第16話 5歳、待望の剣術修行


 ギフトを調べる洗礼の儀から二年の月日が経った。

 その間、ミシェルちゃんはライエルの庇護の元、体力錬成に精を出していた。

 いかに有用なギフト持ちと言えど、救世の英雄に盾突いてまで手を出そうとする貴族はいなかったため、比較的平穏な日々が過ぎていったのだ。


 俺も彼女と言う友を得た事で、修練に張り合いが出たのか、順調に成果を上げる事ができた。

 そうして二年。ようやく五歳。

 ようやく俺は、ライエルから剣を学ぶ時期が来たのだった。


 屋敷の中庭で俺とミシェルちゃん、そして村の子供数人が模擬剣を構えて立っている。


「いいか。まずは剣を構える事、それを続けることが大事だ。戦士の役目は敵を打ち倒す事じゃない、敵を押さえ続ける事こそ、求められている役割だ」


 ライエルの講釈を聞きながら、子供達が剣を構える。

 俺も、それに続くべく剣を持ち上げようと――


「ふぬ――ぐぬぬぬぬぅぅぅぅ……!」


 俺の手にあるのは、希望通りの両手剣。ただし子供向けの小さな物だ。

 剣身の長さは一般的な片手剣程度。だが柄を長めに作って両手剣を模した物である。

 重量もそれに相応して、実際の剣よりは軽い……はずなのだが。


「ニコルには少し重かったかな?」

「そんなこと、無い――し!」


 あれだけ身体を鍛えたにも関わらず、俺の筋力はほどんど上昇していなかったのだ。

 持久力はそれなりに延びているため、全く無駄という訳ではないが……この身体はどちらかというとライエルよりもマリアに似ているのだろう。


 それでも俺は弱音を吐かない。

 かつてのライバルの前で泣き言を漏らす訳には行かないのだ。

 ブルブルと震える腕を力尽くで抑え込み、ゆっくりと剣を持ち上げる。


「ど、どう――だ!」

「おー、すごいすごい。ニコルは根性があるなぁ」

「ふふーん」


 胸を張って勝ち誇りたい所ではあるが、気を抜くとそのまま前に突っ伏してしまいそうである。

 ちなみに同じサイズの剣を、ミシェルは軽々と持ち上げていた。


「それじゃ、まずは基本の素振りだ。余計な事は考えず、真っ直ぐ振り上げてそのまま振り下ろしてみよう」


 これは、振り下ろしという素振りの基礎である。

 どこを斬るという意識を持って振るのではなく、ただ大きく振りかぶり、そして大きく振り下ろす。

 この過程において、剣を振るための筋力を鍛えるのである。


 子供達は初めて手にする剣――模擬剣だが――を嬉々として振り始める。

 それを見て、俺も模擬剣を振り上げ……そのまま背後にひっくり返った。


「おっふぉ!?」


 ひっくり返った拍子に後頭部を強打し、頭を抱えて転がりまくる。

 それを見て、周囲の子供達は指差して笑いやがった。今に見てろよ、このクソガキども。


「ニコルちゃん、大丈夫?」

「う、うん。だいじょぶ」


 自分の素振りを中断して、駆け寄って来るミシェルちゃん。いい子だな。さすが今世の我が友第一号。

 取りあえず無事を主張するために立ち上がり、再び剣を持って構えを取る。

 それを見て安心したのか、ミシェルちゃんも自分の鍛錬に戻っていった。


「ニコル、無理はするんじゃないぞ? 身体が丈夫な方じゃないんだから」

「だ、大丈夫だし!」


 乳児時代になかば拒食症に陥っていた影響か、俺の体力は非常に低いまま育ってしまった。

 それがここに来て、鍛錬に響いているようだ。

 しかし、勇者を目指すという目標がある以上、ここで挫折する訳には行かない。まだ早過ぎる。


 そんな決意はあれど、やはり筋力はついてこない。

 持ち上げるまでは何とかできるのだが、頭の後ろに剣を持っていくと、そのまま後ろに引っ張られてしまうのだ。

 そのままだとひっくり返ってしまうので、今度は体重を思いっきり前に掛ける。

 すると背負った剣が俺の背に圧し掛かり、そのまま押し潰されてしまった。


「ぐえぇ」

「ニコルはやっぱりこっちの軽い剣の方が――」


 まるで馬車に引かれたカエルのような格好でもがく俺に、ライエルが憐憫を込めた言葉を掛ける。

 ヤメロ、お前にだけは憐れまれたくないんだ。


「こ、これでいいし……」

「いや、しかしな」

「これでいいし!」


 なかば意地になって俺はそう叫び、立ち上がった。

 そして剣を振りかぶり、渾身の力をもって振り下ろす。

 すると腕が、まるで空気のように軽くなったのだ。


「うひょあ!?」


 同時に珍妙な悲鳴が聞こえる。見るとライエルの背後の地面に模擬剣が突き立っていた。

 いや彼の顔すれすれを剣が飛び、その背後にある地面に突き刺さったのだ。

 そして俺の手の中からは、剣が消えていた。


「ニコル。やっぱり軽い剣にしなさい」

「でも」

「しなさい。いいね?」

「……はい」


 いつになく真剣な表情のライエルに諭され、俺は渋々ショートソードサイズの模擬剣に持ち替えたのであった。

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