第306話 割り込む来客

 目の前に立つのは金髪碧眼の美貌のエルフ、ハウメアだった。

 その後ろには渋い表情をしたままのコールさんもいる。以前の記憶では、彼はいつもこんな感じの表情だったので、別段不機嫌というわけではないのだろう。

 そう言えば俺も生前は彼のような顔をしていた気がする。なるほど、人が寄ってこないわけだ。


「こんにちは、四年振りくらいかしらね」

「それくらいになりますね」


 彼女たちと出会ったのは、魔術学院に入学してしばらくしてからの頃だ。

 コルティナと温泉旅行に向かう道中に世話になった程度。だけど落ち着いた雰囲気から強く印象に残っていた。

 その影響で、俺は彼女の名前を偽名に使用していたくらいである。


「お二人とも、トレーニングですか?」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。ニコルちゃんも私と同じ冒険者でしょ? だったら立場は同じはずよ」

「それはそうですけど……先輩と後輩くらいのケジメはつけておかないと」


 聞いた話では彼女は五百歳くらいになるという。マクスウェルと同じくらいの、かなりの古株だ。

 年の功が全てとは言わないが、先達にはある程度の敬意を持って接したい。


「前も思ってたけど、あなたってすごく……子供っぽくないわね。いい意味でだけど」

「それはありがとうございます」


 そりゃ中身が自他ともに認める成人男子である。いや、他はあまり認められていない気もするが。

 それにしても、エルフの集落とラウムを行き来する護衛が主の彼女たちが、この訓練場にやってくるというのは、かなり珍しい。


「でも、訓練場に来るなんて珍しいね?」

「そうね、実は少し前に病気に掛かっちゃって。もう治ったのだけれど、その分身体がなまった気がしちゃってね」

「ああ、そういうことありますね」

「ニコルちゃんも病気にはよくかかるの? 以前見かけた時もへたり込んでいたけど」


 彼女と出会った時、俺はスタミナ不足でへたり込んでいたっけ。その印象が強いからの発言だろうが、今は違う。


「残念。今は身体を鍛えたので、村まで行くくらいでヘバッたりしません」

「あら、そうなの。偉いわね」

「うそですよー。今でもときおりへたばってますよー」

「うらぎったな、ミシェルちゃん!」


 俺の後ろから小さな裏切りを行ったミシェルちゃんに、俺は拳を振り上げて異を唱えた。

 彼女はキャーキャー悲鳴を上げてレティーナの後ろに隠れる。

 そんな俺たちを見て、ハウメアは口元に手を当てて笑いを堪えていた。


「うぬぅ、でも体力が付いたのは本当ですよ。それに以前の体力不足は病気でもあったわけですし」

「病気だったの?」

「ええ、魔力畜過症って言って、魔力を貯め込みすぎちゃう病気だったんです」

「あー、あれね。エルフでは結構かかる子が多いのよ」

「そうなんだ。どうやって治すの?」


 俺の時は女王華の蜜を遥々回収しに行く羽目になった。エルフたちがそこまでの労力を払っているという話は、聞いたことがない。

 ひょっとすると、保険医のトリシア女医の知らない方法があるのだろうか?


「小さい時に少しなる程度よ。放っておけば治っちゃうのが私たちエルフだから」

「あー……」

「人間でこれに掛かっちゃうと確かに厄介かも。よく治ったわね」

「それはトリシア先生とマクスウェル様が」


 エルフは特に魔法に関して高い適性を示す種族だ。それと弓矢。

 これらの能力を発揮して、森の中では優れた狩人として生きるものも多い。

 ハウメアは魔術学院の女医の名前とマクスウェルの名前が出たので、なるほどと納得して見せた。


「それはよかったわね。感謝しないと」

「うん。二人には感謝してる」


 特にトリシア女医がいなければ、俺は身体を蝕む病の存在すら知らず、今頃は寝たきりになっていた可能性もあった。

 彼女には心の底から感謝の念を持ってはいる。問題は、それを台無しにする残念な性格だ。

 仕事はできるし、外見も悪くないし、世話好きで生徒たちの人気も高いのに、非常にもったいないと言えよう。


「そうだ、ニコルちゃんも冒険者になったのなら、私と手合わせしてみない?」

「ハウメアさんと?」

「ええ。あなたの噂は以前からギルドで聞いていたもの。その実力に少し興味を持ったとしても、おかしくはないでしょう?」

「それを実際に試そうというのは、充分、なんかアレですけど……」

「いいじゃん。いつも俺ばっかりしごかれているんだし、ニコルもたまには先輩のシゴキを受けてみろよ」


 そこへ要らぬ減らず口を投げ込んできたのは、例によって空気を読めないクラウドだ。

 だが俺としても、エルフの戦いというのは、興味がある。

 ギフト持ちではないが、高い魔法能力を持ち、弓を主体とした射撃と魔法を組み合わせた遠距離戦のスペシャリスト。

 その独自の戦術には、実は生前からも興味があった。


 だがエルフは積極的に集落を出ることはせず、しかも穏やかな性格をしているため、争いごとになること自体が稀である。

 俺と敵対するエルフというのは、今まで存在していなかった。


「でも、それは……悪くないかも」

「でしょ! 私もニコルちゃんの戦い方には興味があるのよ。身体が弱いのに、すっごく有能だって受付の子が言っていたから」

「ほほぅ……」


 あの受付嬢、少々口が軽いようだ。後でしっかり言い含めておかないといけないな。物理的に。

 俺はハウメアと適度な距離を取って対峙し、コールはそこから溜息を吐いて離れていく。

 今の俺の武装は手甲と短剣とカタナ。だが手甲と短剣は使うには人目が多すぎる。

 この二つは俺の切り札でもあるため、あまり衆目に晒したくなかった。

 ならばここは、カタナと干渉系魔法を使用することで戦う必要がある。


「よし――!」

「いくわよ!」


 俺たちが互いに準備を完了し、一歩踏み出そうとした時、そこに割り込んでくる声が響いた。


「待ってください! ハウメアさん、お客さんが来てます」


 そこに駆け込んできたのは、くだんの受付嬢だ。

 強張った表情とダラダラと流れ落ちる脂汗、それに膝も少し震えている。何かとんでもない事態が起こったのかと、俺は緊張した。

 しかし彼女の口から漏れ出したのは、まったく別方向の話だった。


「今から? 後にできないかしら?」

「無理ですぅ! だって相手は北部三か国同盟の外交官なんですよ!」

「ハァ!?」


 ハウメアは『何を言っているんだ』という顔をした。しかし俺は事情を素早く察する。

 すまん、ハウメア。多分俺絡みの厄介ごとだ。

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