第348話 卒業後の進路

 マクスウェルの手によってエリクサーのかけらが配られた翌日、俺は彼の屋敷に呼び出されていた。

 いや、俺だけではない。ライエルにマリア、コルティナは元より、ミシェルちゃんとその両親、レティーナと両親、さらにはクラウドと彼の住む孤児院のシスターまで呼び出している。

 これだけの大所帯での話し合いになるからこそ、マクスウェルの広い屋敷が選ばれたとも言えよう。


「さて、今日お越しいただいたのは他でもない」


 場所を提供しただけあって、マクスウェルがまず口火を切る。

 さすがにいつもの居間では狭く感じるので、今日は広いテーブルのある食堂を利用している。

 ここは来客を歓待するため、かなり大きく作られており、この人数が一堂に介しても全く問題がない広さを持っていた。


「実は先に妙な男が現れおってな――」


 一転して、いつものフランクな口調に戻る。これは慣れないクラウドやミシェルちゃんに対する気遣いなのだろう。

 もちろん、その保護者達も緊張しまくっていた。今にも心臓が口から飛び出さんばかりの形相だ。逆に少し怖い。


「妙、と申しますと?」


 彼らとは逆にこういう状況に慣れているのか、レティーナの父親――ヨーウィ侯爵が尋ね返す。

 今回彼らに話すのは、やはりクファルのことだ。

 俺たちの間では判別するための方法が確立されたが、奴が変装できるのは俺たちだけとは限らない、

 むしろ無防備な周囲の人間ほど、警戒が必要になるはずだ。

 そのためには今回決めた判別方法を周知しておく必要がある。それを知らせるために、皆に集まってもらっていた。


「ああ、ワシらに化けて悪さを企む輩が現れおったのじゃ」

「なんと!?」


 六英雄に変装する。そういった輩は、邪竜退治直後はわりと頻繁に現れていた。

 当時はまだ顔が広まっていなかったので、俺たちを名乗るだけで、各所でサービスしてもらえる。

 それ目当てに詐欺を働く小悪党が大量に発生した経験がある。

 しかし結局は俺たちの能力を真似しきるまではできず、やがては看破され、重罪に処されていった。

 今ではもう、そんな輩は存在しないといっていい。


「それは……不敬ですわね。世界を救った方に化けて悪事を企むなど……」


 クラウドの保護者のシスターが、手を組んで神に祈りの言葉を捧げている。その姿は実に堂に入っていて、神聖さすら漂わせていた。


「まあ、そんなわけでワシらを判別するために、この匂い袋を持つことにしてな。これがない六英雄は偽物と思ってくれて構わんぞ」

「非常に強く、そして変わった香りですが……不快ではありませんね。まるで森の中にいるみたいな?」

「なんの匂いかは企業秘密じゃ。ネタがばれては真似される可能性もあるでな」


 マクスウェルはそう言っているが、実際は公表できないほどレアな品だからでもある。

 伝説の霊薬のかけらが入っているとか、世界樹教徒に知られたら聖遺物として没収される可能性すらある。

 無鉄砲が売りな俺だが、世界樹教徒と、ことさらトラブルを起こしたいわけではない。


「ふむ、事情は承知いたしました。確かにマクスウェル様の姿で近付かれたら、油断してしまいますからな」


 少しおどけた様子でヨーウィ侯爵が了承する。

 その道化染みた仕草に、ミシェルちゃんの両親やシスターは少し肩から力が抜けたようだった。

 この侯爵、人がいいだけでなく、なかなか場の空気を掴む能力もあるらしい。


「それと今回集まってもらったのはもう一つある」

「まだなにかあるんですか? というか、それが本題のようですね。偽物騒動以上の話題となると、少し腰が引けてしまいますな」

「まあ、直接関係があるという面では、そうかもしれんの」


 そこでマクスウェルは、ミシェルちゃんの処遇について口にした。

 冒険者支援学園を卒業後、この街を出た方がいいこと。自分の庇護も限界に達していることなどだ。


「さすがに前回の大活躍が……活躍し過ぎたというべきなのかしら。ちょっと抑えきれない連中も出てき始めているのよ」

「抑えきれないって……?」

「貴族がね。ミシェルちゃんを配下にって」

「それって、戦争に連れていかれるってことですか?」

「その可能性も、充分にあるわ」

「そんなの、ヤダ!」


 コルティナの説明を聞き、ミシェルちゃんは立ち上がって異論を唱えた。

 その口調は、一般市民が六英雄に向かってしていいモノではないほど、荒い。

 彼女の両親は蒼白になって肩を押さえているが、それでも彼女の言葉は止まらなかった。


「あの時だって、ニコルちゃんが心配だったから、必死で撃ってただけなんだよ? それに神様の力も借りたし」

「でも、それを理解しない連中もいるのよ。特にリッテンバーグ家とかね」

「マクスウェル様でも抑えられないんですか?」

「ワシとリッテンバーグ家では、家格はそう変わらんのじゃ。ワシは貴族位を捨てた元王族。奴らは王弟の血縁じゃったが、過去になんぞ問題を起こして侯爵に下げられておる」

「その問題って何よ?」

「それはワシもわからんのじゃ。何せまだ若造だったころの話じゃからなぁ」


 コルティナの問いにマクスウェルは肩を竦めて答えて見せる。

 しかしマクスウェルが若造の時代というと、何百年も前の話になるぞ……


「そんなわけで、立場的にはワシと同じ。ワシは引退した身じゃが六英雄であることを加味して、差し引きゼロじゃ。そして相手は現役の侯爵。血筋的には……」

「爵位は同じでも、私どもヨーウィ家より上ということになりますね」

「正直言うと、ワシとしても心苦しい限りなんじゃよ。じゃから永遠にとは言わん。数年でいいから街を離れほとぼりを冷ましてきて欲しいのじゃ」

「数年って……どれくらいですか?」

「四、五年かのぅ」

「そんなに――!」

「なに、そこで妥協案はもちろん考えておる」


 そこでマクスウェルは指を立てた。

 いつもの得意げな調子で、持論を展開していく。


「まずミシェル嬢には、ワシの知人の冒険者の宿を根城にしてもらう。そこはこのラウムの勢力圏外になるはずじゃ」

「知人ですか?」

「おう、ガドルスが宿の二号店を開店させたそうに言ってたからな。それを子飼いの貴族の城下町に作ってもらうんじゃ」

「でも、一人だけなんて、寂しいよ」

「それならだいじょうぶ。わたしも一緒に行くから」

「え、ニコルちゃん……?」

「親友じゃない。今度はわたしが付き合ってあげる。問題は……」


 そこで俺は仲間の方に視線を向けた。

 レティーナとクラウド。この二人がどう判断するか、俺にはまだわからないのだ。

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