第305話 懐かしい再会

 しばらくして新学期が始まり、俺たちはついに魔術学院初等科の最上級生へと進級した。


 教室は新しくなったが、クラスの顔触れは初年度から変わらない。

 これは新たな生徒と新しく交友関係を築くより、気安い仲間たちと親交をより深める方が重要だという教育方針によるものだ。

 そんな代わり映えのしない教室で、俺はレティーナと話をしていた。

 授業が始まる前の短い時間に、いかに俺の妹が天使なのか、懇切丁寧に説明してやったのだ。


「でね、フィーナがわたしの手をキュッて掴んだんだよ、こんなちっちゃい手で」

「わたくしは一人っ子ですから、羨ましいですわね」

「もう少し大きくなったら、こっちにも連れてこられるだろうって。レティーナも会いに来るといいよ」

「ぜひそうさせてもらいますわ。お守りタリスマン仲間ですもの」

「そうだね。お揃いだしね」


 牙を削って作りだしたお守りタリスマンは俺の首から吊り下げられている。

 それはレティーナやミシェルちゃんも同じだ。ついでにクラウドも。

 そしてそれを見た生徒や冒険者たちが、クラウドに向けてまたしても嫉妬の炎をたぎらせていたらしい。

 まあ、ミシェルちゃんほど愛想の良い美少女とお揃いなのだから、さもありなんである。

 彼女の胸元は、また一段とその凶暴さを増していた。もはや一般的な成人女性と並んでも、なんら遜色はないサイズだ。

 そこへ俺のもう一人の友達がやってきた。ホールトン商会の一人娘、マチスちゃんだ。


「おはようございます、ニコルちゃん。その首飾りはレティーナ様とお揃いなんだね」

「おはよう、マチスちゃん。お休みの間に作ってきたんだ」

「へぇ、すごい。これって牙?」

「うん。ファングウルフの牙」

「ファングウルフ!? ニコルちゃんたちだけで倒したの?」

「うん」


 魔術学院の生徒も、授業の一環として多少は実戦をこなす。だからこそ、ファングウルフを倒せるということが、どれほど難しいか知っている。

 その発言を耳にしたほかの生徒も、さわさわとざわめき、驚きの波が広がっていく。


「あのモンスター、正面から倒すのも難しいのに」

「クラウドが最近メキメキと腕を上げているからね。それに今回はフィニアも一緒にいたし、マクスウェルも引率でついてきてくれたから」

「マクスウェル様が一緒なら安心ですね」

「わたくしも一緒にいましたのよ。ファングウルフなんてイチコロですわ」

「レティーナは相変わらず足止めがメインだったけどね」


 あの戦闘も、結局はミシェルちゃんがとどめを刺していた。

 彼女の腕はもはやベテランの兵士にすら匹敵する。特にここぞという時の集中力は、凄まじいものがある。

 レティーナとクラウドも年齢のわりには実力を持っているのだが、彼女の力は二人を置いて遥かに高くなっていた。

 やはりギフトを持つ者の成長率は桁違いだった。


「わたしも同じのが欲しいくらいですけど……」

「ゴメンね。これはわたしと妹の特別オリジナルにしたいから」

「それは少し残念ですね。そう言えばお休みの間に生まれたのでしたっけ。おめでとうございます」

「うん、ありがとう!」


 こうして俺とレティーナは、マチスちゃんを交えてフィーナがどれほど可愛いかを、時間いっぱいまで語って聞かせたのである。

 顔を真っ赤にして妹の可愛さを強弁する俺を、なぜか周囲は微笑ましいモノを見たという表情で眺めていた。可愛いのは俺じゃない、妹だと言っているのに。




 学院が終わり、俺はミシェルちゃんと合流して、冒険者ギルドへと向かった。

 クラウドは一足先にギルドへ向かい、恒例となった先輩との訓練に励んでいるはずである。

 ギルドに入ると、俺は即座にカウンターに向かい、恒例の薬草採取の依頼を受けておく。

 クラウドはやはり地下の訓練場にいるようなので、あとで合流しておくとしよう。


「いらっしゃい、ニコルちゃん。今日も薬草を採ってきてくれるの?」

「うん、依頼は大丈夫だよね?」


 エルフの集落で病気が流行った際、大量の薬草が取りつくされる事態が起こり、一時は規制する羽目になったこともある。

 俺たちは買取額にあまりこだわりはないが、それでも依頼の有無くらいは確認しておかねばならない。


「ええ、大丈夫よ。それと、今日はこんな依頼もあるわよ」


 そう言って受付嬢が俺に見せたのは、特殊なキノコの採取だった。


「これは……ミクスス茸?」

「そう。結構な珍味で、ホールトン商会が欲しいって言ってるの」

「薬になったっけ?」

「これは調味料になるのよ。ちょっと刺激のある辛みがあって、粉末にして料理に使うんだって」

「へぇ……」


 調味料の類はフィニアも結構量を持っているが、これは見たことがない。

 ひょっとすると高級食材というモノなのかもしれない。


「わかった。じゃあこれを見かけたら採取しておくね」

「了解。依頼期限は五日後までだから、それまでに持ってきてくれたら高値で買い取るわよ」

「じゃあ、クラウド連れて行ってくるね」


 俺は受付嬢に手を振ってその場を離れた。

 にこやかに手を振り返してくれるが、なんだかその表情に先日のコルティナと通じるものを感じる。

 

 地下に降りると、いつものように……いや、いつも以上に激しい訓練の音が響いてくる。

 どうやら今日はかなり熱が入っているようだ。森に入る前に疲れ切ってしまってはこちらが困るのだが。


「クラウドくん、今日もかなり頑張ってるみたいだね」

「森に行くってわかっているはずなのに、あんなに激しくしちゃダメでしょうに」

「クラウドもニコルに置いて行かれないように頑張ってるのですわね」


 肝心の実戦練習に入る前に疲労困憊しては、こちらとしても困る。

 特に収入が重要なクラウド本人にしても、疲れて稼ぎが減ってしまうのは困るだろう。


「おらー、何がお揃いだコラー!」

「立てクラウド! そのハーレム根性を叩きのめしてやる」

「いや、叩きのめされるのは困るから」

「ハッ、これはニコル様!?」


 地下でクラウドの相手をしていたのは、例によって第五階位の腕利き、ケイルだった。

 それとかなり昔に見かけた顔が二人。


「あれ、ひょっとして……」

「あら。確か……ニコルちゃんだっけ?」

「お久しぶりです、ハウメアさん。それとコールさんも」


 そこには昔一度だけ顔を合わせたことがあるエルフの女性、俺の偽名の元であるハウメアがそこにいたのだった。

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