第438話 鎮圧のために
俺たちはコルティナをに連れられ、南南西区画の第七区に向かっていた。危険な場所ではあるが、俺から目を離すことが怖いというコルティナの意見によるものだ。
実際、クファルの暗躍が疑われる以上、この判断もやむなしだろう。
もっとも俺としては、敗北の汚名を雪ぐ機会と捉えることもできるのだが。
空を見ると数名の冒険者が
個別に動く冒険者ならこれができるのだが、集団で動く騎士団では術者が足りない。フットワークが軽い冒険者ならでは、という手段だ。
「図体がでかい組織ならではの弱点よね。小回りが利かない」
俺と同じく空を見たコルティナが、舌打ちしつつ足を止める。
再び地上に下した視線の先には、騎士団が区画を通り抜ける門で足踏みしている姿が見えた。
数名の市民が逃げるように離れていくのは、どうにか区画を区切る門をくぐることができた者たちだろう。
「まずいね」
「ええ、そうね」
「え、なにがっすか?」
この状況の危険さを察知した俺たちと、理解できないマークたち。
コルティナが言う通り、この状況はあまり芳しいものではない。
半魔人たちが暴動を起こし、それを鎮圧するために騎士団が送られている。だがその先には逃げ出してきた市民がいて、騎士団は身動きが取れなくなっていた。
つまり、市民と騎士団が対立している構図になっている。
任務遂行のため、市民を実力で排するようになるのは、時間の問題に見えた。
そうなればさらに、際限なく、暴動は広がっていく。結果的に、数多くの被害者が生まれることになるだろう。
「ニコルちゃん、
「うん、操魔系だからわたしは相性が悪い。フィニアなら使えるよ」
一芸特化の俺には使えないが、オールラウンダーのフィニアなら、ギリギリ使える難易度の魔法だ。
しかしその彼女は、この場にいない。そしてコルティナも、そのレベルの魔法は修めていなかった。
「一度宿に……いえ、それも難しいわね」
すでに混乱はこの西方区画である九区にも広がりつつある。
ここで一度戻るのも、下手をしたらパニックに巻き込まれる危険性があった。
「マリアがいたら、あの混乱を収めることができるのに。いいわ、私がやってみる。あなたたちは宿に戻ってフィニアちゃんかマリアを連れてきて」
「了解っす!」
このベリトの街では、マリアのカリスマは絶対といっていい。
彼女がここにいれば、行方の知れない教皇に代わって、市民の統制を取れたことだろう。
少数とはいえ戦力を送り込める《飛翔》フライトを使えるフィニアも、いてくれればありがたい。
「あ、待って!」
コルティナは駆け出そうとしたマークたちを制し、ポーチから折りたたんだ紙と、ペン壷を取り出した。
そのまま紙に何か書き殴り、再び四つ折りにしてマークたちに渡す。
「もし宿にライエルとクラウド君がいたら、そのメモを渡して。いなかったら、廃棄してね。絶対よ?」
「え? はい、わかりました」
その意図を読み取れず首を傾げはしたが、コルティナのいうこととなれば、マークたちは拒否できない。
彼の返事を聞いたコルティナは、騎士団の指揮官に代わって指揮を執ろうと、混乱の渦中に飛び込んでいった。
彼女もマリアほどではないが、それなりに知名度のある存在だ。しかし、宗教国家でもあるこの街では、他の街ほどその威名は効果を発揮しないだろう。
おそらくはかなり手こずるはず。それを見越しての指示なのかもしれなかった。
「それじゃ、マーク、ジョン、トニー。宿に戻るよ!」
「ウッス!」
コルティナが飛び込んだことで、軍人である騎士たちは少なくとも統制を取り戻すだろう。
影響力の少ないこの街でも、六英雄の彼女ならそれくらいの権力はあるはずだ。
しかし流れ込む市民に関しては、その影響力は及ばない。そして市民が止まらない限り、騎士団は暴動地域に近寄れない。
彼女の行為は、暴動の拡散を抑える程度の役にしかたたない。
止めるには教皇か、同等以上のカリスマを持つマリアの存在が必要だ。
「マリアが宿にいるかどうかわからないけど……ん?」
そこで俺は足を止めた。
一刻も早く、マリアを連れてくる必要があるのはわかる。それでも止めざるを得ない光景が、目に入ってきたからだ。
細い路地を入ったところで、少数の人だかりができていた。
その足元の隙間から、小さな女の子の姿が一瞬垣間見えた。そしてその足は、盛んに彼女に向かって振り下ろされていた。
「きゃ――かはっ!」
悲鳴が途中で途切れたのは、腹に蹴りが入ったからなのか。どちらにせよ、見てしまったからには見過ごすわけにはいかない。
ここで俺が無駄な時間を使うことで死ぬ人間が増えてしまうとしても、目前の少女を見捨てるわけにはいかなかった。昔から、そういう性分だった。
「三人とも、悪いけど先に行ってマリアを呼んできて」
「え、ニコルは?」
「わたしは彼女を助けてくる!」
三人の返事を待たず、俺は駆け出していた。
この短絡的な思考のおかげで、さんざん窮地に陥ったり、悪名を馳せたりしてしまったことは、充分に理解している。
それでも、これを見過ごすと、俺が俺ではいられないと感じてしまう。
「待て、お前たち!」
「なんだぁ?」
突然割り込んできた俺の声に、少女を囲んでいた男たちが振り返る。そのおかげで俺は、彼女の姿を目に収めることができた。
ボロボロの服を着た、十歳程度の少女。その額には小さな角。間違いなく、半魔人。
取り囲んでいた男たちの服装は、それほど乱れたものではない。おそらくいつもは、勤勉に仕事に励んでいるのだろう。
今回の暴動が半魔人の仕業と聞いた連中が、近くにいた無実な半魔人へとその怒りを向けてしまったのか? こういった混乱の最中では、悲しいかな、よく見られる光景だ。
「その子に何をしている? 見たところ、まだ幼い子供じゃない」
「だが半魔人だ! あの南の騒動だって半魔人が起こしてる。こいつが仲間じゃないって保証はないだろう」
「仲間だって保証もないでしょう。それに……まだ子供じゃない」
俺は左足を一歩前に踏み出しておく。
そうすることで、腰に差したカタナが彼らの目に入るはずだ。
一般市民である彼らは、武装しているわけではない。いや、まったくしていないわけではなく、麺棒やモップなどという日用品を手に持ってはいた。
しかしそれは、殺傷のために鍛え上げられたカタナとは、威圧感が違う。
ちらり、と彼らの視線が俺の腰に集中したタイミングで鞘に手をやり、親指で鯉口を切る。
気圧されて一歩退く姿に、わずかな隙間から覗いた刀身が彼らの視界に入ったのが理解できた。
「し、しかしよぅ……」
「しかし、なに?」
「いや……」
今度は右腕を軽く柄に乗せ、ゆっくりと握り込む。それでいつでも抜ける体勢が整った。
それは俺に気圧されている男たちにも伝わったはずだ。もっとも左足が前のため、抜き打ちをするには不向きではある。
もちろん俺もそんなことは承知しているが、一般市民相手にカタナを抜くなんて真似は、考えていない。
「くっ、この西区で暴動が起きたら、お前のせいだからな!」
「おい、待ってくれよ!?」
緊迫感に耐え切れず、一人の男がそう吐き捨ててその場から立ち去ろうとした。
それを見て他の男も、一斉にその場から逃げ出していった。
俺は彼らが立ち去るのを確認してから緊張を解き、少女の元に駆け寄っていったのだった。
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