第350話 成長の証

 レティーナとは卒業後は別れなければならない。その事実はもはや、変えようがない。

 だからこそ俺たちは、それから毎日のように狩りに出て、できる限り一緒にいるようになった。

 卒業まであと半年を切っている。残りはおおよそ五か月。その間、できる限り一緒に冒険して、思い出を作ろうと奔走していた。


 その日も俺たちは森に出て薬草を集めつつ獲物を狩って、冒険を楽しんでいた。

 いや、この程度では冒険と呼ぶのもおこがましいだろう。だがレティーナはそれを楽しんでくれている。

 本来侯爵令嬢の彼女が、こうして平民である俺たちと森に出ることなど、許されない行為だ。

 だが俺の立場とヨーウィ侯爵の寛大さが、それをさせてくれている。

 その点に関しては、侯爵に感謝してもしきれない。


 そんな感慨にふけっていたからだろうか、俺の探索の目が少し雑になってしまった。

 しかし、それをミシェルちゃんがしっかりと補ってくれる。

 このパーティも充分機能するようになっていた。


「あ、ニコルちゃん。そっちでなんか動いた!」

「え、あ、ホントだ」

「見逃すなんて珍しいね?」

「うん、ちょっと考え事」

「レティーナちゃんのこと?」

「……うん」


 小声でやり取りしながらも、ミシェルちゃんは弓を構え、俺はカタナを抜いて攻撃に備える。

 背後ではレティーナも杖を構えて警戒しながら、俺に答えを返してきた。


「やめてくださいまし。せっかくこうしてみんなで楽しんでいるのですから、そう言うのは忘れたいですわ」

「いや、ヨーウィ侯爵には感謝しないとってね」

「それはわたしも重々承知しておりますの。この時間はお父様が与えてくださった猶予なのだと――来ましたわよ!」


 レティーナの警戒の言葉と同時に、草むらから大きめのイノシシが飛び出してくる。

 これはただの猛獣で、平時ならば警戒するほどの相手ではない。

 それでも成体で大人と同じくらいの体重を持った突進は、危険な武器となり得る。

 だが、頭を下げて低く突進してきたイノシシを、クラウドが盾で難なく受け止めて見せた。


「ナイス、クラウド!」


 勢いに押され、右足を滑らせながらもイノシシを抑え込んだクラウド。その安定感は一線級の戦士と比べても引けは取るまい。

 こいつも成長したものだと、感心する。

 しかも抑え込んだイノシシの頭に、剣の柄で一撃入れることまでしていた。

 ゴンという重い音が響いてきたため、結構なダメージを与えたかもしれない。

 刃ではなく柄を使用したのは、距離が近すぎたからだ。この辺りの応用力も成長の証である。


 突進を受け止められたイノシシはその打撃を受け、一瞬怯んで動きを止めている。

 その足元へ向かって、レティーナの火弾ファイアボルトが飛んでいく。

 ギフト持ちでない彼女は魔法の攻撃力もそれほど高くない。いや、年齢から見れば充分な威力ではあるのだが、このパーティにはミシェルちゃんという驚異的な攻撃手アタッカーがいるのだ。

 それを理解した上で足止めに徹する彼女の判断力も、クラウドと同じく成長した証拠と言える。


 火弾ファイアボルトが足を焼き、イノシシは後ろ足の膝をつく。

 そこへ俺が突進し、首筋に一太刀叩き込んだ。

 突進を支えるイノシシの首周りの筋肉は分厚く、俺が斬りつけた程度では大したダメージにならない。

 もちろん糸の強化と強化付与エンチャントを併用すればその限りではないのだが、先手を取られ突撃されたのだから、この対応も致し方ない。


「プギィ!」


 悲鳴を上げて頭を振り、俺を振り払おうとするイノシシ。

 それを飛び退いて躱そうとしたが、ここで足元に草が絡んで一瞬行動が遅れた。

 直撃しそうになるところを仰け反ってかろうじて受け流す。

 しかし完全に避けるまでは行かず、鼻先が俺の胸部を掠めていった。


 幸い胸は革鎧で守られていたため、怪我をするには至らなかったが、バランスを崩して独楽のように回りながら倒れ込んでしまう。

 俺は敢えてその勢いを殺さず、地面と平行に回るように動いて勢いを逃す。

 俺が跳ね飛ばされたように見えたのか、ミシェルちゃんが息を飲む気配が伝わってきたが、それでも攻撃の手を緩めるほど、彼女も甘くない。

 横に振り払ったイノシシの首筋に一矢、間髪入れず撃ち込むことで追撃を防ぐ。


 立て続けの打撃によろめくイノシシ。

 ふらつき距離が離れたところでクラウドがさらに突きを放つ。

 俺の斬撃と違い、充分に体重の乗ったクラウドの一撃は、イノシシをひるませるに足る威力を持っていた。


 立て続けの攻撃の勢いに押され、イノシシは横倒しに倒れ込む。

 この手の動物は一度倒れてしまうと、立ち上がるのに非常に時間がかかる。

 さらにこちらには、その隙を見逃さない優秀な狙撃手がいた。


 倒れ込み、もがこうとしたイノシシの喉に一本の矢が音もなく突き立つ。

 ストッと、まるでその場に生えたように……突然矢が現れたようにすら見えた。


「うわ――」


 俺は思わず感嘆の声を漏らした。

 この一撃は、言うまでもなくミシェルちゃんの物だ。しかしその殺傷力や精度が以前とは桁違いだ。

 以前は正確な攻撃を高威力で叩き込む、正確だが荒々しいとも言える射撃だったが、この一撃はそれらとはまるで質が違う。


 例えるならば、敵の喉元に刃を滑り込ませた時の感覚に似ている。

 この凄まじさを感じ取れているのはどうやら俺だけらしく、レティーナもクラウドも、特に反応はしていなかった。


 喉への一撃を受け、出血が肺に流れ込むようになったのか、イノシシはそこから再び立ち上がることなく、痙攣して息絶えた。

 そこでようやく、ミシェルちゃんが『ふぅ……』と息を吐き出す。


「なんとも……恐ろしい子になったものだなぁ」


 俺はしみじみと、ミシェルちゃんの凄みを味わっていたのだった。

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