第439話 協力者

 さいわいというか、少女の怪我はそれほど大きなものではなかった。

 しかし幼い身体を大の大人に殴打されたのだ、どんな後遺症が残るかわからない。

 俺は彼女に近付き、治癒魔法を施す。


赤丹あかにの一、群青の一、山吹の一、傷付きし勇者に休息を――治癒眠コンフォート


 この魔法は干渉系魔法の中でも最高位に位置する回復魔法だ。もっとも二種類しかないので、最高位もクソもないのだが。

 回復ヒールを超える回復力を発揮するのだが、同時に睡眠状態に陥ってしまうという難点がある。

 戦闘では、あまり使い勝手がいい魔法とは言えない。

 しかしこういう非戦闘時では、かなり役に立つ魔法でもある。


 少女は俺が魔法を使用したと知り、最初は身体を硬直させていたが、すぐに眠りに落ちていった。

 目立った傷もすべて消えたため、心配することはないだろう。

 だからといって、この場に放置するなんて真似はできない。そんなことをすれば、また別の一般人に虐待されてしまう可能性がある。


「さて、誰かに預けたいところだが……」


 それも群衆に囲まれても、護り切れる存在に。

 だがそんな都合のいい存在は……


「あ、いたな。そういえば」


 ここは西区だ。宿まではしばらくかかってしまうが、別の場所ならそれほど遠くない。

 例えば、あの白い神の道具屋とか。


「白いのか、もしくはバーさんと名乗ったあの少年なら大丈夫だろう」


 それどころか、俺を南南西の七区まで運んでくれるかもしれない。

 それに、彼女がこの有様ということは、クラウドだって危険が迫っているかもしれなかった。

 もっとも、クラウド自身ももはや一流といっていい技量があるし、ミシェルちゃんもついている。

 よほどのことがない限り、危険なことはないはずだ。


「とにかく、この子を護らないとな」


 俺はそう呟くと少女を担ぎ上げ、そのまま路地裏を風のように駆け抜けていったのだった。





 しばらく走ると、半ば木の根に押し潰されたような特徴的なシルエットが目に入ってくる。

 休業中という札がかかっていたが、俺は委細構わずドアに蹴りを入れた。


「いったぁ!?」


 しかし足に返ってきた衝撃は、俺の予想をはるかに超えた頑丈さだった。

 まるで鉄にでもけりを入れたような衝撃に、思わずしゃがみ込んでしまう。

 そのままへたり込みたかったが、少女を抱えたままあまり長居はできない。殺意を漲らせた一般人に目を付けられると、さらなる面倒が巻き起こるからだ。

 足を抱えながらも解錠道具を取り出し、鍵を外そうとした。

 今世でも一応斥候職を務めているので、こういった道具は持ち歩いている。

 だが、鍵を外すよりも先に、内からドアが開かれた。


「いらっしゃい。でもまだ開いてないよ?」


 飄々とそう口にしたのは、バーさんと名乗った少年だった。

 俺は周囲に人の目がないのを確認してから、少女の角をバーさんに見える形で抱きなおす。


「半魔人、かな」

「暴動の話は聞いているか?」

「ああ、誰にも聞いてないけど、『知ってる』よ」


 話を聞いていないのに知っているとは……と思ったが、あの白い神の知り合いなら、何でもありだろう。

 自分を、そう無理矢理納得させて、事情を話そうとした。


「この子は……」

「半魔人だから余計なトラブルに巻き込まれたってところかな? ずっと預かるわけにはいかないけど、騒動が収まるくらいまでなら、店の中に匿ってもいいよ」

「……話が早くて助かるよ」


 しかしバーさんは俺が話すより先にそれを悟り、先回りして了解の意を返してくる。

 こっちとしても話が早いのは助かるのだが、それはそれで得体が知れず、気持ちが悪い。


 だが今は一刻を争う状態だ。ここで意味のない口論はすべきではない。

 俺はついでに七区への転移もできないか、聞いてみる。迷宮内に転移できたくらいなのだから、実力的には可能なはずだ。

 バーさんは、それをこともなげに了解して見せた。


「まあ、かまわないかな、それくらいなら」

「本当に助かる。この礼はいつか返すよ。前のも含めてね」

「女の子のお礼とか、ちょっとワクワクしてくるね」

「変な意味じゃないからな!」

「『なんでもするから!』とかいってくれないの?」

「いうか!?」


 俺の叫びを無視して、軽快に指を鳴らすバーさん。その直後、少女の姿が掻き消えた。


「お、おい……」

「大丈夫。この店の地下室に転移させただけさ。鍵もかかっている部屋だから、外からも中からも出られない」

「おいおい?」


 俺の不安の声も無理はない。中からも出られないなんて監禁も同意だ。そんな場所に子供一人押し込めて、大丈夫かと思ってしまう。


「地下は個室になっていてね。さすがに風呂はないけど、蛇口とかトイレもついてるから、困ることはないはずだよ」

「食事はどうなんだよ?」

「この家は世界樹に半ば埋もれる形で立っているからね。蛇口は直接世界樹の根からとっている。そこから出てくるのは世界樹の樹液。空腹程度ならいくらでもごまかせるさ」


 さらっとトンデモナイことを口走りやがったが、今は流しておく。

 とにかくまずはクラウドたちの安否を確認しておきたい。


「白いのはいるのか?」

「旦那と今は別の場所に向かったよ。南方の地脈の封印を固めに行くんだとか」

「南方……アス、いやハスタールの住処だった場所か」

「そんな感じだったかな? 魔法はユーリの方が得意だから」


 破戒神ユーリは魔道具の中興の祖でもあると同時に、魔法でも名を馳せている。

 西のデンの住処を封じたところを見ると、同じく地脈のハスタールの住処にも、なにか細工が必要になったのかもしれない。


「ならクラウドの元に飛ばしてもらえないか?」

「ふむ……クラウド君だっけ? 悪いけどその子の顔は僕は知らないんだ。だから君を送ることはできない」

「くっ、まあそこはしかたないか」


 さすがに、何でもかんでも可能というわけではないか。

 まあ、奴の腕なら万が一ということもないだろう。ならば別の方面から安全を確保した方がいい。


「じゃあ七区に飛ばしてもらえるか?」

「七区に? ひょっとして暴動を止めるつもり?」

「悪いか?」

「うーん、できないとはいわないけど……君一人じゃ、荷が重くないかい?」

「それでも、暴動を止めないと罪もない人たちが傷ついてしまう。それを見過ごすなんてできないし、何よりコルティナが向かっているんだ。心配するなという方が無理だろう」


 暴動によって被害を受けている一般人はもちろん、そして暴動に乗せられているだけの半魔人もいるはずだ。

 クファルがクラウドに声をかけていたのは、おそらくそのための戦力集めだったのだろう。

 成り行きで俺を傷つけたことで、ライエルたちがこの街にくる可能性に思い至り、少数で強行しているかもしれない。

 そうなると、口車に乗せられただけの半魔人たちは、一般人や騎士団によって皆殺しになってしまう。

 そんな事態は、できれば避けたい。

 俺の想いを察したのか、バーさんは小さく頷いた。


「ま、いいでしょ。少しだけ手を貸してあげるよ」


 そういうと再び指を鳴らす。

 それだけで俺の視界は突然明るくなり、屋外に転移したことを悟った。


 転移場所は民家の屋根の上。

 そして眼下には、半魔人たちが一般人と争っていたのだった。

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