第420話 半魔人への蔑視

 隠れ狼ストークドッグの襲撃を撃退した俺たちは、ようやく首都ベリトへ到着した。

 時刻は夕刻に差し掛かった頃合いであり、夜間の閉門前に都市内に入ろうとかなり長い行列ができていた。

 この街は世界樹教の総本山でもあるため、巡礼者や冒険者が多数流入しており、人の出入りはラウムとは比較にならない。

 そして門番も、そんな旅人を見極める必要があるため、かなり厳しい検問が敷かれていた。


 カメの歩みのように行列は進み、日も暮れるギリギリという状態になって、ようやく俺たちの番が回ってきた。

 テムルさんが商人ギルドの身分証を提示し、俺たちが護衛であることを証言してくれる。

 だがそれだけで信用するわけにもいかないので、護衛の俺たちも冒険者証を提示することになった。

 俺とミシェルちゃん、フィニアが提示し、クラウドの番になって門番は露骨に眉をしかめていた。


「ん、種族が――」

「え、何か問題があった?」

「お前、少しそのフードを取ってみろ」


 言うが早いか、門番はクラウドが自発的にフードを取るのを待たず、はたくようにして剥ぎ取った。

 その行為に、半魔人という種に対する嫌悪がにじみ出ている。


 世界樹教は世界樹をご神体として祀っており、世界樹によって魂は浄化され、生まれ変わり、世界を輪転させるという教義を持つ。

 もちろん他にもいろいろとあるが、この辺りが最も有名なところだ。

 そして、半魔人族はその世界樹の作る輪廻の外から異界の『何か』が魂が流れ込み、不純物を抱えて生まれてきた者とされている。

 だから世界樹教では半魔人族は嫌悪の対象となっていた。

 そんな宗教の総本山でもあるわけだから、クラウドにはこの街に近付く前にフードをかぶって額の角を隠すように指示していた。

 しかし冒険者証には、種族がはっきりと明記されている。だから門番がクラウドの種族に気付いてしまったようだ。


「ちっ、混じり物か」

「なっ!?」


 クラウドの角を見て、吐き捨てるように毒づく門番。その眼には嫌悪と同時に殺意すら浮かんで見える。

 よほど敬虔な教徒らしい。敬虔という点ではマリアもかなりの物だが、彼女の場合は俺という存在を知っているため、その辺りの嫌悪感はかなり緩和されていた。

 だがこの門番はそうではないし、クラウドもこういう経験は初めてだった。

 今も、いきなり叩きつけられた悪意に、我を忘れて声を漏らすクラウド。俺はその腕に軽く手を添え、彼を正気に戻した。


「お前らの混じり物ですら存在を許すんだから、今代の教皇様も寛大なものだな」

「…………」


 嫌悪を隠そうとしない門番に、クラウドは拳を握りしめて耐えている。

 俺が前もってそういう地域もあるということを伝えていただけに、かろうじて耐えることができていた。

 おそらく前情報無くこの悪意を浴びていたら、ひと悶着起こしていたことだろう。


 この悪意を知ること。それが今回の遠征のクラウドの課題でもあった。

 それを知るからこそ、彼は耐えられていたのだ。

 しかし、耐えられない者もいる。すでに身分証を提示していたミシェルちゃんだ。

 彼女はいつもからは信じられないような冷酷な、まるで虫でも見るかのような目で門番を見つめ、その表情を変えることなく、手を背の白銀の大弓に伸ばしていた。


「ストップ、ストップ! ミシェルちゃん、何しようとしてるの!?」

「え、ちょっと撃つだけだよ? だってヒドイじゃない」

「いいから、ここはこらえて。ここで手を出したら、わたしたちの方が指名手配だよ」

「なんで? 悪いのはあの人じゃない」

「そうだけど、そうじゃないのがこの街だから! とりあえずここはこらえて、お願い!」


 いつにないほど冷酷な殺意をみなぎらせた彼女に、俺は思わず腰が引けてしまう。

 これがそこいらの敵だったら軽く受け流せてしまうのだが、知人の、それも天真爛漫な彼女の殺意となると、どうにも勝手が違う。

 そして、俺がクラウドのそばからミシェルちゃんのそばに移動したことに気付いた門番が、怪訝な表情でこちらを窺う。


「どうした、なにかあったのか?」

「いえ、なんでも!」

「なら大人しくしておけ。まったく、女だてらに冒険者などする奴は、落ち着きが足りん」


 さすがにこの言い草には俺もカチンときたが、ここで暴れては元も子もない。

 俺もグッとこらえて引き攣った愛想笑いを浮かべるが、抑え込むミシェルちゃんの抵抗がさらに一段と強くなっていた。

 このままでは彼女が暴発するのは間違いない。

 しかも俺たちの悶着で検問が滞り、後ろに並ぶ連中の気配が段々とささくれ立ってきているのが感じ取れた。

 時間的に閉門も近いため、気が焦っているというのも、あるのだろう。


「ねえ、チェックはまだ終わらないの? 私もう待ちつかれたんだけど」


 そこへ空気を読まない言葉が投げ込まれた。

 意外なことに、これはコルティナから発せられたものだった。

 彼女は紫の縁取りをされた冒険者証を、これ見よがしにヒラヒラと振ってみせる。

 紫の縁取りは最高位の冒険者の証。第七階位の証拠だ。英雄クラスを証明するこのカードを持つ者は、現在五人しか存在しない。いうまでもなく、俺の仲間たちだけだ。

 門番も、その色に気付いたらしく、顔面を蒼白にしていた。


「そのカード、まさか……」

「そう。それにこの耳で私が誰かわかるわよね? ねぇ、それを知った上でまだ言いがかりをつけてくるのかしら?」

「いえ、それはその……一応仕事ですので……」

「そうね。だからチェックしてくれと、こうして手に取って待ってるのよ。だから早くしてくれない?」

「は、はい!」


 コルティナの言葉に硬直した門番は、彼女からカードを受け取り、ぎくしゃくとした仕草でそれを確認する。


「ハ、確かに確認しました。コルティナ様のお仲間でしたら問題はありません。ようこそ、ベリトへ」

「そう、ありがと」


 どうやらコルティナが身を明かすことで、事は収まったようだ。こういう時は彼女の身分というのはありがたい。

 そこでコルティナは一歩門番に近付き、ささやくように語りかけた。


「そうそう。マリアもそうだけど、ここの教皇も半魔人には寛容な性質たちなのよね?」

「はい、そう伺っております!」

「なのにあなたは違うのね」

「いえ、そ、そんなことは……」

「ふふ、冗談よ。でも冗談で済ませられる範囲だけにしてよね。でないと、色々と失うことになるわよ? 仕事とか、命とか」

「は、はいぃ!」


 しっかりと釘を刺すことも忘れない。しかしその声は周囲には全く届いてなかった。

 かろうじてそばの俺に聞こえた程度だ。場を荒らすことなく、それでいて警告も忘れない。

 だからこそ彼女はいい女だと、俺は再確認したのだ。

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