第15話 神の贈り物


 洗礼の儀とは、地元の教会に訪れ、そこで識別のための魔法陣に乗り、それぞれが持つギフトを認識するのだ。

 一応プライバシーの問題もあるので、認識したギフトは本人にしかわからないようになっている。


 だが識別されるのは基本三歳児である。ギフトを得た子供は嬉々として親にその内容を報告するのが常であった。

 近場の教会で最も偉い神官が、三歳になった成長を寿ことほぎ、これからの人生に訓辞を垂れる。

 この村の教会では、一番偉いのはマリアであるため、彼女がその訓辞を演説していた。

 俺は村の子供たちと一緒に、教会前の広場でその話を聞いていたのである。

 

「それではこちらの魔法陣に。そこであなた方に神の祝福あれば、それを認識する事ができるはずです」


 ギフトはせいぜい百人に一人くらいしか得られない。

 この村の子供の数では、せいぜい一人出ればいい方だろう。それでもこの儀式が続いているのは、子供の才能を伸ばすため、そして権力者が有用な能力者を確保するためである。

 魔法陣の大きさから、五人程度のグループ別に魔法陣の上に連れて行かれる。


 この年の子供は、全部で十数人しかいなかった。その数ではギフト持ちが発見される可能性はほとんどない。

 案の定、最初と次のグループでギフトを持っている子供はいなかったようだ。


 そしてようやく俺の番――いや、俺とミシェルの番である。

 結局俺の衣装はマリアが押し切って、リボンとフリル多めのドレスである。

 これでまた、レイドと名乗り出る事ができない理由が増えてしまった。


 バサバサと裾を蹴立てて魔法陣の上に乗る。

 生前の俺のギフトは操糸と隠密である。このギフトが受け継がれているかはまだ分からないが、人の目を掻い潜るのは相変わらず得意だった。

 それに生後半年の辺りで魔力を感知できた訳だし、魔法の素質があってもおかしくない。


 最後に俺が魔法陣に入った段階で、マリアが魔法を起動させる。

 それに反応するかのように、俺の脳裏には三つの単語が浮かんできた。


 つまり、操糸、隠密、干渉系魔法である。


 この世界ではいくつかの魔法系等が存在する。

 マクスウェルのように四大属性を含む属性系の魔法、マリアのように信仰心を元にした神聖魔法。

 他にも死者を操作する霊属性魔法や、俺を殺した神父が使っていた、魔神などをかしずかせる使役系の魔法などもある。


 俺の持っていた干渉系魔法は主に物質に干渉する魔法である。

 短期的に武器の威力を強化したり、鎧を多少硬くする程度の事ができる魔法である。

 無論、魔法と言うだけあって、極めれば常識を蹴り飛ばすほど恐ろしい効果を持つ物もあるが、その領域に到達できるのは、この魔法の素質以外にも魔術行使の才能を持つ者だけだ。

 俺は一般人よりはうまく魔法を使えるようだが、その領域に到達するにはかなりの修練を必要とする、と言う事だろう。


 生前と比べ、ギフトが一つ増えている訳だが……転生の際、あの神の言っていた『サービス』というのが、この魔法の事なのだろうか?

 見ると、ミシェルちゃんも、目をキラキラさせて小ぶりを握り締めていた。


「ミシェルちゃん、何か持ってた?」

「うん、射撃だって!」


 やはり、それを口に出す危険性は一切考慮せず、ミシェルはその言葉を口にした。

 そう言えば彼女は、あのコボルドに襲われた緊迫した場面でも、的確に投石を敵に当てていた。

 あの正確さはギフトによる物もあるのだろう。


「それ、お父さんにも言っちゃダメだよ?」

「え、なんで?」

「だって射撃なんて能力、強すぎるもの」


 投石だけならまだいい。射撃と言う事は、何かを撃ち出すという行為の全てに掛かってくるはずだ。

 つまり、投石はもちろん、弓や弩、果ては破城弩級バリスタまで効果がある事になる。

 超長距離から一方的に敵を攻撃できる能力。そんな物が知られたら、国が放っておくはずがない。

 そうなれば彼女には、普通の子供時代は二度と訪れないだろう。

 幼少時から国が保護し、血を吐くほどの英才教育を施されることは間違いない。


 無論、いつまでも隠し通せるものではないだろうが、親元にいる時間は長い方が、彼女にとってもいいはずだ。


「そっか。じゃあナイショにする!」

「うん、わたしと約束」

「うん、やくそく!」


 俺とミシェルちゃんは指を絡めて約束する。

 三歳児の言う事だからまず当てにはならないが、いくらかは時間は稼げるだろう。

 その間にマリアかライエルを動かして、彼女を保護させる事にしよう。





 その日の夕食時、俺はマリア達に自分の能力を尋ねられた。

 生前のギフトを引き継いでいたことあり、三つのギフトを抱えている俺は、ある意味では規格外の存在と言える。


 特にこの二人は俺の生前の事を知っている。

 操糸と隠密というギフトの組み合わせから、俺の正体を見抜く可能性は結構高い。

 だからこの二つに関しては、彼等に漏らす訳にはいかない。


 問題は干渉属性魔法のギフトである。

 この魔法は結構素質を持つ物も多く、魔法系の中ではありきたりの物だ。

 故に、これをライエル達に漏らしても、大事には到らないだろう。

 むしろ彼等ならば俺を保護しつつ、最適な教育を施してくれると思われる。


「なぁ、ニコル。ギフトは何かあったか?」

「あなた、黙ってるって事は察してあげなさいよ!」


 珍しく鋭い声でマリアがライエルを咎める。

 ギフトを得ると言う事は狭き門なのだ。しかも俺は英雄たちの娘とあって、周囲の期待は自然と大きくなる。

 だからこそ、マリアは俺がギフトを持たなかった場合も考えて、ライエルを咎めたのだ。


「うん、干渉属性魔法だって」

「え、ああ! 良かったじゃないか、ニコル」

「干渉属性かぁ、私はあまり詳しくはないわね。マクスウェルなら詳しいんだけど」

「あいつはエルフの国の指導者でもあるからな。この北部に長居する訳には行かないだろう」

「じゃあ、ニコルの方から出向いた方がいいかしら?」

「あの魔術オタクの元にか? 優秀な弟子を見つけたら、そのまま帰ってこれなくなるぞ」


 マクスウェルが記憶のままならば、確かに手放してくれそうにないかもしれない。

 だがそれよりも、今は話さないといけない事がある。


「それより、ミシェルちゃんなんだけど――」

「ん、あの子がどうかしたのか?」

「射撃のギフトを持ってたんだって。すごいよね」


 俺はできるだけ無邪気にそう告げてみた。

 彼女の両親なら権力者の申し出を断る事はできないだろう。だがこの二人が保護すれば、無理に引き離そうとする者はいないはずだ。

 俺達六人は、ただ一人でも一軍に匹敵する戦闘力を持っているのだから。


「射撃……それは凄いな」

「遠距離から一方的に攻撃できるスキルね。知られたら貴族たちが黙っていないわ」

「ああ。あの歳で親元を引き離すのは、あまりにも可哀想だな」

「どうします、あなた。隠しますか?」

「……そうだな。だがいつかは知られる。それまでに自分の身は自分で護れるようにしてやりたい」

「じゃあ……」

「ああ、ニコルも剣を教えてくれと言っていた事だし、彼女もいっしょに鍛えてやろう」

「そうね、それはいいかもしれないわね」


 俺とミシェルちゃんが仲がいいのは、マリアも知っている。

 一人で修業するより、仲間がいる方が心強いと感じたのだろう。


 こうして俺は、ライエルの指導の元、基礎体力修練を始める事になったのだった。

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