第436話 争奪戦

「コルティナ、わたしが一緒に行こうか?」

「ニコルちゃんは怪我が治ったばかりなんだから、無茶はさせられないわ。今回はお留守番してて」


 コルティナはライエルやクラウドとも協力関係を取らなかったため、戦闘に関して不安がある。

 だから俺が一緒に行動しようとしたのだが、彼女に丁重に断られてしまった。

 立ち上がって俺に近付き、俺の頭を優しく撫でてくる。


「大丈夫、私は自分の力をわきまえているわ。ニコルちゃんみたいに無茶はしないから、心配しないで」

「ぐぬ、そこでわたしを引き合いに出すのは、ずるい」

「でも今回は、それくらい心配かけたんだから反省してもらわないと。そうね、まずは冒険者ギルドで人材集めかしら。マーク君にも手伝ってもらおう」

「マークたちかぁ……」


 コルティナは指折り戦力を考えているが、正直マークではクファルの相手は心許ない。

 分体操作なんて能力を持っているんだ。他にも厄介な能力を持っている可能性がある。


「あと、ミシェルちゃんも借りるかもしれないから」

「うん、いいよ! わたしも全力で協力するから!」


 勢い込んで安請け合いするミシェルちゃんだが、確かに彼女ならば、クファルの相手は最適かもしれない。

 核さえ剥き出しにすれば、安全圏から的確にそこを射抜いてくれるのだから。

 問題は奴が真の意味で神出鬼没であることだ。

 ミシェルちゃんも狩人としてはかなり鋭敏な感覚を持っているが、奴が相手となると、それでも物足りない。


「ま、待ってくれよ。ミシェルは俺が一緒に行動してもらおうと思ってたんだ!」

「なに、クラウド君。復讐を女の子にゆだねる気?」

「それはそれ、これはこれだから!」


 コルティナの話を聞いていきり立ったのは、六英雄に勝負を挑んだクラウドである。

 クラウドの戦闘スタイルは守りに偏ったものだ。つまり、コルティナと同じく、攻め手に欠ける。

 仲間でも随一の攻撃力を誇るミシェルちゃんの腕は、是が非でも欲しいところだろう。


「そんなこといわれても、私も彼女の腕は欲しいのよ?」

「俺だって当てにしてたんだから!」

「なんだ、コルティナ、クラウド。もうトラブルか? リタイヤしてもいいんだぞ」

「誰が!」


 そんな二人をニヤニヤとイヤらしい視線で眺めるライエル。

 人類最強クラスの攻撃力を持つ奴は、実に余裕綽々だ。しかもマリアまでついてくるのだから、万全の体制といっていい。

 そこで俺は、ふと思い出した。


「そういえばフィーナは?」

「置いてきたわ。留守は通いの家政婦さんが見てくれているから、安心して」

「それに村の警備隊を監視に着けている。下手な手出しはできないさ」

「ニコルが大怪我するような危険な場所に連れて来れるわけないじゃない」


 マリアの主張も、もっともだ。俺が怪我するほどの敵がいる場所に、フィーナという弱点を抱えてやってくるはずがない。

 それに村の警備隊も、結構実戦を重ねているのでツワモノ揃いだ。彼らが守ってくれるなら、安心できるだろう。


「とにかく、クラウド君? ここは男らしくレディに譲りなさい!」

「何がレディだよ、こればっかりは引けないからな!」

「やめて、わたしのために争わないでー」


 真剣な表情で言いあう二人を差し置いて、ミシェルちゃんはなんだか楽しそうだ。

 彼女からしてみれば、どっちについても俺の復讐は果たせるし、必要とされていると実感できてうれしいのだろう。


「いや、そもそも『わたしのために』ってセリフはわたしがいうことじゃないかなぁ?」

「ニコルちゃん、硬いこと言いっこなしよ」


 その言い回しも、どこで覚えてきたんだか。

 結局、熾烈なジャンケンの結果クラウドが勝利し、コルティナを大層悔しがらせたのだった。


「では、話も終わったようだし、わたしたちはこれで」

「その前に、これを受け取っておけ」


 そういって席を立ったのは、今まで黙っていた白いのだ。

 同時にアスト――ハスタール神が俺に一枚の布を差し出してくる。

 鈍い光沢をもつ黒い布で、初めて見る材質である。いや、俺の手甲に少し似ているか?


「これは?」

「ミスリル糸で織ったマントだ。もっともそれだと重くなるので、多少工夫はしてあるがな」

「工夫?」

「ああ。本来は防水の役に立てばと思ったのだが、性質上、スライムの侵蝕にも耐えられるはずだ」


 自信満々にそう告げるハスタール。

 そういえば、かつてこいつの住処に行ったとき、例のヒュージクロウラーの糸を粘液状に変える実験をしていたっけ?

 その技術を使ってマントを作ったということか。


「ありがたい。今度は後れを取らないから」

「そうしてもらいたいものだな」


 不愛想にそう告げ、神々は部屋を出ていった。


「じゃあ俺たちも行くとするか」

「ニコルも無理しちゃだめよ」

「うん」


 続いてライエルとマリアも席を立つ。フィニアは食器を片付け、厨房へ運んでいった。

 今回は彼女の戦力は話題に上がらなかったが、それは彼女が弱いというわけではない。

 スライム相手の戦闘では、彼女は相性が悪いと判断されたからだ。

 フィニアは防具は最小限で、振動する槍を使って戦う。そのスタイルでは攻撃を受ける可能性が高い。

 そのため彼女が傷つくことを恐れて、誰も彼女を戦場に出すまいと判断したのだ。


 クラウドも自分の部屋に戻っていく。ミシェルちゃんも。

 こうしてクファル討伐隊はそれぞれ活動し始めたのだった。

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