第437話 暴動の始まり
俺はコルティナとマークたちと一緒に、ベリトの冒険者ギルドへ向かっていた。
本来ならば俺にはベッドで休んでいてもらいたかったらしいのだが、ライエルやマリア、ミシェルちゃんたちまでいない宿の中と、こうしてコルティナと一緒にいることを天秤にかけた結果、こちらの方が安全だと納得してもらったからだ。
そして何より、コルティナは街中での活動に慣れていない。彼女の活躍してきた場所は主に戦場か、野外での戦闘に限る。
街中で敵を炙り出し、追い詰め、仕留める経験はあまりない。誰かがサポートしてやらねば、俺が不安なのだ。
ただしフィニアには連絡の要として宿に残ってもらっている。彼女の汎用性の高い魔法は、こういう時に役に立ってくれる……という言い訳での時間稼ぎだ。正直今は少し気マズイ。
そうしてコルティナには俺とマークたちがサポートにつき、ギルドで情報を収集することになった。
その途中、大通りの先に設置された広場で、六英雄の銅像を見つけてしまった。
このベリトという街は世界樹の麓にある街だ。
その立地上、街そのものはドーナツ状の形をしており、しかも四方に延びた世界樹の根によって、街の各所は寸断されている。
むろん根を乗り越えたり潜ったりして各所の往来は確保しているが、普通の街よりは遥かに入り組んでいる。
そのためいろんな場所で広場が設置され、馬車などの転回がしやすいよう、工夫されていた。
そんな場所をただ放置するだけではもったいないというわけで、広場の中央に噴水や銅像などが多数設置されている。
この広場も、そんな場所の一つだった。
「おお、これが噂の六英雄っすね。コルティナ様やマリア様もいますね!」
「当然でしょ、六英雄の銅像なんだから」
「でもストラールで見るやつとはポーズが違うっすね?」
一応世界を救った英雄なので、六英雄の像というのは本人の知らないところでポコポコ作られていたりする。
ストラールの街でもその像は存在し、六人の中央にはライエルとコルティナが立っていた。
しかしこの街の像はマリアとライエルが中央に立っている。
これはストラールがコルティナに救われたため、ドノバンがコルティナを重視するデザインにしただけの話である。
同様にこのベリトの街出身のマリアを重視したため、この街の像は彼女が中央に立っている。
そしてライエルは大抵、中央付近に陣取っている。小憎らしい限りだ。
「でも一人だけ、顔がよくわかんねーっすよ?」
雄々しく立つ六英雄たちの銅像の中、一体だけ膝をついてフードとマフラーで顔を隠している存在がある。
いうまでもなく……前世の俺だ。
「あれはレイドよ。暗殺者なんだから、顔を知られるわけにはいかないってね」
「あー、そうっすね。あちこちに恨み買ってそう」
「そんな甘いもんじゃないわよ。あいつってば、悪と断じた敵には容赦しなかったから、貴族とか権力者に喧嘩売りまくってたもの」
「うへぇ、俺じゃ即死しそうっすね」
「それでも生き延びていたんだから、その力量は推して知るべしね」
「すげぇ人だったんですね」
「そうよ。彼にはライエルだって
感心したように俺の像を見つめるマークと、コルティナ。
特にコルティナの頬は少し赤く染まって見える。
しかし……しかしだ。コルティナよ、俺を過大評価するのはやめてくれ。いくら俺でも、あの脳筋には敵わないから
俺がライエルに勝てるとすれば、状況を極限まで限定させて、奴の実力を半分以下まで削った場合くらいだろう。
だが自慢げに胸を張るコルティナに、俺は違うとは言えなかった。
そもそも、何を根拠に主張できるのか。フィニアにはバレてしまったが、コルティナにはまだナイショなのだ。
コルティナのいうことを真に受け、根拠のないレイド最強論を信じ込んでしまうマークたち。
正直言って穴があったら入りたい心境だが、今の俺が一人になることは難しい。
その場を離れようとしても、襟首をひっつかまれて連れ戻されるだろう。
針の筵に座らされるような心地で、俺は冒険者ギルドまでやってきた。どんな羞恥プレイだと主張したい。
しかしそんな不平も、ギルドの扉を開けた途端に吹っ飛んだ。
ギルドの中は喧騒を通り越して狂騒といっていい騒動に陥っていたからだ。
「なんだか騒がしいわね」
いつもならば職員が声をかけてくるはずなのだが、それすらない。
忙しそうに左右に駆け回り、依頼表をひっきりなしに張り出し、それを受けた冒険者たちを承認していく。
まるで戦場のような雰囲気だ。
コルティナは駆け回る職員を一人ひっつかんで、話を聞きだそうとした。
足を止められた職員は、一瞬迷惑そうに眉をひそめたが、彼女が取り出して見せた冒険者証を目にして、直立不動の姿勢になった。
「こ、これはコルティナ様!? このような場所に……」
「お決まりのセリフはいいから。何があったのか教えてくれる?」
「は、はい。七区の貧民街で暴動が起きまして。民間人にも被害が出ており、鎮圧の人員を募集している次第です」
「七区……って、街の南南西の区画だったわね。ここの二つ隣の」
「そうです。なので被災者がこちらに流れ込んできており、軍を派遣することもままならず、難儀しております」
街が世界樹の根で区切られているため、大規模に軍隊を送ろうと思うと特定の経路を通らねばならない。
だがそれは、被災者が逃げ込んでくる道でもあった。
逃げてくる民と、送り込まれる軍がぶち当たり、身動きが取れなくなっているのだろう。
「そのため、足の速い冒険者を募集して一刻も早い事態の解決を、と中央政府からお達しがありまして」
「それでこの有様なのね。でも教皇はどうしたの?」
この街の最大権力者である教皇なら、民衆の動きを制御でき、軍を速やかに暴動地域に送り込むことができるはずだ。
しかし職員は力なく頭を振り、コルティナの質問に否定の意を返した。
「それが、猊下は行方がおわかりにならないらしく……」
「なんですって! それって重大事じゃない」
「はい。お忍びという話で街に降りていたそうなのですが、折悪しくこの騒ぎが起きてしまい、見失ってしまったそうです」
「それで捜索の状況は?」
「捜索のための冒険者の募集を今張り出しているところです」
「遅い! 何のための神殿騎士団よ!」
「騎士団は暴動鎮圧に駆り出されてしまい……もう少し情報が早ければ、捜索に回せたのですが」
職員の話を聞き、コルティナは少し考えこむ仕草をした。
そして再び職員に問い詰める。
「ギルドの連絡網はどう? どこか寸断されている場所はない?」
「この混乱ですから、詳しくは。調べてみます」
「急いで。ひょっとしたら、騎士団や教皇の動きを含めて、黒幕に読み切られている可能性があるわ」
「まさか!」
「そのまさかよ。都合が悪すぎると思わない? こちらの打つ手が最悪のタイミングで遅れていく。何か意図を感じるわ」
そうつぶやくコルティナの言葉に、俺はクファルの顔を思い出した。
昨日、クラウドにちょっかいをかけていたが、これも奴の仕業ではないか、と。
そもそも俺に手を出せば、ライエルたちが首を突っ込んでくることは必然だ。
ならば、悪巧みを前倒しにした可能性は、充分に考えられる。
「どうやら、尻尾を掴んだみたいね」
そんな中、コルティナだけがニヤリと笑みを浮かべていたのだった。
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