンバーグだっけ」


 騎士団を貴族街の守りに集約させ、庶民を切り捨てようとした侯爵。噂では昔からかなり腹黒いこともやっているらしい。

 その侯爵がミシェルちゃんの獲得に動き出したというのか。


「でもあれは、白いのの魔法の補助があったからであって……」

「白いのって言うのは、ニコルの言う神様を自称する子だよね? その子ももちろん狙い始めたらしいぞ」

「見境がないというのはこのことね。どんな面の皮しているのやら」


 辛辣に吐き捨てるのは、直接的な被害を受けたコルティナだ。

 穏和なマリアも、今回ばかりはフォローに回ろうとはしない。


「魔法の補助はもちろんあっただろうが、その戦果を弾き出した事実の方が重視されている。おそらく近いうちに彼女を巡った争奪戦が開始されるだろう」

「それは、こまる」

「困られても……それにタイミングもあまり良くない。彼女は来年には支援学園を卒業するだろう? もう時間があまり残されていないんだ」

「今はマクスウェルとコルティナの後ろ盾があるから、公に接触はしてこないでしょうけど、卒業してフリーになったら、これはもう最悪の事態も考えられるわね」

「最悪の事態、勧誘ラッシュとか?」

「誘拐、拉致監禁、洗脳。その辺まで考えないと」

「そんな!?」


 支援学園は魔術学院と違って、高等部は存在しない。

 俺はこのまま魔術学院の高等部に進学するつもりだったが、ミシェルちゃんは冒険者として独り立ちしないといけない時期が来ている。

 今は九月だから、あと半年もすれば卒業してしまうのだ。


「できるなら、卒業と同時にこの国を出た方がいい。そこらの貴族ならともかく、侯爵となると手に負えない可能性がある」

「そうなるとニコルともお別れになってしまうわね」

「彼女の護衛にクラウド君をつけておくとしても……心配は残るかな? まだまだあの子も未熟で世間知らずだから」


 俺との別れを心配するマリアと、クラウドの力量不足を懸念するコルティナ。

 だが彼女たちの心配も、当然のことなのだ。

 今回の一件でミシェルちゃんは国の有力者に目をつけられてしまった。

 マクスウェルやライエルが後ろ盾になっているとは言え、卒業してフリーになると、建前上は誰とでも契約を持つことができるようになる。

 六英雄にはそれを防ぐほどの影響力がもちろんあるが、それをやってしまうと冒険者個人の自由にまで干渉することになってしまう。

 ギルドとしても、そういった前例を残すのは好ましくない。


 無理にその意志を通すことは、もちろん可能だろう。しかしそれは、冒険者の自主独立を侵害することでもある。

 建前的に冒険者ギルドの理念そのものを、敵に回してしまう可能性もある。

 もちろん、ギルドとて馬鹿ではない。そんな無茶な理屈に乗るとは思えないが、そういう噂を吹聴される火種には成り得る。

 そして権力者に睨まれている六英雄が、そういった弱みを見せたとすると……何かと付け入られる隙になりかねない。


「厄介な話ね……」

「レティーナちゃんは父であるヨーウィ侯爵もいることだし、そんな無茶はしてこないと思うけど、ミシェルちゃんに関しては、最悪の事態は考えておいた方がいいかもね」

「ニコルも別れる覚悟か、そうでなければラウムを出る決意をしておかねばならないかもしれないぞ」

「……わかった」


 俺は神妙な表情でそう答え、床に就いたのだった。





 夜、俺は足音を忍ばせ、部屋を出た。

 今回は別に後ろ暗いことがあるわけでもないので、気配は殺していない。

 ただ少し考えたいことがあっただけだ。


 無論、隠す気もない俺の気配に、歴戦の戦士であるライエルやコルティナが気付かないはずがない。

 背後にコルティナがこっそりついてきていることが、気配でわかった。


 宿の中庭に出て、庭石に腰を掛けて天を仰ぐ。

 ミシェルちゃんと別れ、高等部に進学するか、彼女と一緒にこの国を出るか、その決断が半年後に迫ってきている。

 それを考えると、どうにも寝付けなかった。


「どうしたものかなぁ……」

「悩んでる?」


 姿を隠すのはやめてコルティナが隣にやってきた。

 その存在に気付いていた俺は、別に驚いたりはしない。


「うん。さすがにね」

「高等部に進学するのは、ニコルちゃんの夢だったっけ」

「まぁね」

「でも悩んでるんでしょ?」

「うん」


 いや、よく考えろ、俺。

 そもそも高等部に進学する目的は何だった?

 それは……変化ポリモルフの魔法を習得するためだ。

 その目的は、ある意味ですでに達成している。アストから供給される巻物スクロールがあれば、代用できているからだ。


「そっか……考えるまでもないじゃない」

「答えは出てたのかな?」

「わたしの目的はどこにいても目指せるけど、ミシェルちゃんと冒険するのは、一緒じゃないとできないもの」

「じゃあ、初等部を卒業したら街を出るのかな?」

「もちろん、ときおり戻ってくるつもり。もうコルティナの家はわたしの家も同然だし」

「そう言ってくれると、さすがにうれしいわね」


 俺の言葉にコルティナはそっと抱き寄せ、頭を撫でてくれる。


「いつでも、どんな時でも戻ってきてくれていいのよ? なんだったら残ることを選択しても構わない。あなたはマリアの娘で、私の娘も同然。そのためならギルドを敵に回すことだって気にしないわ」

「ううん、本格的に冒険者になるなら、そろそろ街を出てもいい頃合いだったもの。それにミシェルちゃんの意見が優先だしね」

「そっか。彼女が出ていくかどうかもまだ聞いていなかったものね。私としたことが、先走っちゃったわ」


 ぺろりと舌を出して、茶目っ気を見せるコルティナ。

 だが俺は確信していた。ミシェルちゃんはおそらく街を出る。

 あの街には俺たちだけでなく彼女の両親もいる。そこに迷惑が掛かることを彼女は望まない。


「そろそろ戻ろ。パパたちが心配しちゃう」

「あら、ライエルが気付いていたのも知ってたのか」

「わたしはパーティの目だもの。それくらい察知できるよ」

「昔から勘が良かったものね、ニコルちゃんは」


 そう言って軽く手を打ち合わせ、俺たちは部屋へと戻ったのだった。

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