第213話 仮面の男の正体
ドノバンがストラ領の領主に収まる。無論、彼は現領主であるクレイン・ストラ=サルワ辺境伯の一人息子なので、いずれはそういう事になっただろう。
だがコルティナ達が調査に乗り出した、このタイミングで代替わりと言うのは――作為を感じずにはいられない。
「どういう意味です?」
気分を落ち着けるため、また一口茶を啜ってから、尋ね返す。
それがドノバンには超然とした態度に見えたのか、余計に恐縮した面持ちで答えを返しはじめた。
「父に元々、あまり良い噂が流れていないことは俺も知っていました。それが唐突に私の下宿先の屋敷にやってきたのが、およそひと月ほど前です。それからエリオット陛下の誘拐事件。以降、何かに怯えるかのような態度を取るようになりまして」
その答えに俺は奴があの仮面の男であったという疑惑を、さらに深めた。
仮面の男は俺の戦いぶりを直接見たわけではないが、タルカシール伯爵を苦も無く取り押さえた場面は目にしたはず。
しかもそこへ飛び込んできた鳩はマクスウェルの使い魔。どう見ても、六英雄が関与している。
そしてこの街には六英雄が二人。転移魔法まで使いこなすマクスウェルからは、そう簡単には逃げられない。
しかもあの場にいたという事は、ストラ領への帰還はまだのはず。転移魔法陣でも使わない限りは。
そして、あの施設は冒険者ギルドが管理しているため、貴族と言えど無断使用はできない。
そうなると徒歩で街を出るしかないのだが、この街を出るには、マクスウェルの監視網を掻い潜る必要がある。
それに捕縛されたタルカシールが何を口走るかもわからない。奴はその後始末に奔走していたはず。
だからこそ、逆に怯え始めたのだろう。いつ調査の手が伸びるかと、恐れながら。
「そして一週間ほど前を境に父は姿を消しました。屋敷の金目の物をすべて持ち出して」
「それは……ご愁傷さまとしか」
うん、知ってた。と言うか、すでに故郷のストラ領も荒らされていることもな。
屋敷を荒らされて、父が失踪。まさにご愁傷さまとしか言いようがない。しかし俺から見れば犯罪者が一人尻尾を出しただけだ。
あとは俺が……じゃなくて、マクスウェルにでも通報しておけば、問題はあるまい。
いや……そう言えばあの奴隷商、なぜこの時期にあんな場所で?
マテウスがタルカシールを始末するだけなら、時期が少しずれている。もっと早く退散できたはずだ。
「もしや、サルワ辺境伯を救出するため?」
あのマテウスと言う暗殺者ならば、警備を掻い潜る事も可能。現にタルカシールは奴の手にかかっている。
それに、『この街での仕事は終えた』とも言っていた。
すでにサルワ辺境伯の逃亡を手助けした後だったという事か?
この街を逃げ出し、別途魔術師の
マクスウェルたちは、クラウドや俺の治療に当たっていたため、サルワ領に手を伸ばすのが一日遅れている。
その差で、かろうじて逃げ延びられたか。
「父のことはこの際、置いておいてもいいのです。父の失踪後、爵位を俺に譲るという書き置きも見つかり、印章も押されていたので、正式に私がサルワ辺境伯を継ぐことができましたので」
「あ、そう? 結構ドライなんだね」
「問題は父の失踪後、所領の徴税権利書が見当たらないということです」
「ほぇ?」
徴税権利書。これはこの国の王から、領土を授かった時、一緒に徴税権を明記した書面を受領することになっている。
逆に言えば、これがあれば領主でなくとも税を徴収する事ができ、これが無ければ領主であれども無断で徴税できない。
つまり今のドノバンは、領土はあれどそこから富を吸い上げる事ができない、名ばかりの領主と言う事になる。
「それは――」
「しかもこのタイミングで六英雄の方々が『ストラ領の領主』を探り始めた。これはつまるところ、俺を探っていることになります」
「なんともタイミング悪いね」
「徴税権もなく、領民の評判も地に落ちつつあります。このままでは領民が逃げ出すのも時間の問題。そこでニコル様に六英雄の方々に手を引いてもらえないか、お口添え頂きたく、お願いに上がりました」
「そういうことか……」
サルワ辺境伯……いや、前サルワ辺境伯は復帰のための最低限の富を確保しつつ、姿を消した。
悪い噂はや被るべき泥は、すべて息子であるドノバンに押し付けて。
上手く逃げ切れれば、その富を元に再起するつもりで。そうでない場合は、その富を使って別の場所で悠々自適を気取るつもりか。
「状況はなんとなくわかりました。ですが、それを鵜呑みにする訳には行きません」
「そう、でしょうね」
証言自体はドノバン一人の物に過ぎない。父をかばって、俺たちに手を引かせるための方便と言う可能性もある。
どちらにせよ確認は必要になってくる。俺一人の判断で、了承するわけには行かない。
「状況は把握しました。でもそういう話なら、コルティナ先生に直接話してもよかったのでは?」
「それは……正直、彼らに直接話すと、『馬鹿を言うな』と却下されそうだったので」
「そんなことはないと思うけど……」
親が息子を切り捨て、領主としての手足をもいだ状態にして押し付ける。
そこまで冷徹な話を、頭に血が上ったライエルやマクスウェルにしても信用されたかどうか、怪しい。
ガドルスならば鉄拳制裁が飛んでいてもおかしくない。
だがコルティナならば、冷静に判断できるはず。
「まあ、わたしを経由してワンクッション置いたのは、悪くないかもしれないね。第三者からの報告ならば、冷静に聞いてくれるかもしれない」
「はい、実のところ、それを期待した一面もありました」
「……結構やるじゃない」
今のドノバンが自分の立場を守るためには、六英雄に話を聞いてもらう必要がある。
だが自分が直接言ったところで、信用してもらえるかどうか怪しい。門前払いを食らう可能性のほうが高いとも言える。
そこで俺と言うクッションを挟むことで、冷静な判断を仰ごうというのだ。実に……あざとい。
「もちろん、私には過去にニコル様に無礼を働いた経緯もあります。今更助けを乞うなど、厚かましいとお思いになられてもおかしくないでしょう。ですが、そこを伏してお願い申し上げます。力を貸してください」
ドノバンはテーブルに両手を着け、深々と頭を下げる。
平民である俺に頭を下げる。プライドの高い彼にとって、それは死にも勝る屈辱と言っていいはず。
しかしこれは、俺たちにとっても悪い話じゃない。
俺たちの標的はあくまで前サルワ辺境伯クレイン。その息子にまで罪科を問うつもりはなかった。
「わかった。一応コルティナ先生に話してみるね」
「ありがとうございます!」
歓喜の表情を浮かべ、ドノバンは俺の両手を掴んで感謝したのだった。
その、顔が近いから、できればもう少し離れてくれないかな?
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