第435話 クファル包囲網

 眼帯を着けて身支度を整え、俺は両親の元へ向かうことにした。

 俺の怪我の報を受け、遥々はるばる北部の村からやってきてくれたのだから、感謝の言葉もない。

 せめて元気な姿を見せて、安心させねばなるまい。


「おはよう、母さん、父さん」


 両親が取った向かいの部屋に入り、とりあえず挨拶をする。

 室内では、そわそわとうろつきまわる二人と、それをなだめるハスタールの姿があった。

 マリアとライエルは、入ってきた俺の姿を見て一瞬固まり、それかた猛烈な勢いで抱き着いてきた。

 俺はマリアの抱擁を受け入れ、ライエルの顔面に蹴りを入れて突き放しておく。


「ニコル、元気になったのね!」

「うん。心配かけたね、母さん」

「待てニコル、この仕打ちは納得できん! 俺にも抱擁を! 父と娘の感動の抱擁を要求する!」


 俺に顔面を足裏で押さえられ、それ以上近付くことができずにいるライエルが悲痛な声を上げる。

 しかしそれはそれ、これはこれである。病み上がりとはいえ、男に抱きすくめられるのは勘弁願いたい。ライエルには悪いと思うが。


「そんなことより、その眼帯は? 片目の視力は戻らなかったの?」

「ううん。余計な能力が付いちゃったらしくて、それを抑えるための物なんだって」

「そう、ならよかった」

「よくない! マリアもそんなこととはなんだ、俺だってニコルをハグしたい! 全力で!」

「死ぬからやめてあげなさい」


 ライエルの主張を一言で切って捨てるマリア。やはり彼女の方が一枚上手と見るべきか、奴が尻に敷かれているとみるべきか。

 とはいえ、さすがにかわいそうなので、マリアの抱擁を解いてからライエルの頭を下げさせ、軽く抱きしめてやる。

 マリアの豊満な肢体に包まれるのは気持ちよかったが、さすがにいつまでもその感触に溺れるわけにはいかない。


「父さんも。心配かけたね」

「ああ、ニコル……もう大丈夫なんだな?」

「うん。そこの白いのは魔術に関してなら、マクスウェルに勝るとも劣らない達人だから」

「そうか、よかった……本当によかった!」


 俺の背にたくましい腕を回し、しっかりと抱き返してくる。

 胸元に湿った感触がしたので、おそらくは涙を流しているのだろう。震える言葉がそれを如実に証明している。


「あー、感動の抱擁の最中に悪いが、その眼帯の調子はどうだ?」

「ああ、うん。意外と悪くない。しっかりとフィットしてるから激しく動いてもずれなさそう。視界が制限されるのが難点だけど」

「視界の制限は修行の一環だとでも思え。頭痛や眩暈めまいはないな? 視神経に負担を感じているなどはあるか?」

「いや、問題ない。普通に眼帯付けてるのと変わらない」

「そうか。祝福ギフトを封じているわけだから、負担があるかもしれない。何か感じたら即連絡をよこせ。マクスウェルなら俺の家まですぐ跳んでこれるだろう」

「お……っと、今ではわたしも転移魔法を使えるんだよ」


 うっかり『俺』と言ってしまいそうになったが、ここにはマリアもライエルもいる。その言葉遣いはさすがにまずい。


「眩暈や頭痛で飛べない場合もある。無理はするなといっている」

「そっか、わかった」

「ライエル様、マリア様。朝食をお持ちしました」


 俺が一つ頷いたとき、フィニアが朝食のトレイを持って部屋に入ってきた。

 持ってきたといっても、彼女が作ったわけではない。

 ここは宿なので、彼女が許可なく厨房を使うことはできないからだ。

 おそらく宿の者に伝えて、用意してもらった食事を持ってきてくれたのだ。

 ついでにライエルとマリアの名前を読んではいるが、朝食は全員分用意している。その辺はフィニアに抜かりはない。


「ありがとう、フィニア。相変わらず気が利くわね」

「いえ、そんな」


 少し恥じらいながらも、てきぱきと室内のテーブルに食事を配膳していく。

 フィニアにとってみれば、ライエルたちに会うのも久しぶりのことだ。そこで褒められて、照れ臭く感じているのだろう。


「それより話してくれる? 誰が、どうやって、どうして、あなたがこんな怪我を負わねばならなかったのか」


 マリアの主張ももっともだ。

 それにクファルに関しては、俺も話しておかねばならないと思っている。

 ことは俺だけではなく、コルティナにも及んでいるからだ。

 奴は三年前、明確にコルティナを狙って動いていた。コルティナより前に俺と出会っていたから難を逃れたものの、そうでなかったらと思うと背筋が凍る。


 それに今はミシェルちゃんやフィニアだっている。

 彼女たちを狙われると、さすがに俺一人では守り切れない。


 それに核から離れても行動できる分体の存在。あれで不意を打たれれば、ライエルだって危ないだろう。

 こいつは俺と違って、回避はあまり得意ではない。その打たれ強さを活かした前線維持が、奴の真骨頂なのだから。


 皆に聞かせる必要性があるため、俺はミシェルちゃんたちが起き出してから話すと前置き、彼女たちを起こしに回った。

 そして起き出してきた皆の前で、俺は何があったのかを語った。

 奴がディジーズスライムであること。核を離れた分体を操れること。かつてコルティナを狙い、そして今度はクラウドに接触してきたことなど。

 俺の情報は省き、話せる限りの情報を提供した。


「そいつがニコルにあんな怪我を……」


 ギリリと音がするほど歯を食いしばるライエル。

 マリアはいつもの柔らかな笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

 だが、それよりも――


「ライエル、そいつの始末は私が先に着けるわ。これだけは譲れない」


 コルティナが珍しく殺気を漲らせて、そう主張する。しかしライエルはこれに反論した。


「俺の娘だ、譲れんよ」

「なら早い者勝ちね」

「その勝負、受けてやろう」


 殺意を漲らせる三人に、驚くべきことにクラウドが口をはさんだ。


「ライエル師匠、悪いけど――誰よりも先に俺が倒すよ」

「なに?」

「あいつは俺を狙って、そして俺の仲間を傷つけた。これは許されることじゃない」


 本気の殺意を抑えきれないクラウドに、ライエルはしばし瞠目する。

 それはすでに、彼の弟子だったころの顔ではない。


「いいだろう。ならお前も、俺の競争相手だ」

「負けないからな!」


 突き出したライエルの拳に、自分の拳をぶつけるクラウド。

 こうしてクファルは、敵に回してはいけない連中を敵に回したのだった。

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