第14話 おねだりの結果


 この身体に転生して身に付けた必殺技の一つ、上目遣いでライエルを見つめる。

 そんな俺をライエルは困ったような表情で見下ろしていた。


「そのお願いは……聞けない」

「なぜ? パパはわたしのお願い、聞いてくれないの?」


 ベッドの上で半身を起こした俺の頭に、ライエルの硬い手の平が乗せられる。

 その硬さは、日々のたゆまぬ修練の証でもある。


「ニコルはまだ小さい。体力もないだろう? それに、身体も弱い。そんな状態じゃ、剣を学ぶのは難しいんだ」


 ライエルが言う通り、この身体は病弱で、体力もなく、筋力もない。

 だからライエルは俺に剣を教えるのを躊躇ためらっていた。


 考えるまでもなく、その危惧は真っ当な物である。

 この身体では剣を持ち上げる事すら怪しい。例え持ち上げられたとしても、振り続ける事はできないだろう。

 つまり今の俺は、剣術の入り口に立つ資格すらなかったのである。


「どうしても、ダメ?」

「う……どのみち身体ができていない状態じゃ、剣を教える事はできないよ。そうだね、五歳くらいになれば手足も伸びて剣を振れるようになるかもしれない。だからそれまで、ニコルは体力をしっかりつけておくんだ」

「あと二年……わかった!」


 俺としては一刻も早く、剣を学びたい所ではあったが、焦って身体を壊しては元も子もない。

 コイツの言う通り、体力を付ける事を最優先に考えておいた方がいいだろう。


「後、無茶な事をしたのは後でお説教だからね? マリアは怒ると怖いんだぞ」

「ママ、おこってた?」

「それはもう。きっとこれまでにないくらいの雷が落ちるぞ」

「うへぇ」


 精一杯のしかめっ面でライエルはそう告げてくる。

 笑いながらも背筋の凍らんばかりのプレッシャーを放ってくるマリアの恐ろしさは、前世からよく知っている。

 ライエルと一緒に女風呂を覗きに行った時の怒りようは、ちょっと言葉にできないほどだった。

 ちなみにそのミッションは、コルティナの鉄壁の防御によって失敗している。

 あの猫耳軍師め……いつか見てろよ。


「今はミシェルちゃんの様子を見に行っているから、もう少ししたら戻ってくるよ」

「ミシェルちゃん?」

「ニコルが命懸けで護っていた女の子だよ。無茶をしたのはダメだけど、あの子を守ったのだけは褒めてあげよう」


 そう言えばあの子とは自己紹介すらしていない。

 ミシェルちゃんと言うのか。


「傷痕とか……大丈夫?」

「ニコルの体に傷跡を残すような真似はマリアはしないよ」

「わたしじゃなくて、ミシェルちゃん」

「ああ、うん。大丈夫だよ。そのためにマリアがついているんだから」


 一応あの子も女の子だ。この歳にして傷跡を残すのは少し可哀想である。

 マリアの治癒魔法で完治できるのであれば、それに越した事は無い。

 俺が安堵の息を漏らした時、部屋の扉が控えめにノックされた。

 細く開いた隙間から、マリアが顔を覗かせる。


「あら、ニコルはもう目を覚ましたのね」

「うん。傷を治してくれて、ありがとう」

「キチンとお礼を言ったのは褒めてあげる。調子はどう?」

「大丈夫、ぜんぜん痛い所、無いよ」


 両手を持ち上げ、ガッツポーズをして見せる。

 なかば食い千切られていた左腕も、問題なく動く。さすがはマリアの神聖魔術だ。


「そう、よかった。じゃあ遠慮なくお説教できるわね?」


 ニッコリと、素晴らしい笑顔を浮かべながらそう尋ねてくるマリア。言葉は疑問形だが、有無を言わさぬ迫力がある。

 俺は彼女に、コクコクと頷いて、返すしかできなかったのである。




 あれから数日。俺もミシェルちゃんも、傷跡一つなく快復していた。

 お互いに無事を喜び合い、改めて自己紹介をして握手する。俺がこの身体になって、初めて得た友達の誕生だ。


 だがそれから、彼女と遊び呆けるという訳にも行かなかった。

 俺達はお互いに三歳。つまり洗礼の儀が待ち受けていたのである。

 無論村中の子供達が受ける儀式である。大仰な準備などは一切必要ない。

 それでも、子供の晴れの舞台とあって、多少は着飾る風習があったのだ。


「という訳で、ニコルちゃんはこっちのドレスが似合うと思うのよ」

「いや、マリア。ニコルは身体が丈夫じゃないし、病み上がりなんだ。あまり負担になる衣装はよくない。こっちのトーガ風の衣装の方が――」

「ダメよ、それじゃ手を挙げたら胸が見えちゃうじゃない」

「まだ子供だから気にする者なんていないだろう?」

「いや、わたしは普通にシャツとズボンで……」

「ダメ!」


 という風に、ほぼ連日に渡って衣装合わせが行われたのである。

 子供にとっては遊べない方がストレスになると思うのだが、親達の暴走は止まらない。

 俺としても一刻も早く体を鍛えたいところなのに、こうして拘束されているのだ。

 そんな期間が数日続き、ようやく洗礼の儀式がやってきたのだ。

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