第419話 しつこい敵の倒し方

 ゴブリン襲撃後、マークたちに軽く説教を入れておいたが、どうやら警戒の重要さは身に染みて理解したようなので、適当なところで元の配置に戻しておいた。

 それからは順調に旅は続き、何度かあった襲撃も不意打ちを受けずに撃退していく。

 国境付近に存在する山岳地帯を越えると草原地帯に入るため、見晴らしもよくなって安全度はさらに上がっていった。

 途中でランダ川という難所が存在したが、それも過去の話。今では立派な橋が掛けられており、すんなりと渡ることができた。


 そして今――


「ほら、がんばって。レイド、コルティナ!」

「ミシェルちゃん、その名前、やめない?」


 激しく馬車馬に鞭を入れて速度を上げさせるミシェルちゃん。現在は隠れ狼ストークドッグの群れから逃げている最中だった。

 ストークドッグは草原に隠れ潜み、無尽蔵に近いスタミナで獲物を追い回し、疲れたところを狙う意外とえげつないモンスターだ。

 そしてその最大の特徴はその数。少なくとも十匹以上の群れで襲い掛かかるため、少数の冒険者では手に負えないことが、よくある。


 今回も敵の隠密は見抜いたのだが、その数が三十匹ということで交戦を避け逃げ出したのだが、それを執拗に追いかけてきたのだ。

 ミシェルちゃんの矢もさすがに三十本は無いので、逃げの一手を打ったのだが、まさかここまでしつこいとは思わなかった。

 そして彼女が叱咤している名前は……俺ではなく、彼女が馬車馬に付けた名前である。


「えー、だって六英雄様の名前だよ? 縁起いいじゃない」

「それ、片方は死んでるから縁起悪いよ!」

「私もその名前はちょっと遠慮したいかなぁ」


 俺とコルティナ(猫人族)の抗議に、ミシェルちゃんはプゥッと頬を膨らませる。

 そしてフィニアは意外にも、ミシェルちゃんを擁護していた。


「わ、私は良い名前だと思いますよ!」

「今はそれどころじゃねぇってぇ!」


 そういいながら最後尾を走るのは、クラウドの乗る馬だ。

 本来単騎である彼の馬が一番速度に勝るのだが、今回は敵の追撃を食いつかせないために最後尾を走っていた。

 いわゆる殿しんがりである。


 背後を睨み据え、襲い掛かるストークドッグを大盾で払いのける仕草も堂に入っている。

 この一か月の旅で、騎乗戦闘もかなりモノにしたようだった。

 だが感心してばかりではいられない。ミシェルちゃんが手綱を持っている以上、弓による攻撃はできないし、矢の数も足りない。

 もちろん荷台の中に予備はあるけど、それを取り出してくる時間的余裕はない。

 コルティナもこのだだっ広い草原では策を弄することも難しく、逃げの一手に徹っするしかない状況だ。


「コルティナ、あんた六英雄なんだからあの程度パパッとやっつけちゃいなさいよぉ!」

「無理よ、数が多すぎるわ。マクスウェルならともかく、私じゃあの数は対応できないもの。ミシェルちゃんの矢も心許ないし、ここは逃げの一手で体勢を立て直さないと」

「やくたたず!」

「なんですってぇ!?」


 荷台ではコルティナとトリシア女医が醜い争いを繰り広げていた。

 それでもコルティナに余裕があるように見えるのは、追いつかれた時のことも想定しているのかもしれない。

 しかし追いつかれるということは、一般人のテムルさんを巻き込む危険もあるということだ。できるなら距離を取ったまま、対処したい。


「これは仕方ないかな?」


 このままでは逃げ切れない。その時一番に犠牲になるのは、最後尾のクラウドだ。

 さすがに仲間を犠牲にして逃げきろうとは思わない。

 俺は御者台から立ち上がり、荷台を通って背後を望む。


「ミシェルちゃん、あとはよろしくね?」

「ちょ、ニコルちゃん! まさか飛び降りる気!?」

「それこそまさか。死ぬ気はないよ」


 言いつつ俺は背後に向けて身を躍らせる。

 そこはもちろん馬車の外で、眼下にはすさまじい勢いで流れていく草原が広がっている。

 このまま落下すれば、大怪我することは間違いない。

 しかし俺の落下点に新たに滑り込んでくる騎影があった。言うまでもなく、クラウドである。


「どわぁ! 何してんだよ、ニコル!」

「ちょっと後ろ乗せてね」


 まるで舞い降りる鳥のようにクラウドの背後に着地し、そのまま馬にまたがる。背後を振り返ると、すぐそばにはストークドッグの群れ。

 いや、そばどころか稀に攻撃を仕掛けてきている。

 

「うわ、こうやって見るとすごい数」

「しかも連中、まったく疲れた素振りが見えない。このままじゃヤバいぞ」

「うん、わかってる」


 テムルさんの馬車やマークたちが乗り込んだ馬車は、ミシェルちゃんの馬車より先行している。

 俺たちがここで押さえている限り、彼らは安全だ。

 後はどう始末をつけるかだ。現状を維持する限り、俺たちに勝ち目はない。


「せぃ!」


 俺は振り返りざまに、投擲用短剣スローイングナイフを飛ばしていく。

 その短剣は狙い過たず、先頭を走るストークドッグの足を斬り裂き、転倒させた。

 さらに後続のストークドッグも、倒れた仲間に巻き込まれ倒れていく。

 何度か短剣を飛ばすことで、十匹程度の数を減らすことに成功していた。

 馬車もストークドッグもかなりの勢いで走っているので、転倒した敵が追い付くことは不可能に近いだろう。


「あんまり減った気がしないな」

「あの、あんまり後ろでゴソゴソしないでくれる? 動くたびになんか柔らかいのむにゅむにゅが当たって……」

「今はそれどころじゃないだろ!」


 スパンとクラウドの後頭部を叩いてから、攻撃を続ける。

 その後十分程度をかけて、さらに十匹程度を仕留めていた。

 俺の短剣はミシェルちゃんほどの殺傷力はないが、以前の有用性から十本程度を持ち歩くようにしている。

 そして投げた短剣に糸を結び付けておけば、後で回収することもできる。

 馬車のコルティナからは、無限に短剣を取り出し、投げつけているように見えるだろう。

 残念ながら、彼女がいる状況では、目に見える形で糸を使うわけにはいかない。


 こうしてクラウドの背後にへばりついて、襲い掛かる敵を倒し続けて行けば、いずれは向こうの数の方が先に尽きる。

 ましてや相手はほとんど全力疾走に近いため、俺の短剣を躱すような余裕はない。


 俺は小細工を弄する必要もなく、淡々と敵を倒していった。

 そうして残り十匹程度になったころ、ようやくストークドッグは追跡をやめた。

 こちらの馬も口元に泡を吹いており、ぎりぎり振り切ったというところだ。


「よし、この時間を活かすわよ! ミシェルちゃん、積み荷から矢を用意して。クラウド君、マーク君、トニー君、ジョン君、壁になって馬車を守って!」


 こちらの馬も限界なため、これ以上の逃亡はできない。

 しかし、ストークドッグもいずれは追いついてくる。あのモンスターのしつこさは非常に有名だ。

 だからこそ、このわずかな時間でコルティナは迎撃の態勢を取ることを宣言した。


「馬車を並べて防壁の代わりに。テムルさんと御者さん、それと馬を防壁の内側へ。ミシェルちゃんは馬車の上から狙撃」

「はい!」

「わかった!」

「隙間から抜けてくることがあったら、フィニアちゃんがお願いね」

「了解です!」


 コルティナの指示に従い、陣形を整える。

 馬車の上に登ったミシェルちゃんは、積み荷の中から予備の矢筒も引っ張り出していた。これで矢が尽きることは無いだろう。


「私が先制で最大光量の光明ライトを撃ち込んで目くらましをかけるから、巻き込まれないでね」


 魔法で壁を作り、目潰しを敢行する策を口にしてミシェルちゃんの横によじ登るコルティナ。

 さらに陥穽トンネルの魔法で落とし穴を作り出しておく辺り、抜け目ない。

 そうしてこちらの準備が整った頃、ストークドッグが再び襲撃してきた。


 しかし完全に態勢を整えて待ち受けていた俺たちに、あっさりと撃退されたのは言うまでもないだろう。

 こうして俺はフォルネウス聖樹国で最初の洗礼を受け、ようやく首都ベリトに到着したのだった。

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