第349話 それぞれの行き先
視線を向けられたクラウドは、一瞬悩む仕草を見せたが、力強く頷いて見せた。
横に控えているシスターは、なんとも言えない表情でそんなクラウドを見つめている。
「俺は一緒に行くよ。どうせ来年には院を出ないといけない年齢だったし」
「本当にいいの? 何年か帰ってこれないんだよ?」
「ああ、この間の戦いでよくわかった。俺はまだ全然力が足りない。もっと経験を積まなきゃ」
「クラウドが来てくれるのは、すごく心強いよ」
俺は手を組み合わせて、クラウドを見つめる。その熱っぽい視線を受け、クラウドは顔を真っ赤にして目を逸らした。
おっと、うっかり淑女モードのスイッチが入ってしまったか。
「クラウド、わかっていると思うがニコルに手を出したら……」
「そんな恐ろしい真似しないって!」
「なんだと、俺の娘が可愛くないとでもいうつもりか!」
「どう答えろと!?」
そんな照れた仕草を見せたクラウドに、ライエルは容赦なく噛みついていた。
理不尽な言いがかりに困惑するクラウドだが、こいつが絡まれるのはいつものことだ。
とにかく、クラウドの了解は得た。だがレティーナの表情は晴れないままだ。
それもそのはず、彼女はやはり侯爵令嬢なのだ。
しかもヨーウィ侯爵には他に子がいない。それは、彼女の婿が侯爵の跡取りになるというわけである。
そんな大事な身の上なのだから、街を離れるわけにはいかない。
「わたしは……無理ですわ。侯爵家を継ぐ役目もありますもの」
絞り出すように、声を紡ぐレティーナ。
その答えに、侯爵もその妻も、安堵したような息を漏らした。
もし彼女が一緒に行くと言った場合、侯爵は当然それに反対せねばならない。
しかしその相手は俺とミシェルちゃん、すなわち六英雄に連なるものたちだ。
下手なことを口にすれば、彼らの立場が悪くなる可能性もあった。レティーナとしても、そこを汲んでの返答なのだろう。
「まあ、そう答えざるを得んじゃろうな」
「本当は……本当はわたしも一緒に行きたいんですのよ! でも――」
「わかってるよ、レティーナ。立場も、気持ちも」
「でも……」
「でも、レティーナちゃんが友達だってことには、変わりないでしょ。ラウムに戻ってこれたら、遊びに行ってもいいよね?」
ミシェルちゃんの言葉に、レティーナの涙腺はついに決壊した。
ボロボロと涙を流し、席を立ってミシェルちゃんに抱き着く。
そして堪えきれなくなったのか、声を上げて号泣しだした。
「きっとよ? 絶対遊びに来てね? わたし、歓迎するから!」
「うん、うん……!」
ミシェルちゃんも影響を受けたのか、涙を流し始めていた。
彼女とて、好んで街を離れるわけではない。
二人の友情に、一同は微笑ましい気持ちでその抱擁を見つめていた。
そこへ一人、おずおずと手を上げる者がいた。
「あの……」
「ん、なんじゃ、フィニア嬢?」
「私もニコル様にご一緒して構わないでしょうか?」
その言葉に、ライエルとマリアは顔を見合わせた。なんだ、その『わすれてた』って表情は。
やがてマリアがパンと手を叩いて、目を輝かせた。
「そうね、ニコルはいつ倒れるかわからないんだし、世話する人も必要よね!」
「いや、もうそんなに倒れないから」
「でも川には落ちてるし?」
「うぐっ!」
確かに同性の同行者がミシェルちゃん一人というのは、少々どころではないほど心細い。
ミシェルちゃんは良くも悪くも純真で、人を疑うことを知らないため、『アメちゃんあげるからついておいで?』とか言われたら、ホイホイついていきそうなのだ。
俺一人では、正直監視しきれる自信はない。
だがフィニアが一緒にいてくれるなら、二人掛かりで手綱を持つことができる。
「まあ、確かに。それにクラウドのセクハラを見張る人も必要だし?」
「したくてしてるわけじゃねぇ!」
「ほほぅ……貴様、うちの娘にセクハラぶっかましただと?」
「ライエル師匠、それは誤解です!」
「どれ、茶飲み話に一つ詳しく」
「マクスウェル様まで! 勘弁してくださいよ?」
クラウドに迫るライエルに、マリアが背後から忍び寄り、その首筋に軽く指を添えた。
その瞬間、雷系の魔法でも喰らったかのように、ライエルの身体が硬直する。
「ぴぎゃぁ!?」
「あなた、そのくらいにしなさい。今は大事なお話の最中よ?」
「あががががっががががが」
やがて力が抜けたように、椅子に崩れ落ちる。
その様子を、何か見てはいけない物を見てしまったかのような表情で見つめる一般人一同。
あれは多分、痛覚を直接刺激するツボとか、そんな感じのモノを押したに違いない。
「それでマクスウェル。その二号店って、どこなのかしら? 正直、よっぽど力がないところじゃないと、リッテンバーグさんの手は伸びてくると思うのだけど?」
「そ、そこに関しては安心してくれていいぞ。なにせ一度厳密に監査を入れた場所じゃからな」
マリアの所業に、マクスウェルもやや腰の引けた状態で答えを返す。
だが、次の言葉は胸を張って送り出していた。
「その場所はストラ領。ワシら自ら監査した、あの辺境の領地じゃ」
マクスウェルが提示した場所、それはドノバン・ストラ=サルワが領主となった、ある意味因縁の土地だったのだ。
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