第323話 自重しない白いの

  ◇◆◇◆◇



 ミシェルは破戒神ユーリに連れられ、学院の尖塔の上へと運ばれていた。

 急角度な屋根のため、身体を支えるのが困難で、しかも強い風が吹きつけてくる。

 うっかりすると足を滑らせ、落下してしまいそうな恐怖があった。


「あ、あの、大丈夫なの?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。それに落ちても私が拾ってあげますし、死んでも蘇生してあげますから」

「それ、すごいけど全然大丈夫じゃない!」

「まぁまぁ。それよりニコルちゃんを見つけたいのでしょう?」

「そうだ、それ!」


 今いる場所の恐怖も忘れ、破戒神の襟首に掴みかかるミシェル。

 彼女にとって、親友の安否は自身の安全よりも気にかかる出来事だった。


「うぉっと!? 待って待って、待つのですよ! 物事には順序というものがあるのです」

「順序って……そんな暇は――」

「いいですか? 街にもゴブリンが侵入している現状、落ち着いて探索するには安全の確保が第一条件です……ということにしておきましょう」

「ましょう?」

「そこは気にしない。そこでゴブリンをここから狙撃して、敵の戦力をまず削ることに注力すべきだと具申します」

「ぐ、ぐし……?」

「えっと、数を減らして後でゆっくり探しましょう。それがニコルちゃんの安全にも繋がるかと」

「そっか、そだね」

「ミシェルちゃんは素直ないい子ですねぇ。わたしの子になりませんか?」

「神様の方が年下に見えるもん」

「ぐぬぅ」


 まったく成長を見せない破戒神と、驚異的な成育速度を見せるミシェルでは、圧倒的にミシェルの方が年上に見える。

 しかし今はそれどころではない。市街の安全を確保するという破戒神の意見は確かに一理あると感じていた。

 ならば少しでも早く攻撃せねばならない。しかしこの高い尖塔の上では、侵入してきたエリア全域をカバーするには、距離が遠すぎる。


「ここじゃ、遠過ぎて狙えないよ?」

「そこも大丈夫です。ほら、こうして遠視ホークアイの魔法を起動して、照準補助ターゲットサイトを起動して、磁力砲身マグネティックバレルを展開して――」

「えっ、えっ?」


 次々と魔法を同時展開する破戒神に、ミシェルの理解は既に置いてけぼりだ。

 だが彼女の目の前に、見えないほど遠くの巨大なゴブリンの姿が描き出される。

 まるで十メートル先にいるかのように精密に投影されたそれに、思わずミシェルは仰け反った。

 一人の男がその巨大なゴブリンと戦っているが、状況はあまり良くないらしい。


「いいですか? 照準補助ターゲットサイトの力で距離や風力、重力やコリオリ力などの影響は無視してくれて構いません」

「へ、こりおり?」

「単語に関しては気にしなくていいですよ。磁力砲身マグネティックバレルが鋼鉄製の矢を加速してくれますので、射程距離も大丈夫です。ローレンツ力バンザイ!」

「ろ、ろーれん?」

「気にしなくて結構です。つまり目の前の憎いアンチクショウに全力で打ち込んでくれて構いません。標的はわたしが選びますので、できるだけたくさん撃ち込んじゃいましょう」

「でも、矢は十本しかないよ?」

「そこはわたしが物品転送アポーツで取り寄せますので、お気になさらず」

「そうなの、すごい!」

「そうです、わたしはすごいのですよ――うぉっと!?」


 破戒神は大きく胸を張り、足を滑らせそうになっていた。

 しかしミシェルはそんな彼女を気にするでもなく、バングルの補助魔法を起動する。

 肉体に溢れんばかりの力が満ち、白銀の大弓サードアイを容赦なく軽々と引き絞った。


 目の前に投影された巨大ゴブリン――ゴブリンロードに向けて、狙いをつける。

 見知らぬ男と絡み合うように戦っているため、即座に放つというわけにはいかなかった。

 しかし男がゴブリンロードに吹き飛ばされたことで、千載一遇のチャンスが巡ってきた。

 男は地面を転がるほどの勢いで跳ね飛ばされたので、少しばかり心配になったが、今はあのゴブリンを仕留めることが優先である。

 それこそが結果的に、あの男を助けることに繋がる。


「――フッ!」


 鋭く息を吸い、そして止め、吐き出すよりも先に矢を放つ。

 いつも通りの反動。しかし放たれた矢は目の前の空間を通過するとき、さらに大きく加速して見せた。

 おそらくはこれが破戒神の磁力砲身マグネティックバレルの効果なのだろう。


 矢はいつもの放物線を描かず、重力やその他の要素を全く無視して、一直線にゴブリンの頭部を射抜いた。

 螺旋を描いて飛来する鋼鉄矢は、ゴブリンの頭部を射抜いただけで留まらず、捩じ切るように首から上を吹き飛ばし、粉砕した。

 続いて衝撃波が襲い掛かり男がさらに後方に吹き飛ぶ。

 男はすぐさま起き上がったので、無事であることは確認できた。その事実に安堵の息を吐く。


「命中、おみごと。それでは次です、右に六メートル」

「右……あ、これ?」


 視界を少し右にずらすと、そこに赤いマークが付けられたゴブリンが現れた。


「はい。その個体が周辺のゴブリンを統率する――ゴブリンリーダーです。こいつを倒すと、彼らの周辺のゴブリンは一気に混乱に陥るでしょう」

「わかった」


 そして無造作に引き絞り、放つ。

 先のゴブリンほど巨体ではなかった標的は、一瞬も耐えることができず肉片と化す。


「次――」


 破戒神の指示に従い視線を動かし、放つ。

 休みなく射撃を続け、矢筒から矢がなくなったと思ったところで、破戒神が矢を補充する。

 三分の間に百を超える矢を放ち、一矢も外すことなく敵を殲滅していく。

 三分が経過し、急激に力が抜け始めたミシェルはそのまま前のめりに倒れ込んでしまう。

 それを破戒神が受け止めたところで、彼女は意識を失っていった。



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